青年は考える
エリーが俺に話したことをまとめると
・ステラにはエラットという、自称ステラの付き添いの上半身裸エプロンのワービーストがいる。
・付き添いというのは外出時に同行する者であるらしい。
・エラットはたくさんの人に見られることが苦手なので、ステラ自身を含めて誰にも気づかれないように付き添いをしている。
・3年ほど前からステラの付き添いをしている。
・ステラの祖父ユルクに雇われている使用人でもある。
と、大体こんな内容だった。上半身裸エプロンってなんだよ。
「今日までに2回会ったんだろ? 最初に会った時に教えろよ」
「忘れてた。昨日の夜にエラットさんに会って、その時にモンドさんに話してなかったな~って思い出した」
「そうか」
俺の知らない間に、そのエラットってやつに会っていろいろ話したことはひとまず解った。
「昨日の夜はクレアさんがあのネックレスを持ってきただけで、ステラちゃんは来てなかった。でもエラットさんは来てた。なんかおかしくない?」
「いや、それエラットに直接聞いたんだろ? なんて言われたんだ?」
「えっと、”ネックレスがちゃんと届けられたかを見に来た”だったような。クレアさんがちゃんと運べるかも見てたみたい」
「……べつにおかしくないと思うぞ。不自然な回答じゃないだろ」
俺がそう言うと、エリーは少し考える。それからすぐに
「でも、それは付き添いの仕事じゃないよね。ステラちゃんが家で寝てるなら、看病するとかが付き添いの仕事なんじゃないかな」
まぁ言われてみればそうだが、やっぱり不自然ではないと思う。
「付き添いってのはステラが外出した時に同行することなんだろ? ステラが外出しないならしないで、付き添い以外の仕事をするんじゃないか?」
そもそも、エリーも言っていたが付き添いはあくまでエラットってやつの自称だ。ステラの身辺警護や監視がエラットの仕事なんじゃないかと俺は思い始めている。
「……なるほど?」
エリーはあんまり納得していないみたいだ。なんとなくエラットに違和感を感じたとか言ってたな。違和感、おかしいところ、矛盾、そう言うのが何かあるのか?
「う~んそうだな~」
エラットについては一旦置いといて、ステラについて俺が知ってることは何だ?
・ゼラドイルという、交流特区内のワービーストの店全部のボスみたいな家の娘。
・絵本が好きで、ステラの祖父のユルクが買い与えた大量の絵本を読む生活をしていたらしい。
・金銭感覚とかがいろいろぶっ飛んでる。
ぐらいか? あんまりよく知らんな。灰色の毛並みとか声がでかいとか、絵本を読むばっかりでろくに外に出てなかったくせにアクティブなところとか、どうでもいいことなら知ってるんだが……
「外にほとんど出てなかった……?」
ピンときた。エリーが感じた違和感かどうかはわからんが、確かにちょっとおかしいところがある。
ステラは交流特区に来てから外出経験がかなり少ない。それに、迷子になった日と、この家に来た次の日の一回、それからユルク爺さんに言われて俺を呼びに来た一回。この3回以外の外出は、ユルク爺さんと一緒だった、らしい。それも数えるほど少ない回数だ。そのたった数回のために3年間付き添いを雇い続けるか? 普通は付き添いのためだけに雇うんじゃなくて、ほかの仕事のついでに付き添いをさせるだろう。
「あ~、付き添いは自称なんだったな」
エラットの実際の仕事は付き添いではない……ということになるか? 付き添いを自称する理由はしらんが、たぶん別の仕事で雇われてるんだろうな。
「たぶんだが、エラットの実際の仕事はステラの付き添いじゃないと思う。だが何の仕事をしてるかまではわからん」
「ん~、そうだね。詳しいことはエラットさん本人……は付き添いって言ってるから、雇い主のユルクって人に聞けばわかるかな」
「だな。エラットはユルク爺さんにいろいろ報告してるだろうし、聞けば教えてくれるだろう。今日はアポ取りだけだから会えないだろうけど、明日見舞いついでに聞いてみようか」
こっくりとエリーが頷き、とりあえず相談は終わりとなった。俺が朝食の食器を片付けをして、出かける準備をする。
毛皮の貴族亭に向かうためだ。ゼラドイル家にアポを取るのは、ボア狩りの後でも大丈夫だろう。
「おう兄ちゃんたち、今日は早いなぁ!」
ボアを納品に向かった肉屋のおやじが、でかい声が俺たちを出迎えてくれる。
「この後用事があるからな」
「そうかそうか! じゃ、これ報酬な! 筋のある部位だが、肉も少し分けてやる! また頼むぜぇ!」
と言っておやじは、俺に金の入った袋と紙に包まれた肉を押し付ける。ありがたく貰っておく。
「さっさと達成報告に行って、ゼラドイルの屋敷にいくか」
「うん」
思っていたよりボア狩りに時間がかかっちまった。そろそろ夕方になろうかという時間だし、急いだほうがいいだろうな。暗くなってからアポを取らせろなんていえば、屋敷に迷惑かけるかもしれん。
早足で毛皮の貴族亭に向かっていると、エリーが真顔で話しかけてきた。
「モンドさん疲れてないの?」
疲れてるに決まってんだろ。
「ボアを仕留めるのはエリーに任せてるとはいえ、俺は普通の村人だ。重い荷車をずっと引いてれば疲れる」
俺が”俺はエリーと違って冒険者じゃないんだぞ”と言わんばかりの説明をすると、エリーは首を横にふって
「それはそうなんだけど、というか村人じゃなくでも疲れる……じゃなくて、前より疲れてないなって思って」
と言ってきた。確かに少し前……ボア肉の依頼を受け始めた頃は、依頼を終えた後に何かをやる体力は残っていなかった。
「……うむ、言われてみれば、ボア狩りを始めたころは、納品を終えた頃にはくたくたに疲れていたな」
俺も少しは体力が付いてきたということだろう。今ならエリーがスコットから借りている槍を、持ち上げるくらいはできるかもしれん。試さないけどな。
「強くなったと喜ぶべきか、冒険者の稼業に毒されてしまったと悲しむべきか」
「喜べばいいのに」
「まぁ、そうだな」
とか話している間に、毛皮の貴族亭に到着した。いつもなら達成報告のついでに飲み食いして帰るんだが、今日は報告だけしてさっさと店を出る。
「ところで、アポの取り付けってどうやればいいんだ? ただの村人の俺は、金持ちの屋敷を自分から訪ねたことなんてないから知らないぞ」
俺がアポの取り付けを言い出したというのに情けないとは思うが、エリーなら案外知ってたりしないだろうかと期待している。
「私も知らないよ? ただの冒険者がお金持ちの屋敷の訪ね方なんて知ってるわけないじゃん」
……そうだな。店に戻って店主に聞いてみるか。
俺たちは踵を返して毛皮の貴族亭に向かって行った。