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半ヴァンパイアは飛び蹴りする

 エラットの居場所を占ってもらうために、ユルクさんは占い師の人にエラットについて知っていることを話し始めた。

 

 同時にお店にいたエルフの冒険者が、みんな出かけ始めた。ユルクさんがステラちゃんの保護を依頼としてお店に出して、みんなでそれを受けていた。報酬がっぽりで人数も無制限の依頼だから、みんなでやるみたい。

 

 「わしが奴と出会ったのは3年前、ステラがうちに来た時に護衛とそば仕えを兼ねて雇った時で」

 

 「あ、そういうのいいです。何か特徴とかないですか?」

 

 「特徴?」

 

 「はい。そういうエピソード的な情報より、特徴とかの情報が必要です」

 

 占う相手に関する情報でもエピソードとかはいらないらしい。エラットの過去について知ることができるかと構えていたけど、無駄になった。

 

 ―まぁ私もエラットの過去とか興味ないし、いっか。 

 

 「特徴……腹に焼き印があるぞ。何か書くものをくれ、描いて見せる」

 

 メイドさんが懐から紙とペンを取り出して机に置く。ユルクさんはさらさらと焼き印とやらを描き始めた。

 

 「焼き印って?」

 

 「犯罪を犯したり、払いきれない借金をした者には、焼き印を押すことがあるのです。エラットは以前お嬢様を誘拐しようとしたことがあり、その際腹に焼き印を押されています。あの黒いエプロンのような前掛けは、焼き印を隠すためにつけているんでしょう」

 

 「なるほど」

 

 ―私が聞いといてなんだけど、メイドさんエラットについて詳しいね。

 

 私とメイドさんが話していたわずかな時間で、ユルクさんはササッと焼き印の形を描いた。

 

 「このような焼き印が腹にあるはずじゃ、ほかに目立つ特徴は思いつかん……」

 

 ―あ、あとあの槍についても言っておいた方がいいかな。

 

 「あの、鉄製の槍を持っていました。刃部分のすぐ手前がこんな感じで太くなってて、強い光を出せる槍です」

 

 「腹に焼き印のある、鉄製の槍を持ったワービースト……十分な情報です。すぐ占います」

 

 占い師の人は水晶を取り出してうんうんとうなり始める。

 

 「……見つけました。全身傷だらけになっていて、今は手当てをしています。場所は……」

 

 ―たぶん私がつけた傷かな。深く刺して抉ってやったけど、致命傷にはなってないんだね……

 

 占い師の人は地図のある一か所を指さした。

 

 ―そこにいるんだね。

 

 「ここです。背の高い建物に囲まれた小さな小屋にいます」

 

 「こんなところにおったのか。わしの屋敷からそう遠くない位置に隠れ家を持っておったようじゃな」

 

 「3番倉庫からも遠くない場所です。ここで治療を終えたあと、ステラ様のところに行くかもしれません」

 

 私は急いでお店を出る。ユルクさんとメイドさんが話していたけど、私はエラットの居場所さえわかればよかった。だから会話も挨拶もせず店を飛び出した。

 

 ―ヴァンパイアレイジ

 

 半分沈んだ太陽をちらっと見て、それからエラットのいる小屋に向けて全速力で駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 完全に日が落ちきったころ、エリーは目的地にのすぐそばまで来ていた。これ以上近づけばエラットに気配を悟られるというところまで近づき、スッとその場に両手をついた。

 

 スゥっと息を吐き、マラソンのクラウチングスタートのような体制をとる。

 

 ―確か、こう……

 

 エリーは小屋の扉を睨むように見つめつつ、頭の中で王都でサイバと戦った時に放った跳び蹴りを思い出す。

 

 グッと足に力を入れ、全力で石畳を蹴って飛ぶ。エリーの蹴った石畳が割れる音が、エリーよりわずかに先に小屋に到達する。

 

 一瞬後、エリーは小屋もろとも吹き飛ばすような破壊力とともに扉を蹴破る。

 

 「お前っ」

 

 体中に包帯を巻いたエラットを見つけた。

 

 エラットはとっさに体をひねって飛び蹴りを躱そうとするが、間に合うはずもない。避けようとして体をひねり、エリーに差し出すように前に出た右胸を蹴り足がとらえた。

 

 小屋の壁をぶち破りながら飛び出してきたのは、無様に錐もみ回転するエラットだ。そのすぐ後に、跳び蹴りの姿勢のままのエリーも出てくる。

 

 エラットは何度も地面でバウンドし、ようやく蹴りの威力を殺し切った。悲鳴は出ない。出せない。蹴られた衝撃で肺の中を空っぽにされたせいだ。

 

 「~っ、カハッ」

 

 息を吸うこともできない。横隔膜が麻痺し、肩の骨が折れ、腹筋が痙攣しているせいだ。


 ―う、ごけ! 動け! 動け!

 

 エラットは体に走る激痛を無視し、右手で自分の腹を殴る。呼吸が止まったままでは何もできない。

 

 ドンッ、ドンッと腹を殴り、やっと腹筋の痙攣が収まる。

 

 「ハァア、ハァア」

 

 やっとの思いで息を吸い込む。右胸が酷く痛むが、それでも無理やり息を吸い込み、吐き出す。

 

 ひとまず呼吸ができたことで、エラットはやっと周囲に意識を向けることができた。

 

 仰向けに倒れたまま首だけを動かして、自分が飛んできた方向を見る。

 

 ―黒い……?

 

 星も、小屋の周囲に会った屋敷も、すべて消えてしまったのかと思った。そう思うほど視界のほぼすべてが黒い何かに占領されていた。


 一瞬遅れて、その黒い何かが目の前に迫るエリーの指尖硬化した指だと気づいた。


 とっさに首を反らすが間に合わない。エリーの指尖硬化を使った貫手の一閃が右目に深く突き刺さる。グチャリという耳障りな音が骨を伝わって耳を経由し、意識に上る。

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

 

 絶叫とともに獣化しながら半狂乱で暴れまわったのは、エリーを一旦引き離すためのとっさの判断か、ただパニックになっただけか。どちらにせよエリーは一旦距離を取らざるを得なかった。

 

 「ギザマァアアアアアアアアアアアアア」

 

 エリーはえぐられた右目を押さえながらゆらりと立ち上がるエラットを、ただ無表情で見つめていた。

 

 獣化したことで体にまかれた包帯は破れ落ち、無数の刺し傷が露出する。獣化した際に傷が開いてしまったのか、ダラダラと血が流れ出る。

 

 エラットは残った左目でエリーを睨みつける。片目を奪われた怒りに身を任せそうになる。

 

 「フーーーー、フーーーー」

 

 ここにきて、やっとエラットはエリーの顔をはっきりと見た。

 

 服装も体つきも、夕方モンドの目の前でぶちのめされた時と変わりはない。ただ、赤く光る瞳が夜の暗さに引き立てられ、いっそう赤く見える。光源の少ない路地であっても、その瞳だけははっきりと見えた。

 

 「ねぇ、ステラちゃんと自分、どっちが大事なの?」

 

 唐突に、エリーはそう質問した。

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