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青年は別れを告げる

 「フハハハハハハハ! 姫は俺様がもらっていくぞ!」

 

 いかにも悪そうな声が、ステラのあまり広くはない部屋に響き渡る。ワービーストの少女を片腕に抱えた農夫の姿は、まさに怪しい奴という感じだ。

 

 「その黒い服に怪しげな術! 貴様は噂の盗賊だな?! 私が姫様を守り抜いて見せる! 姫、すぐにお助けいたします」

 

 緑色の長い髪を揺らしながら、エルフの女はビシッと男を指さす。そしてフッと表情をやわらげ、男に抱えられた少女に笑いかける。

 

 「口だけは達者なようだが、フローラ姫さえ確保してしまえば俺様の勝ちなんだよ! 威勢のいい台詞よりたっぷりの身代金を用意しておけ! さらばだ!」

 

 「キャハ~~~ァ」

 

 男は手元に引き寄せていた真っ白なシーツをマントのように羽織り、抱えた少女ごとブワリと覆い隠す。そして男に抱えられ今まさに攫われようとしているはずの少女は、なぜか黄色い悲鳴をあげておとなしく攫われてしまった……

 

 

 

 

 

 「次! 次は唄歌い(うたうたい)呪い士(まじないし)のお話がいいわ! あたしは当然唄歌いのフロイライン役で、モンドは呪い士役、クレアは唄歌いの幼馴染役やって!」

 

 「なぁ、確か呪い士は女だったよな? で、唄歌いの幼馴染は男だったと思うんだが、性別的に俺とクレアさんの役は逆にすべきなんじゃないか?」

 

 「いいの! クレアもいいでしょ?」

 

 「構いませんが、1つ質問してもいいですか?」

 

 「なに?」

 

 「どうしてお話の終わりまでやらないのですか? 先ほどもフローラ姫が攫われた後のお話は演じていませんでしたし……」

 

 「いいの! あたしがそうしたいの!」

 

 「はぁ、そうですか」

 

 ……あの事件の日から、1カ月ほどたった。だいぶ気温が下がってきて、ちょっと前まで暑かったのがウソみたいに肌寒くなった。

 

 いろいろあった。ユルク爺さんが屋敷で雇っていた使用人が、メイドさん1人を除いて全員エラットに殺されていた。その葬儀とか、屋敷の調査や片付け、あとエラットについていろいろ調べたりと忙しかった。まぁ忙しかったのは俺じゃなくてユルク爺さんの方だが。

 

 ステラも大きなショックを受けていたし、俺にとってもちょっと大変な一か月だった。だがステラは1カ月で立ち直った……ように見える。目の下に隈ができているし、もしかして今見せている元気な姿は、無理して空元気を出しているのかもと思う。

 

 そんな俺たちが今やっているのは、ステラのお気に入りの絵本の内容を俺とステラとクレアさんの3人で演じるごっこ遊び。なぜか俺はヒロインを攫う悪役ばかりやらされている。まぁクレアさんが悪役演じるより俺が演じたほうがそれっぽいんだろうな。

 

 「で、その唄歌いと呪い士ってのはどんな話なんだ?」

 

 「えっと、きれいな歌声を持つフロイラインが、呪い士さんに声を奪われてしまうの。しかもその後攫われちゃうの!」

 

 「そのあとどうなるんです?」

 

 「……幼馴染の男の人が呪い士さんからフロイラインとフロイラインの声を取り返すの。まぁここはいいわ! 攫われるところまでで」

 

 こいつもしかして、自分が攫われることになにかこだわりでも持ってるんじゃないだろうな? エラットに攫われたことが原因で何か思うところがあったりするのだろうか? ……いやないな。もとからこんな感じのやつだった気がする。

 

 「よし、やるか。セリフ覚えるからちょっと時間くれ」

 

 「早くしてよね」

 

 「はいはい」

 

 明日、ステラは交流特区からワービーストの国に帰ることになっている。だから帰る前に遊べるだけ遊んでやってくれとユルク爺さんに頼まれた。交流特区でステラの命が狙われたわけだから、本国にいる親としては連れ戻したいと思ったんだろうな。むしろ事件の後1カ月も待ってくれるのは、ユルク爺さんが説得したからなんだとか。

 

 俺はあの日の出来事の中で、実際に目にしたことは少ない。エラットにわき腹を殴られて、そのあとエリーが助けに来てくれたことは覚えてる。その後のことはというと……

 

 

 

 

 俺が目を覚ますと、夜だった。エリーにお姫様抱っこされながら家に帰る途中だった。

 

 「モンドさん、起きた?」

 

 元気の無い声が聞こえて、エリーの顔を見上げる。俺と目を合わせてくれないエリーは、やはり疲れているように見えた。

 

 「えっと、とりあえず下ろせ。歩ける」

 

 「だめ、モンドさん怪我してるから」

 

 「とりあえず下ろせ。頼むから」

 

 「だめ」

 

 どうやら俺を抱っこしたまま家に帰るつもりらしい。そういえば俺は、エラットに殴り飛ばされて、その怪我で気を失った……んだと思う。

 

 「大した怪我じゃないけど、痣になってるから痛いと思うよ」

 

 「じゃあ下ろしてくれ」

 

 「だめ」

 

 頑固な奴め……あ、いろいろ思い出してきたぞ。

 

 「……エラットはどうなった? ステラやユルク爺さんたちは?」

 

 「エラットは倒したんだって。ステラちゃんも怪我とかはしてなくて、さっきユルクさんやメイドさんと一緒に冒険者の店に居たよ」

 

 そうか、無事か。良かった……安易に”よかった”って言っていいのかわからんから、思うだけで口には出さないでおこう。屋敷の使用人が何人も死んでるみたいだし。

 

 「その口調だと、エラットを倒したのはエリーじゃないのか?」

 

 「……違うよ」

 

 そうか。俺はなんとなく、エリーがエラットを倒すもんだと思ってた。なんでだろうな?

 

 「エラットは今どこだ? どっかの牢屋とかか?」

 

 「この場合の倒したっていうのは捕まえたって意味じゃなくて、殺したって意味だよ。エラットは死んだんだよ」

 

 エリーは俺の方を見ないで話していたから、そう教えてくれた時の表情は見えなかった。だが見えなくてもすごく嫌そうな顔してるなって解るくらい、声の感じが辛そうだった。

 

 「……よかった」

 

 「なんにもよくないよ」

 

 口に出さないでおこうと思っていた言葉が、ぽろっと出た。

 

 「いや、殺したのがエリーじゃなくてよかった」

 

 出ちまったものはしょうがないから、下手にとりつくろわずに本音を言う。

 

 「……なんで?」

 

 「なんとなく」

 

 「そう」

 

 その後一言もしゃべらず、俺たちは俺たちのボロい家に帰ってきた。エリーは俺をベッドの上に寝かせて、座布団を3枚並べた上で寝始めた。普段とは使う寝具が逆なのは、怪我人の俺に気を使ってくれたんだと思う。

 

 次の日の早朝、日が昇る直前に黙って家を出て行こうとするエリーを呼び止めた。

 

 「この家、俺がサジ村に帰る時にお前に譲る約束だったと思うが、どうする?」

 

 「……え、と、私帰るから、いらない、かな」

 

 ”やっぱりそうか”と思った。昨日の夜お姫様抱っこされてるときから、そんな気がしていた。”帰る”というのは、たぶんピュラの町に帰るってことだ。この家に帰る訳じゃないんだろう。

 

 「じゃあこれ持ってけ」

 

 エリーは交流特区を出るつもりだ。なんとなく理由は想像つく。あの赤い目のことか、あるいは異様な速さで傷が治る体質のことか、隠したい秘密があって、俺に見られたことが理由だと思う。だから引き留めない。

 

 「これは?」

 

 「お前と一緒に稼いだ金の半分だ。まぁほとんどお前の手柄みたいなもんだが、半分は俺がもらう」

 

 エリーが出かける準備をしている隙に貯金箱の中身を大雑把に2等分しておいた。右わき腹が痛くて大変だったが、用意しておいて正解だった。 

 

 「ありがとう」

 

 その時やっと俺と目を合わせてくれた。久しぶりにエリーの笑顔を見た気がする。ほぼ毎日見てたはずなんだがな。

 

 「おう」

 

 かなりあっさりした別れの挨拶だった。その時の俺はそれでいいと思っていた。寝ぼけていたともいう。今にして思うと、もっといろいろ言ってやりたいこともあったし、2人で稼いだ金の半分+お礼の品の一つくらい渡せばよかったとか、やっぱり引き留めればよかったとか、後悔だらけだ。

 

 

 

 「モンド! 今エリーさんのこと考えてたでしょ?」

 

 「え?」

 

 「顔にでてるわ」

 

 「おう、そうか」

 

 「セリフ覚えたの?! 早くしてよね! 明日からはしばらく会えないんだから!」

 

 「はいはい覚える覚える。もうちょっとだけ時間くれ」

 

 ステラも明日交流特区から国に帰る。俺はまだ交流特区に来た目的を果たしてないから、まだまだここに居ることになる。俺一人残してみんなどっか行っちゃうような気がしたが、別に二度と会えないわけじゃない。俺は焦らずゆっくり、自分のやるべきことをやっていこう。

やっと三章の終わりが見えてきました。

あとエリー視点とモンド視点1部ずつで、三章完結としたいと思います。

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