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半ヴァンパイアは気配を探る

 「……エリー様、今、エラット、と申されましたか?」

 

 私がモンドさんに言ったことを聞いたメイドさんが、聞き返してきた。つい先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変するほどメイドさんの表情がこわばっていて、ぼんやりしていた私の意識がスッと冷めていくのがわかる。

 

 ―なんで、そんな深刻そうな顔になるの? エラットさんはさっきのユルクって人が雇ってるんじゃないの?

 

  「うん、言ったよ。ユルクさんに雇われていて、ステラちゃんを陰ながら見守る人みたいなんだけど、一応確認しておこうと思って」

 

 「違います!」

 

 そうはっきりと否定するメイドさんを見て、私は、私たちは今まずいことになってるんじゃないかと直感した。

 

 ―さっきステラちゃんの部屋を覗いたとき、誰もいなかった。トイレにでも行ってるんだろうってモンドさん言ってたけど、本当にそうなの? そういえば……

 

 「ユルク様に詳しくお話しください」

 

 メイドさんがそう言うので、一旦考えるのを中断してユルクさんに会った部屋に戻る。戻りながら、もう少しだけ考えてみる。

 

 ―そういえば、昨日感じたエラットさんの気配を今日は感じない。今日に限っていない? いやそんなはずないよ。きっと近くにいるはず……

 

 1階に降りながら集中して、周りの気配を探ってみる。

 

 ―私の足音、モンドさんの匂い、それからメイドさんの衣擦れの音……この煙い(けむい)感じの匂いは、ユルクさんの部屋の匂いだった、ほかには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない

 

 

 ”何もない”? 

 

 はっとして、今度は音に集中する。私たちの立てる音以外の音を探してみる。

 

 ―やっぱり、何もない。何も聞こえない。

 

 「メイドさん、このお屋敷の使用人って、メイドさんだけ?」

 

 階段を降り切る直前で聞いてみる。メイドさんは振り返ることなく答えてくれる。

 

 「いいえ。他にも何人かおりますよ。それより今はユルク様の下へお急ぎください」

 

 やっと私は、本当に今まずい状況になっていることに気が付いた。私の感覚が正しければこの屋敷には今、私とモンドさんとメイドさん、それからユルクさん以外誰もいないことになる。

 

 ―急いだほうがいいよね。

 

 私はモンドさんとメイドさんの腰に手を回して、そのまま方に担ぎ上げる。

 

 「おわぁ何してんだ?!」

 

 「きゃあ、え、エリー様?!」

 

 ―ちょっと重い。特にモンドさんが重い。けどこの方が早いはず。

 

 二人を肩に担いだまま階段を飛び降りて、そのままユルクさんの書斎に突撃する。二人を壁にぶつけないように気を付けながら扉を蹴破り書斎に転がり込んだ。

 

 

 

 

 

 裏門の警備の死体を草むらに隠し、警備から奪ったかぎで裏門から屋敷に入る。

 

 今頃モンドとエリーはユルクジジイのところに行っているはず。お見舞いだか何だか知らないけど、こういうのはまず家主に挨拶してから用事を済ませるものだ。僕はその間に面倒な作業を片付けてしまおう。

 

 屋敷の一階にはユルクジジイの書斎がある。ここで物音をたてれば、書斎にいるエリーに気づかれる可能性が高くなるし、まずは2階に行こう。

 

 2階に上がる途中で出くわした使用人(クズども)を、一言もしゃべらせずに首を折りながら進む。死体は掃除用具入れや倉庫に放り込んでおく。

 

 屋敷の中にいる連中は、僕と同じワービーストとは思えないほど弱かった。僕のように訓練を積んでいないとはいえ、狩猟民族たるワービーストとして嘆かわしい。やはりクズの手下はクズばかりか。

 

 7人ほど片付け、1人を除き2階を制圧する。除いた1人というのは、かつて僕の上司だった執事長の男だ。名前は忘れた。どうでもいい。

 

 「や、やぁ執事長。ぼ、僕のことはお、覚えてるよね」

 

 「ん゛ん゛ん゛」

 

 猿轡を噛まされ、腕の関節を極められた執事長が呻く。その様子だとちゃんと覚えていてくれたようだ。

 

 ゴキャリという子気味良い音と、骨が折れる感触が伝わって来る。

 

 「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ぐ……」

 

 あんまり力いっぱい呻かないでほしい、執事長にはやってほしいことがあるんだから。それにエリーに気づかれないとも限らない。これはある種の賭けだ。

 

 「執事長、ちょっと、お嬢の部屋にいるクレアって人に、話しをしても、もらえるかな?」

 

 問いかけると同時に、もう一本骨を折っておく。もう執事長の右腕は、前腕も上腕も折れてしまった。これではお茶も入れられないだろう。まぁ関係ないか、どうせこの後*すんだし。

 

 

 

 

 もう3本ほど折ったところで、執事長は僕のお願いを聞いてくれることになった。

 

 執事長を拘束したままお嬢の部屋の扉の前に立つ。

 

 「余計なことをしゃべったら殺す。動いても殺す。指示したこと以外をしたら殺す」

 

 執事長の耳下で、ほとんど声を出さずに言う。こういうことだけは噛まずに言えてしまうのも、訓練した結果だ。こういうセリフを噛むと、相手に舐められるらしい。

 

 涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった執事長の顔が縦に振られるのを見て、猿轡を解く。

 

 「……クレアくん。扉を開けずに聞いてくれ」

 

 へぇ、声色だけは激痛を感じながらしゃべっているとは思えない感じだ。演技派な執事長だな。

 

 「……どうされたんですか?」

 

 僕は執事長の背中をトントンと小突く。すると慌てたように執事長がしゃべりだす。こんな弱くて臆病な奴の部下だったと思うと、少し腹立たしい。

 

 「今、屋敷に賊が侵入している。クレアくんはステラお嬢様を連れてすぐに逃げてくれ」

 

 今執事長がしゃべっているのは、ついさっき僕が指示した内容だ。まぁ完全な作り話というわけではない。僕は賊と言えば賊だ。

 

 「な?! ゆ、ユルク様は?」

 

 「既にほかの使用人たちと逃げた。私もすぐに逃げるつもりだが、君にはステラお嬢様を連れて逃げてもらいたい。今の内だ、さぁ早く」

 

 演技がうまいね執事長。ユルクジジイの手下になんかならず、役者にでもなったらよかったのに。

 

 「……かしこまりました。執事長も、お気をつけて」

 

 すかさずもう一度執事長の背中を小突く。

 

 「ああ待て、この屋敷の西にある廃材置き場の3番倉庫に逃げなさい。皆は他の場所をいくつか回ってからそこに向かう手はずになっているが、お嬢様を長く連れまわしては体に障るかもしれない。君はお嬢様を連れて一直線に廃材置き場3番倉庫に向かいなさい」

 

 「はい。では」

 

 短く別れを告げたクレアが、お嬢を抱き上げて窓から飛び降りる音が聞こえた。これでお嬢は屋敷から連れ出せた。これでいい。

 

 ゆっくりとこちらを振り向く執事長。その顔は卑屈で絶望的な薄笑いを浮かべている。命惜しさに僕の言うことを聞いて、ユルクジジイやほかの使用人を裏切ったんだ。まぁこんな顔にもなるか。

 

 「わ、私は、これで、命だけは」

 

 執事長のひどい顔が目障りだった。憔悴しきり、命乞いをする声が耳障りだった。不愉快だったから、首に手をかけてねじる。骨が折れる音だけは子気味良かった。

 

 あとは一階の調理室にいる何人かとユルクジジイ、それからモンドとエリーくらいか。クレアは後で片付ければいい。

 

 そろそろユルクジジイの長話が終わるころか? モンドとエリーが書斎を出たら、ジジイもさっさと始末することにしよう。

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