半ヴァンパイアは質問する
投稿したつもりになって投稿できていなかったので、2話連続投稿です。
「ねぇ、ステラちゃんと自分、どっちが大事なの?」
エリーの唐突な質問に、エラットはしばらく固まったままだった。気づけば獣化を解き人に近い姿に戻っていた。
「スティの方が大事に決まってるだろ!」
怒鳴るように、そう答えた。
エリーは表情を変えず、さらに質問する。
「じゃあ、ステラちゃんを攫ったのはステラちゃんのため?」
「そうだ!」
「ユルクさんを殺そうとしたのも?」
「そうだ! 僕は、僕だけがスティのことを一番に考えてる! あのジジイなんかよりずっとだ!」
右胸から伝わるズキズキという危険な痛みを無視し、エラットははっきりと答えた。
エリーは
「それは嘘だよ」
そう言い放った。
エラットは左目だけになった視界が真っ赤に染まるような感覚を覚えた。怒り狂った。自分のステラへの想いを、こうもあっさりと否定されたことに、全身のあらゆる痛みを感じなくなるほどの怒りを感じた。
「ふ、ふ、ふざけるなぁ! 僕の何を知ってるんだ! ス、ス、スティの何を、何を見て言ってるんだ!」
激情に表情を歪め、悲鳴のように怒鳴り散らす。そんなエラットを、エリーは相変わらず無表情で眺めていた。
「じゃ聞くけど、なんで今ステラちゃんと一緒にいないの?」
「は、はああ?! そんなの、あのジジイやメイド、お前やモンドをぶっ殺すために決まってるだろうが!」
「なんで?」
「スティのためだ!」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「嘘だよ。だって、ユルクさんやモンドさん、使用人の人たちが死んじゃったら、ステラちゃん悲しむと思う」
確認を取ったわけではなかった。ステラに”おじいさんやモンドさんや使用人さんたちがいなくなったら、悲しい?”などと聞いたことはない。
だがそれは聞くほどのことではないからだ。普通身近で仲のいい人が死んだりいなくなったりしたら悲しい。それは自分を人間の敵のハーフヴァンパイアだと理解しているエリーにだって想像できることだった。きっとそれはステラにも当てはまると、エリーは思うのだ。
「悲しむ? ああ悲しむだろう! 人の死は悲しい、スティは優しいから、自分を屋敷に監禁し続けてきたクズどもの死も、きっと悲しむ……だが必要なことなんだ! 僕とスティが一緒に、幸せになるためには必要なことなんだ!」
エリーは、ステラが祖父や一緒に生活してきた使用人たちの死の上に成り立つ幸せを望むとは思えなかった。だがエラットにそれを伝えることも、理解させることもできない。そう思った。
―……もう、いいや。次行こう。
「じゃあ、モンドさんを殺そうとしたのは、なんで?」
「モンド……」
エラットはモンドの名をつぶやき、ふとうつむく。そして、先ほどまでの何倍もの怒りに顔を歪めて答えた。
「あ、あ、あいつはぼ、僕が、僕がいるはずの場所を奪った! 奪ったんだ! 僕が、スティの話を、僕だけが聞くはずの話を、僕が一番に聞くはずのはな、話しを聞いて、スティの作った、て、て、て、て、手作りの品を受け取ってやがった! あれは僕のものだ!」
エラットの中で、最も殺してやりたい相手はユルクではなくモンドであった。いつの間にか、順位が入れ替わっていた。
「奪ったんだ! 盗んだんだ! だから殺してやる! ここ、こ、殺して、やるんだ!」
エリーの気持ちは、冷めきっていた。
―やっぱり違うんだね……
「つまり、モンドさんを殺そうとしたのは、自分のためなんだね。ステラちゃんとモンドさんがの仲がいいのが許せないだけなんだ」
「違う違う違う違う! スティのためだ! 全部!」
「違わないよ。モンドさんを殺しても、ステラちゃんは喜ばないし得もしないよ」
「モンドが死ねば! きっとスティは僕を見てくれる! 僕にネックレスを作ってくれる。それが」
「それは自分のためでしょ?」
「それがスティのためなんだ! 僕だけがスティを守って、幸せにして、満たしてあげられるんだ! だから! スティは僕に感謝して! お礼をして! 僕だけを見るべきなんだ! それがスティの幸せなんだよ! なんでこんな簡単なことがわからないんだ?!」
「わかるわけないよ。ステラちゃんの幸せを決めるのはステラちゃんだよ。あなたじゃない。あなたは自分にとって都合のいい妄想を、幸せって言葉でステラちゃんに押し付けようとしてるだけなんだよ」
エリーはエラットに対して思うことを、そのまま伝える。すらすらとエラットを否定する言葉が口から吐き出されていく。
「本当にステラちゃんのことを一番に考えるなら、ステラちゃんを攫った後ずっと一緒にいるはずなんじゃないの? 都合の悪い人を殺して回るんじゃなくて、危険からステラちゃんを守ろうとするべきなんじゃないの? もう一度聞くけど、なんで今ステラちゃんと一緒にいないの?」
エラットはエリーの言葉にわなわなと肩を震わせ、耐えきれないほどの激情で地団太を踏む。体中の傷から血が噴き出るのも気にせず、絶対に受け入れられない言葉を拒否するための言葉を探す。
「……お前に、なにがわかる? お前だってモンドに押し付けてるじゃないか! 正体を隠して、いつか自分のためにモンドを利用しようとしてるんだろ?」
初めて、エリーの顔に変化があった。無表情だったはずの顔が引きつる。先ほどまで忘れていた、体の奥の寒さが意識を支配する。
―正体を隠して……?
「しょ、正体をかくし……」
「わからないと思うのか? 真っ赤な目に異常な再生能力、ふざけた膂力。ちょっと知識のある奴なら一発でわかるよ。日光を浴びて平気そうだったから気が付かなかったけど、今は確信を持てる」
完全に形成が逆転していた。戦力の大きさではなく、心、気持ちの強さにおいて、エリーはあっさりと敗北していた。
「なん、で、」
「日が落ちてから襲ってきたのは、夜の方が強いからだ。僕の隠れ家を吹っ飛ばしてくれた蹴りも、昼間の膝蹴りと比べて確実に威力の桁が違う。これも夜の方が強いからだ。異様な身体能力に赤い瞳、時々口から見える牙は、八重歯にしては長すぎる」
エリーをの感情を支配しているのは焦りだった。別にエラットにバレたってかまわない。どうせ殺してしまうつもりだった。だが、エリーは焦った。
「モンド君はお前の正体を知ってるのかい? し、知ってるはずないよね。だって、ま、ま、魔物と一緒に暮らすなんて、絶対に、む、無理なんだから」
エリーが焦り言葉を失う姿を見たエラットは、あえて以前の口調でエリーを責める。
「モンド君の血は吸ったのかい? ま、毎晩のように、お酒を飲んでい、いたよね? 酔いつぶれたところで、血を吸っていたんだろう? き、君はパ、パートナーに裏切られ、血を吸われるモンド君の気持ちををか、考えたこ、ことがあるのかい?」
「そ、そんなことしてない! 吸ってない! 一滴だって、モンドさんから……血を吸おうなんて」
”吸おうなんて思ったことはない”そう言おうとして、言えなかった。血を吸いたくなることはあった。だが一度も吸っていない。そこだけは、絶対に否定させないつもりだった。
「じゃあこれから吸うつもりなのか。聞いた話じゃ、モンド君は体力がなかったんだってね? 最近は体が鍛えられてきたらしいけど、少し前はひょろかったって聞いたよ。もう少しガタイがよくなってから吸うつもりなんだろ?」
「違う! そんなことしない!」
とっさに否定していた。なぜか、とっさに。
「ヴァンパイアが何言ったって誰も信じない。僕も、スティだって、魔物の言葉なんか信じない。きっとモンド君も信じないよ? お前がヴァンパイアだって知ったら、ヴァンパイアハンターに連絡して殺させる」
それは、エリーの一番弱いところだった。ハーフヴァンパイアであることを隠して生活するということは、どこかで誰かに正体がバレ、兵士や騎士、冒険者、ヴァンパイアハンターに追われる危険が伴う。
だが、エリーはその危険ではなく、モンドが自分の正体を知ったとき、エリーを殺すべき魔物として捉え、討伐するように動くだろうという考えが、エリーからあらゆる意思を奪い取っていった。
「ひ、ひひ、ひひひひ」
エラットは気持ちの悪い笑い声をあげ、ゆっくりとこの場を立ち去るべく歩き出す。エリーの目はその光景を捕らえていたが、体は動かなかった。全身傷だらけで、まともに戦えるかも怪しい自分より弱い敵が、悠々と立ち去ろうとしてる。しかし、エリーはそのエラットに何かしようという気は起きなかった。
「僕は、す、スティのところに行くよ。き、君の言う通り、僕はスティのそばにいるべきだと思うからね。ひひひひひ、ひひひ」
エラットが去ってからしばらくしても、エリーはその場から動いていなかった。
頭の中がぐらぐらと揺れていて、お腹の奥の痛みと寒さに耐えかねて、エリーは独り言を言う。
「いいんだよ。私、魔物だから」
口に出すことで、まとまらない思考の方向性を決める。
「モンドさんの血だって、吸えばいいんだよ」
ふらりと、元来た道を帰り始める。目的地は、モンドのいるエルフの冒険者の店。
「エラットなんて、どうでもいい」
とぼとぼと細い路地を歩く。
「帰りたい」
それ以上、何も言わずに歩き続けた。