半ヴァンパイアはただいまを言えない
私がエリーという冒険者を子犬感覚で拾ったのは、今から1年と少し前。
何かとても不安そうな顔でとぼとぼと歩く、冒険者の恰好をした女の子に声をかけたのは、気まぐれ。
何か事情があって、一緒に活動していた冒険者たちのパーティを抜けて、一人でやっていこうとしているところらしい。なんでそうしたのかは教えてくれなかったけど、不安そうな顔からして、エリー本人がパーティを抜けたくて抜けたわけではないのだと思った。
だから私の家に一緒に住むことを提案した。
「いえ、私は一人で」
何か言って遠慮しようとするエリーを、私は全力で丸め込んだ。
「住む場所はあるのですか? 宿だって何日も住むとなるとお金がかかりますよ? 失礼だけど、エリーさんあんまり強く見えません。一人で冒険者やって、そんなに稼げるの?」
と、お金に関してあれこれ言ってみたり
「一人暮らしは大変です。一個の依頼でたくさん稼げるなら別ですが、毎日依頼を受けるとなると家事と両立するのは無理だと思います。一緒に暮らしましょうよ。私服屋でお針子やってるんですけど、家事こなしてます。一人分家事が増えても困りませんよ?」
と、自分を売り込んでみたり、いろいろ言って丸め込んで、嫌がるエリーを家に住まわせた。
嫌がると言えば、エリーはスキンシップをするとすぐ離れたがる。子犬感覚で拾ったので、あれこれ理由を付けて撫でまわしたり抱きしめたりする。エリーはおとなしく撫でまわされ抱き着かれるけど、それも最初だけ。すぐに離れたがる。結構本気で嫌がるから、それ以上はやらないことにした。
ただ、スキンシップを嫌がる時のエリーは大体息が荒くなっていることが多い。なんで?
「なんだか息が荒くなってませんか? もしかして私に密着されて興奮してるとか? エリーって実はそっちの趣味があったんですね」
とからかいついでに聞いてみると、肯定された。冗談だったけど、仲良くなれた証拠のようでうれしかった。
エリーが護衛依頼とかで、5日くらい帰ってこられない依頼を受けた。それまでは日帰りとか、3日以内には帰って来る依頼ばかり受けていたから、”すこし寂しくなりますね”なんて思っていた。
エリーが向かったルイアの町が、蠱毒姫とかいうヴァンパイアに襲われたと知ったとき、私は恐ろしくなった。
蠱毒姫という名前が出るときは、とても大きな被害が出る。もしかしたエリーが、と考えると、本当に怖かった。
それから数日して、エリーから手紙が届いた。エリーが無事だとわかって、本当に安心した。子犬感覚で拾ったつもりだったのに、いつの間にか私の中で大事な存在になっていると、この時気づいた。
手紙には、”王都に行かないといけなくなったから帰りが遅くなる”とも書いてあった。ここを読んだ時、早く帰ってきてほしいなと感じた。
エリーが向かった王都が、大量のアンデッドに襲撃されたと、知らされた。
なんでエリーが行く先々で大事件が起こるのかと、いろいろ通り越して怒りを感じた。その怒りは、すぐに収まった。エリーに関する情報が全く入ってこなくて、不安に駆られた。
夏が終わって、肌寒くなった。エリーは一度も帰ってきていない。手紙も来ない。
エリーはきっと生きている。元気にしている。私のところに帰ってこないのは、きっと私がエリーの嫌がるスキンシップをたくさんしたりしたことが原因で、帰りたくないからなんだ。
「マーシャ、今日はもう帰れ。帰って休め」
服屋の店主、私の雇い主にそう言われた。
私は頷いて、家に帰る。
家に帰っても、誰もいない。待っていても、誰も帰ってこない。むしろ職場でチクチク裁縫していた方が気がまぎれる。それでも、今日はなんだか疲れたような気がするから、帰る。
私の家、エリーの家。玄関の郵便受けをみても、空っぽだった。物音も聞こえないし、朝家を出たときと何も変わっていない。
今日もエリーは帰ってない。
玄関を開けて、家に入る。
ただいまは言わない。お帰りは帰ってこないから、言う意味がない。鞄を置いて、上着を立てかけ……
「……あ」
エリーと、目が合った。
「エリー?」
不安そうな顔というより、訳が分からないという顔? 思い出したような顔? よくわからない複雑な顔だったけど、私には関係ない。
「マ、」
全力で走って行って、抱きしめる。
「おかえりなさい、エリー」
身長の関係で、私がエリーを抱きしめると、エリーは顔を私の胸にうずめる感じになる。だからエリーは”ただいま”を言えない。それは解ってるけど
「おかえり、おかえりなさい! エリー! 帰りが遅いです!」
ただいまを言うまで放しません。
「フゴゴ、ファ、ファイハ」
胸の谷間で、エリーが何か言っているのを感じる。なんだろう、胸の奥の空っぽになっていた器が満たされていくような気がする。
その感覚が何かわからないまま、私は、二度と私からエリーが遠く離れることがないようにすると決めた。
やっとエリーがピュラの町に帰ってきました。
次話でモンドの話を入れて、三章を終わりたいと思います。