半ヴァンパイアは我慢する
今回から四章です。
全部、思い出した。忘れてたこと、全部。
ピュラの町に着いて、なんとなくどこに行けばいいのかわかった。なんとなく見覚えのある道を歩いて、なんとなく見覚えのある家に入って……
「……あ」
「エリー?」
その人を見て、思い出した。
「マ、」
名前を呼ぼうとして、抱き着かれて、そのまま倒れ込んで……
「おかえりなさい、エリー」
思い出したことが頭の中グルグルして……
「おかえり、おかえりなさい! エリー! 帰りが遅いです!」
マーシャさんのことで頭がいっぱいになって……
「フゴゴ、ファ、ファイハ」
ただいまって言えなかった。
マーシャさん。
私がハーフヴァンパイアになって、いや、ハーフヴァンパイアの特徴が出て、一緒に活動してたパーティを抜けて、一人で不安で心細かった時、私と一緒にいてくれた人。大事な人。
「ごめんなさい」
私より年上で、長い金髪のキレイな人。
「何について謝ってるんですか?」
敬語使ったり使わなかったりする変な人で、優しい人。
「長く、帰らなかった」
スキンシップが多い人。仕事が終わって帰ってきた後が特に多い。
「それだけ?」
今だって、私のことを責めながら抱きしめてる。ベッドに腰かける私を後ろからハグする感じで。
「えっと、長い間手紙とか書かなかったことも」
私のお腹を後ろから抱えて、”絶対に放しません”って感じでギュってしてきて、動けない。
「へぇ、あとは?」
でも今日は、記憶にある感じと少し違う。
怒ってる。
”絶対に許しません”って雰囲気が、ちょっとだけ怖い。
怖いけど、ちょっと嬉しい。
「えっと、」
どうすれば、なんて言えばいいの? わかんないよ。
「それだけですか?」
やっぱり怖い。ちょっとじゃない。
「…………心配、かけたこと?」
「そうです! 心配かけすぎなんです!」
「うわ!」
いきなり強く抱きしめられて、顔を私の肩に押し付けるみたいにして、抱きしめられた。
「なんでエリーが行く先々で大事件起こるんですか!?」
「ええ! それ私のせいじゃ……」
私のせいじゃないって言おうとして、言えなかった。本当に私のせいじゃないの? ヘレーネさんがルイアを襲ったのは私のせいじゃない。
「なんでエリーがルイアに行った時だけ、蠱毒姫がちょうどそこにいるんですか?!」
でも、私が小人の木槌亭のマスターの頼みを断って、護衛依頼を受けなかったら?
サマラさんやコルワさんがルイアに行く日程が変わったかもしれない。
もしそうだったら私だけじゃなくて、サマラさんやコルワさんも危険な目に合わなかったかもしれない。
本当に私のせいじゃないの?
「なんでエリーが王都に行った時、ゾンビが大量に出たりするの!?」
それはサイバが、ストリゴイがやったんだよ。私のせいじゃないよ。
……でも、私があの時もっと強かったら、ギドやギドの部下のスケルトンに攫われなかったかもしれない。そうしたら、私はグエン侯爵やドーグさんと一緒に逃げられたかもしれない。
その場合ご主人様はギルバートを取り返せなかったのかな。でも、私が居なくてもきっと、少し時間がかかるかもしれないけど、取り返せたんじゃ……?
本当に私のせいじゃないの?
「だいたい、王都の事件の時無事だったのなら、なんで手紙とか書かなかったんですか?! 私が心配しないとでも思ってたんですか?!」
それは……
「…………わす、れてた」
マーシャさんがピクッってなって、止まった。
忘れてた。マーシャさんのことも、私のことも、大事なこと全部忘れて、私だけ忘れて楽になって、ハーフヴァンパイアだから、人間の敵だからって言い訳して、血を飲んで、王都で暴れて、交流特区で好き勝手して……
どうしよう。
涙出てきちゃった。
言い訳、できないよ。
全部、私が悪いんだ……
「ご、ごめ、ごめんなざい」
「許しません」
声が震えて、うまくしゃべれない。
「わだ、わ゛だじ、なんで、忘れて……」
謝らなきゃいけないのに、私、なんて言っていいか、わからなくて……
「ごめんなざい、ごべん゛なざい゛、ごめ、ご……う」
「ダメ」
泣きそう。というか、もう止められない。
「うぐ、ふ、、許してぇ。許してよぉぉ、うぁ、ぁ、ああああああ」
泣いちゃった。
子供みたいに泣いて、謝って、それで
「じゃあ」
私を抱えたまま、マーシャさんはベッドに倒れ込む。
「しばらくエリーは私と、一日中一緒にいてください」
「ぅん、うん、いっし゛ょにいる。いるから、っひ、ゆ、許して?」
「はい。私が満足するまで一緒にいてくれたら、許してあげます」
泣き終わるまで、マーシャさんに縋るように抱き着いて、泣いた。
落ち着いたら、もう夜だった。マーシャさんは私を抱きしめたまま寝ちゃってた。
「あ、隈……」
改めてマーシャさんの顔を間近で見たら、ちょっとやつれてた。
「私のせい、だね」
相当心配かけてたみたいで、また泣きそうになった。
「……あ」
顔を間近で見れる距離。つまり密着してて、マーシャさんの顔も、首も、鎖骨まで見える状況。さっきまで泣いていたはずなのに、私の体は飢餓状態に陥ってた。
「最悪だよ」
血が吸いたくて、ちょっとやつれてても十分おいしそうな首筋に噛みつきたくて、牙を突き立てたくてしょうがない。私は本当に節操がない。私酷い。本当に最悪。
もう昔の私じゃない。血の味を知ってて、牙で肌を貫く気持ちよさを知ってて、きっとマーシャさんは受け入れてくれるような気がする。
でも
「ダメ」
マーシャさんは私がハーフヴァンパイアだって知らない。血を吸いたいと思ってるなんて、知らない。だから勝手に吸ったら、ダメ。
「ちゃんと話せたら、受け入れてくれたら」
その時は、吸っちゃうと思う。でも今はダメ。
今は私が我慢すればいいんだよ。昔はできてたんだから、一晩くらい大丈夫。我慢する。
私は魔物だし、人間の敵かもしれない。
だけど
「マーシャさんの味方には、なりたい」
そう思って口に出したら、我慢できる気がしてきた。それに、血を吸いたいっていう衝動を我慢するのは、私が今までやってきたことへの贖罪になるような気がして
喉が渇いて、我慢するのはすごく苦しいけど
ちょっとだけ、心が軽くなる。
今までのガールズタラブグ詐欺を取り返していきたい。




