青年は見舞いに行く
馬車を降り、昨日来たばかりの屋敷の正門の前にやってきた。屋敷というのは言うまでもなく、ステラの住むゼラドイルの屋敷だ。
ザ・金持ちの屋敷という面持ちにちょっと緊張する俺の隣には、なんとなく顔色の悪いエリーがいる。
「おいエリー、顔色が悪いが大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
大丈夫だというエリーの顔には、昨日からうっすらと出ていた隈が少し濃くなっていた。
女は定期的に体調が悪くなるらしいし、あんまり突っ込まないほうがいいんだろうな。
「じゃ、いくか」
「うん」
どこを見ても高そうな調度品がある廊下を、メイドさんに案内されながら進んで行く。前に来た時は応接室みたいなところにしか行かなかったが、今回はもう少し奥に行くようだ。
メイドさんは廊下の突き当りにある扉まで俺たちを案内すると、扉をノックして、”ユルク様、お客様がおいでです”と声をかけた。金持ちの暮らしってこんな感じなんだな。俺も様付けで呼ばれてみたい。
扉の奥からユルク爺さんの”入ってくれ”という声が聞こえ、メイドさんは扉を開けて俺たちを中に入れる。ちなみにメイドさんは入らず、俺たちが部屋に入った後扉を閉めつつフェードアウトしていった。
「モンド君に、そちらはエリーさんかな? よく来てくれた。まぁ座ってくれ」
ユルク爺さんは前に会った時よりだいぶ穏やかな感じだ。灰色の毛が生えた耳や尻尾が、ステラのふわふわした感じとは少し違う感じがする。
「初めまして、エリーです」
そして俺の隣でかなり雑な自己紹介をするエリー。冒険者らしいと言えばらしいのか?
この部屋はユルク爺さんの書斎のようだが、でかいソファーが置いてあり、俺たちはそこに座ってユルク爺さんと話をすることになった。
わざわざ見舞いに来てくれてありがとうに始まり、ステラの印象はどうだったかを聞かれ、交流特区に来たばかりのころのステラの話を聞かされ、体調を崩したステラをどれほど心配したかを話される。おいおいじいさん、俺たちはステラのお見舞いに来たのであって、あんたに会いに来たわけじゃないんだぜ? と内心かっこつけながら突っ込みを入れておいた。
2時間くらい経っただろうか? ユルク爺さんの孫かわいいトークが一段落し、ようやくステラの部屋に行くことになった。ちなみにエリーは半分寝ていた。無理はない。
「ではモンド君、エリーさん。孫のところに行ってやってくれ」
というユルク爺さんの言葉を背に書斎をでる。俺たちを書斎に案内したメイドさんが扉の近くで待機していた。もしかして案内してからずっとここで待っていたのか? 使用人も大変だな。
「ステラ様のお部屋はこちらです」
案内に従って2階に上がり、俺たちが屋敷に入った正門の方に面する部屋に向かう。扉がいくつもあって、部屋の数が多いのが解る。その中に一つ、”ステラ”と書かれた掛札が付いた扉がある。間違いなくあそこがステラの自室なんだろうな。
「ステラ様、モンド様とエリー様がお見えです」
サラリと様付けされた。ちょっと様付けで呼ばれてみたいと思っていたが、唐突すぎて喜べなかった。というかあんまり嬉しいものでもないかもしれん。
「…ステラ様? お休みですか?」
そう言えば扉の奥から返事がない。どころか物音すらしない。まぁ体調を崩してるって話だし、寝てるんだろうな。あるいはトイレにでも行ってて部屋にいないとか?
俺が適当なことを考えていると、エリーが小声で耳打ちしてきた。
「モンドさん、部屋の中に誰もいないみたいだよ?」
「トイレにでも行ってるんだろう。しばらく待ってみよう」
「……失礼しますね」
俺たちの会話をよそに、メイドさんは一言断りを入れるとガチャリとドアノブを回し、押し開いた。
エリーの言う通り、部屋の中にはだれもいなかった。あるのはしわの付いたシーツがかけられたベッド、絵本が詰め込まれた本棚、机と椅子、開け放たれた窓と風に揺れるカーテン。
「トイレにでも行ってるんでしょう。少し部屋の前で待たせてもらっていいですか?」
俺が提案すると、メイドさんは振り返って
「かしこまりました」
と言うと、扉を閉めて待機する。屋敷の使用人というのは、待機時間の長い仕事なんだな。
俺と一緒に壁にもたれかかるエリーが、ふと思い出したような顔になって、俺に話しかけてきた。
「ねぇモンドさん。そう言えばエラットさんについてユルクさんに聞くの忘れてたね」
「あ」
本当だ。ユルク爺さんの話を聞くばっかりで、こっちの聞きたいことを忘れていた。
「そうだった。あ~、ステラがいつ戻って来るかわかんないし、一度ユルク爺さんのところに戻るか。そう言うわけでメイドさん、さっきの部屋に戻っても……」
俺はそれ以上言えなかった。”エラット”という名前を聞いたメイドさんの顔が、とても恐ろしい顔だったからだ。
「……エリー様、今、エラット、と申されましたか?」
真顔のようにに見える表情は、明らかに激情を内包した物だった。メイドさんの雰囲気があまりに一変したせいで、俺は驚いて動けなくなった。
「うん、言ったよ。ユルクさんに雇われていて、ステラちゃんを陰ながら見守る人みたいなんだけど、一応確認しておこうと思って」
「違います!」
メイドさんは突然大声でそう言った。俺はビクっとなったが、エリーはあんまり動じていないように見える。
はっとした表情になったメイドさんは、冷静な声音で
「ユルク様に詳しくお話しください」
とだけ言うと、ユルク爺さんの書斎へと歩き出した。
俺はなんとなく嫌な予感がして、自分が少し焦っているような気がした。ついさっきまでは何の危機感も感じていなかったのに、今は正体不明の不安が俺の中で膨らんでいく。
俺はとにかくメイドさんの後を追って、ユルク爺さんの書斎に歩いて行った。
ちょっと忙しくて投稿ペースが開いてしまいました。申し訳ない。