付き添いは暴走する
モンドがユルクジジイに呼ばれ屋敷に来た後、お嬢はまた部屋に閉じこもるようになった。最初はユルクジジイが無理やり閉じ込めているのかと思っていた。だがそれは違った。使用人のクズどもは、扉越しではあったがお嬢に部屋を出るように声をかけているようだったし、お嬢は何か机に向かって作業に熱中しているように見えた。
お嬢が自室ですることと言えば、絵本を読むか寝るくらいのものだった。だが今は違う、何かを作っている。
僕がお嬢の部屋を見張る位置は、窓からお嬢の様子を見ることができる。少し距離があるせいで細かいことは見えないが、少なくとも絵本は読んでいない。ずっと机に向かっている。
ふいに、お嬢が窓の方を見た。もしかして僕に気づいてくれたのかと思った。だがお嬢は、ぼんやりと外を眺めているだけのようだった。今まで僕が見守っていることに気づかなかったのに、今日突然僕に気づくわけがないか。
寝る間も惜しんでお嬢が作っている物は、ネックレスだと解った。あんなに熱中して作るなんて、絵本以外にお嬢が楽しめる趣味ができたみたいだ。僕はうれしいよ、お嬢。
完成したネックレスを手に持ち、お嬢は窓に近づいた。日の光に当てて、出来栄えを細部まで確認するためなんだろうけど、僕に見せてくれているようにも思う。
……きっとそれはお嬢によく似合うよ。お嬢があんなに頑張って作ったネックレスだ。君以外の誰に似合うというんだい? きっとそれが似合うのはお嬢と、もしかしたら君を大事にしてくれる人にだけだよ。
僕は勘違いしていた。僕はお嬢が木工でアクセサリーを作ることが好きになって、趣味にした。作ったネックレスは、コレクションしたり自分でつけてみたりするものだとばかり思っていた。
……あのネックレスは、モンドに送るものだと、クズどもが言っていた。先日ユルクジジイが雇ったエルフの護衛。確かクレア・シンフォードとかいう女とクズどもが話しているのを見かけ、唇を読んだ。迷子になったお嬢を助けたお礼の品だとも言っていた。
違うよお嬢。順序が違うよ。迷子になった君を屋敷に送り届けたのは、確かにモンドだ。だけどそれは君を助けたことにはならない。ユルクジジイの屋敷からやっと逃げ出した君を、ただ連れ戻しただけだ。モンドなんかより、ずっと君を見守っていた僕のことを先に考えてよ。
ずっと君を守ってきた。これからだってずっと守ってあげる。そう約束したじゃないか……
ネックレスを完成させた日、お嬢は倒れた。原因は調べる必要なんかない。ただの過労だ。ずっと見守っていた僕にはわかる。
……どうしてなんだい? お嬢。モンドにお礼をするために休まずずっと机にかじりついて、体調まで崩して、そこまでモンドのことが気に入ったのかい? どうしてそんなに一生懸命になるくらい、感謝しているんだ?
僕はモンドにネックレスを送るということが信じられなくて、ネックレスをモンドの下に届けるクレアの後を追った。本当は違うんだと、信じたかった。ネックレスはお嬢が自分のために作ったもので、モンドに送る品は別の何かだと、そう信じたくて後を追った。
ネックレスを届けに来たクレアを監視していた。そう言ってカマをかけた。”ネックレス? そんなのもらっていない”そう返してほしかった。だが、やはりというか、あのネックレスはモンドに届けられたようだった。
どうしてモンドなんだ?
僕の方がずっとお嬢を大切に思ってる!
僕の方がずっとお嬢を守れる!
僕の方がずっとお嬢について知っている!
僕の方がずっとお嬢のことが好きなのに!
どうして、僕じゃないの?
モンドとエリーが屋敷にやってきた。正門で何やら話している。何を話しているのかは分からない。唇を読めるほどに近づけば、エリーが僕の存在とどこにいるかを察知するだろう。だから近づけない。
いや、すでに僕の存在には気づいている。場所までは解らないのか、キョロキョロと見まわしている。やはり厄介だな。しかし少し顔色が悪い気がするが、それでも僕がいることには気づけるのか……
ユルクジジイと正門でモンドと話していた門番の男が話している。ユルクジジイの口元は見えなかったが、門番の男の唇を読むことができた。
”モンド、エリーの2名が、明日の昼過ぎにお嬢様のお見舞いに伺いたいとのことです”
ほかにも何か言っていたが、僕はそれ以上読まなかった。
とても不快だ。モンド、君のせいでお嬢は体調を崩したんじゃないのか? それでお見舞い? 違う。謝罪に来るべきだ。大体なぜ、どうして、君のせいで、僕は、僕の方がずっと、だから、 君には、 スティは、 エリーがどれだけ、 僕からお嬢を奪うつもりか? 君になにが、
許せない。
明日の昼過ぎ、それが君たちの最期だ。ユルクジジイも屋敷のクズどもも、僕からお嬢を奪う者、隠す者、引き離す者、全部の最期だ。
今日、僕はあの屋敷からお嬢を、いやスティを助け出す。そして僕たちの敵は全員*す。
昼を過ぎた。モンドとエリーが屋敷の正門に現れた。予告通りの到着。僕は昨日の夜に昔の同僚から奪ってきた武器、”機械槍”を手に持ち、限界まで気配を押し殺す。今日まで僕の潜伏はあっさりとエリーに見破られてきたが、今日に限ってはそうはいかない。細心の注意と全力の技術を持って、エリーの察知を欺く。
モンドたちが屋敷に入った。一気に正門に近づき、門番の男の首を折る。今まで注意してみてこなかったが、こいつ人間なのか。ユルクジジイめ、クレアの時も思ったが、最近になって他種族を雇うようになりやがった。
門番の死体を草むらに隠し、屋敷の裏に回る。お嬢が初めて屋敷を出たときは裏門の方から出た。それに伴って裏門の方にも警備を置くようにしたらしい。まずはそいつを片付ける。
いた。ワービーストの男だ。庭師を装っているが、油断なくあたりを見回す所作は警備のそれだ。こいつも*す。
視線を僕の方からそらした瞬間、一気に駆けだして近づく。足音を消す。風切り音が届く前に間合いに入る。
警備の男の耳がピクリと動いた。気づかれた。さっと振り向いてこちらに視線を向け……
「……気のせいか」
そうつぶやいた瞬間、首をへし折る。
見るからに手練れだったなら、単純に飛び込んでも気づかれる。当たり前だ。だからこちらに気づいて振り向く瞬間に高くジャンプし、視界の外に身を隠す。着地直前に背後から頭をつかんでねじる。それなりに難しい技だ。
とりあえず正門裏門の両方を押さえた。あとは逃げられる前に全員始末するだけだ。エリーが気づくまでに何人*せるか……
今日この屋敷から生きて出られるのは、僕とスティだけだ。一番の強敵はおそらくエリーだ。だが僕は必ず勝つよ。スティのために。
……そうしたら、くそジジイもクズどももモンドもエリーも死んだなら、きっとスティは気づいてくれるはずだ。僕だけが君にふさわしく、僕だけが真に君を*していると。