付き添いは怨嗟に狂う
機械槍を抱えたエラットは、息を殺しながら人通りのない路地を駆け、一番近くの隠れ家に向かう。
ステラとクレアを向かわせた3番倉庫ではなく、ゼラドイル家と3番倉庫のほぼ中間にある小さな小屋が目的地だった。
「あ、あいつは一体なん、何なんだ? 槍で貫いたのに、あれだけ痛めつけて、動けなくなっていた、はず、なのに」
気配を殺さなければ、追いかけられてとどめを刺されるかもしれない。そう理解していても、エラットは心の内の焦りや憤りを口に出さずにはいられなかった。
「人間じゃない、そうに、違いないんだ。バケモノ、なんだ」
エラットの記憶にあるエリーの瞳は、濃い茶色だった。だが先ほど自分を圧倒したときのエリーの瞳は真っ赤に染まっていて、動きも、怪我の治る速度も、屋敷で戦った時とは全く違っていた。
息を切らせながら、隠れ家である小屋にたどり着く。槍を手放し、薬箱を取り出して体の治療を始める。
エラットの体の各所には、指尖硬化によって硬く鋭く変化した貫手の傷が無数にあった。浅い刺し傷はない。深くえぐられた傷ばかりで、ダラダラと出血し続づけている。
「と、とにかく、止血しないと」
清潔な布を大量に用意し、傷口に押し付けて包帯で固定する。これでとりあえずの止血は完了する。だが傷はそれだけではない。胴体の前面数か所と、刺し傷数か所に打ち込まれた膝蹴りによる打撲が何か所もある。改めて打撲痕を確認すると、どれだけ強い力で打たれたかが解った。
「あいつ、獣化した僕と、同じくらい力で蹴りやがった。あ、足の太さなんか、僕の半分もない、癖に……」
獣化しているときは体毛に隠れて見えなかったが、打撲痕は拳大の赤紫に変色していた。激しい内出血が見て取れる。
「とりあえず、冷やしておこう」
冷やすと言っても、この小屋に冷やせるものは水くらいしかない。甕にためてある水が腐ったりしていないのを確認し、布を浸して患部に押し付ける。
最後にあらぬ方向を向いた左腕の治療が残っている。右手で無理やり正しい方向に戻し、小さな角材を添え木のように折れた個所に当てて包帯で固定する。折れた個所は前腕で、橈骨尺骨ともに完全に折れていた。
「手は、一応動く」
左の手首は回らないが、指はちゃんと動かせることを確認し、応急処置を完了する。
一度小屋の周囲を見渡し、追手の気配がないことを確認する。と言っても、細い路地ばかりで日の光も当たらないようなこの場所からでは、目で見ただけではほとんどわからないのだが。
落ち着いて、考える。これからどうすべきか、どうしたいか。
「スティは確保できた。クレアと一緒に3番倉庫にいるはず。クレア1人殺すくらい、今の僕でも簡単だ。だからそっちはいい」
そうつぶやき、一度ステラについて考えるのをやめる。
「ユルクジジイも、生き残った使用人のあいつも、殺すのはわけない。簡単だ。屋敷から出てどこかに逃げ込んだらしいけど、殺す機会を探ればいいだけのこと。あとはモンドか」
モンドとの会話を、思い出す。
”単純に絵本が好きだったからだろ。あいつは聞かなくても絵本の話してくるぞ”
「僕が聞くはずの話だ! 本当は僕がスティの話を聞くんだ! 僕だけが! お前なんかじゃない!」
”お前より、俺の方がいいからだろうよ”
「ふざけるな! お前がスティの何を知ってるって言うんだ! 僕よりスティを理解している奴なんかいない! 僕が一番彼女にふさわしいんだ!」
思い出すだけで、エラットはどうしようもないほど怒り狂う。自分以外のだれかがステラと仲良くしているのはどうしても許せなかった。だが何よりエラットが許せないと思うのは、ステラがモンドにネックレスを送ったことだ。
「あれは僕のものだ。僕がもらうはずで、僕に送られるはずのもので。スティは今までずっと守ってきた僕にこそ感謝してお礼をすべきなんだ……なのに、あいつは、当たり前のようにアレを受け取って、そのくせ身に着けてすらいない……」
エリーよって受けた傷の痛みとモンドへの怨嗟に、エラットの意識は埋め尽くされていった。
気が付けば、小屋の外は真っ暗になっていた。もともとほとんど日が差さない立地であったが、ここまでの暗さは日が完全に沈んだことを意味していた。
「スティ……」
そうつぶやいて立ち上がる。
エリーがいる限り、エリーと一緒にいるであろうモンドやユルクを殺しに行くのは現実的ではない。なによりステラに会いたい。一緒に居たい。そう思ったエラットは、3番倉庫に向かうことにした。
各所から痛みを訴えるからだを引きずり、小屋の出口まで行ったとき、ベゴっという音が聞こえた。
エラットはとっさに出口を離れ、後ろに跳ぶ。
何の音かはわからなかったが、直感的に危険を察知しての行動だった。そして、その直感は的中する。
エラットが後ろに跳んだ直後、高速で飛来したなにかが小屋の扉を粉砕した。その何かはそのままエラットに向けて突き進む。
「お前っ」
エラットは赤く光る眼でエラットを捕らえ、跳び蹴りの姿勢のままこちらに突っ込んでくるエリーを見た。