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半ヴァンパイアは混乱する

 メイドとモンドを抱えながら扉を蹴破り、書斎に飛び込んだエリーが見た光景は

 

 「ぐ……が……」

 

 「ひひ、ひ、ひひひひ」

 

 苦し気に呻くユルクと、歪んだ笑みを浮かべながらユルクの首を締め上げるエラットの姿だった。姿を見るまで存在を感じ取れなかったエラットの姿が、一瞬エリーを硬直させる。

 

 ―なんで、エラットさんがユルクさんを……

 

 「ユルク様!」

 

 メイドが危機の迫る主の名を呼び、とっさにユルクを締め上げるエラットに向かって飛び出す。

 

 「あ、ああ、今さら気づいたんだ、ね」

 

 ギラギラと光る眼でエリーを視止(みと)めたエラットが、そうつぶやきながらユルクを投げ捨てる。飛び出したメイドは投げ捨てられたユルクに駆け寄り、声をかける。

 

 「ユルク様! ユルク様!」

 

 ゲホゴホと咳をしながらも、ユルクは大丈夫だと告げる。それを見たエラットは、一旦エリーから視線を外しユルクに声をかける。

 

 「だ、大丈夫だって? ジジイは後回しにした、だけだから、あとでちゃんとこ、殺すよ」

 

 そしてエリーに視線を戻し

 

 「先に厄介な方を、か、片付けることにしただけ」

 

 そう言い放った。

 

 対するエリーは目の前の状況、エラットが敵対しているという事実にやっと理解が追い付いてきていた。


 ―エラットさんはユルクさんに雇われてなんかいなかった。狙いはわからないけど、ユルクさんの命を狙ってる。お屋敷の使用人さんたちをどこかに連れ去ったのは、おそらくエラットさん……かな?

 

 「おいエリー、このイカれた奴がエラットってことでいいのか?」

 

 書斎に入ってから一人静かに状況を見ていたモンドが口を開いた。エリーはエラットに向けた視線を動かさずに、こっくりと頷いて答える。

 

 「そうか」

 

 すっと立ち上がったモンドは、エラットに声をかける。

 

 言葉の通じない獣相手であれば、モンドはボア狩りの時のようにエリーにすべてを任せていただろう。だが人相手であれば、本人も意外だと思うであろうが、戦闘経験のないはずのモンドは比較的冷静だった。

 

 「エラット、お前の目的はなんだ?」

 

 モンドの問いにエラットは即答する。

 

 「君と同じだよモンド君」

 

 「俺と同じ? どういう意味だ」

 

 「お嬢……ステラを守るって意味だよ。ステラのために、僕はくそジジイとジジイの従えるクズどもを抹殺する」

 

 エラットの中では、ステラの祖父やステラと3年の月日を過ごした使用人たちを殺すことは、ステラのためになるのだ。だがそれはモンドにとって

 

 「意味わからん」

 

 意味不明であった。モンドでなくとも、たいていの人は理解が及ばないだろう。

 

 「き、君なら解ってくれるとお、思ってたんだけど……ざ、残念だよ」

 

 「一人になったステラはどうするつもりだ? ステラまで殺すつもりか?」

 

 「そんな! そんなことす、すすするわけないじゃないか! 何を言ってるんだっ君は! ステラは、す、スティは僕と一緒に暮らすんだ。ふ、二人で幸せな家庭をき、築くに決まってる!」

 

 モンドはエラットの答えを聞き、話し合いでの事態の好転をあきらめることにした。

 

 「すまんエリー、俺ではあいつが言ってることが理解できん」

 

 小声でエリーに謝ると、エリーも小声でモンドに質問の追加を要求した。

 

 「モンドさん、屋敷の使用人がどうなったのか聞いて」

 

 「使用人? 使用人がどうかしたのか?」

 

 「いいから聞いて!」

 

 ”自分で聞けよ……”と内心思いつつも、モンドは言われた通り質問する。

 

 「え~、お前使用人になんかしたか?」

 

 「み、みんな殺したよ。あんなクズどもに生きるし、資格なんてないからね」

 

 相変わらずの口ぶりで、さも当然のようにそう言った。

 

 「なんじゃと……」

 

 真っ先に反応したのはユルクだった。今自分のすぐ横にいるメイドを除いた、使用人すべてが殺された。それが事実かどうかはわからないものの、ユルクは大きなショックを受けていた。

 

 モンドはその言葉を疑いつつも、エリーに言われて問うたことへの返答であることを思い出し、エラットの”みんな殺した”という言葉は本当なのではと思い始めていた。

 

 そしてエリーも大きな衝撃を受けていた。

 

 ―みんな殺した……って、つまり気配がなかったのは、死んでたからって……こと?

 

 エリーはブワリと全身に鳥肌が立ったような、腹の奥で火が燃えているような、そんな感覚を味わった。ぐっと手を握りしめ、体温が上がっていくのを感じる。エリーは自分の中で燃え上がるそれが、まぎれもない怒りの感情だと気づく。

 

 そして、困惑した。

 

 ―なんで私、怒ってるの? おかしいよ。だって私はハーフヴァンパイアで、人間の敵なんだから。人間が死んだって別に悲しくない。悔しくない。困らない……なのに、なんでエラットさんが、こいつがこんなにも許せないの……?

 

 「もういいかな。 い、いい加減始めることにするよ」

 

 言い終わると同時に、エラットは背負ってきた機械槍を取り出し大きく踏み込む。

 

 「ハァッ」

 

 狙いはエリーの頭部。書斎に飛び込んで来た時から体制を変えておらず、片膝をつくように座るエリーの顔面目掛けて一直線に機械槍を突き出す。

 

 エリーはとっさに上体を反らすことで躱し、その勢いで立ち上がり低く構える。

 

 ―かなり早い突きだった。しかもあれ普通の槍じゃないよね。あれこれ考えながら戦える相手じゃないかな。

 

 「エリーさん、やっぱりつ、強いね。あの体制からしょ、初見で僕の突き躱せるなんて、普通じゃないよ」

 

 ―褒められてもうれしくないよ。

 

 口には出さず、油断なくエラットを見る。先ほどまで自分がいたところに立つエラットは、悠々と機械槍を構えなおす。

 

 「モンドさん離れてて。危ないから」

 

 「は、離れても無駄だよ。え、エリーさんの後でちゃんとこ、殺すからね」

 

 ユルクやユルクの使用人では飽き足らず、自分たちまで殺すつもりらしい。それは先ほど攻撃してきたことからも明らかだとエリーは思った。

 

 「ステラちゃんは、どこにやったの?」

 

 肝心なことを聞き忘れていたことを思い出し、エリーは問う。

 

 「ぼ、僕の隠れ家に向かってるよ。君たちには関係ないけどね」

 

 エラットはにやりと笑いながら答え、もう一度エリーに向かって鋭く踏み込んだ。

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