青年は木工を受け取る
「私はクレア・シンフォードと言います。見ての通りエルフでして、昨日ユルク様に雇われた冒険者です。ステラお嬢様が外出する際の付き添い兼護衛なのですが、本日はお嬢様の代役としてまいりました」
俺たちの家の近くにいたのは、緑の髪のエルフだった。俺たちに、というか俺に用があるみたいだったので、家にあげて話を聞くことにした。
ちなみにエリーは寝た。ポンチョとベルトを外してすぐベッドにうつ伏せになり、それからピクリとも動かない。客が来ているというのに、自由な奴だ。
「家名があるってことは、貴族なのか?」
もし本当に貴族なら敬語を使わないといけないが、交流特区なら別だ。ここに階級制度はないからな。
「いえ、シンフォードは家名ではなく、樹名です」
「樹名?」
「エルフの国では、地上ではなく木の上に建てるのです。ツリーハウスというと解りやすいでしょうか。家を建てる木にはそれぞれ名前がついていて、自分がどこの木の家の者かを示す”樹名”を名前の後ろにつけるのです」
「つまりクレアさんは、シンフォードっていう木に建てられた家の人ってことか?」
「そうです。樹名はエルフの国の者なら誰でも持っています。なのでエルフの貴族は、名前、家名、樹名の3つの名前になるのです」
ややこしいな。
「なるほど」
とりあえずこの人が貴族じゃないってことは解った。解ったところでなんだって話だが。
「それで、ステラの代役っていうのは?」
「はい。ステラお嬢様が、あなたにこれを渡してほしいとのことで伺いました」
クレアさんは手のひらサイズの木箱を差し出してきた。木箱を開けてみると、木製の爪と牙、そしてガラス玉の付いたネックレスが出てきた。
「これは?」
「モンドさんへのお礼の品だそうです。ステラお嬢様は自分の手で渡したかったようなのですが、体調を崩してしまいまして、私が代わりに持ってきた次第です」
体調を崩した?
「ステラは大丈夫なのか?」
「おそらく大丈夫だろうとのことです。そのネックレスを完成させたすぐ後に、突然倒れられたそうで、原因不明の体力喪失が原因と言っていました。今は寝込んでいますが、もうしばらく休めば体力も十分戻るそうです」
もしかして、このネックレスを作るのに熱中しすぎたせいだったりするんだろうか。だとしたら俺のせいだ。
「今日ステラお嬢様とお会いしてネックレスを受け取ったのですが、モンドさんの想像より元気だと思いますよ」
クレアさんに気を使わせたか? ステラにネックレスというか、木工を作るよう言ったのが俺だと知っているなら、気を使わせたんだろうな。
「……そうか」
見舞いに行こう。ちゃんとお礼を受け取ったぞと、言ってやりたい。
それはそれとして、ちょっと気になることがあるので聞いておこう。
「ところで、クレアさんが背負っている弓はどういうものなんだ?」
その弓は普通の弓じゃなかった。エルフの弓といえば長弓だ。弓を背負ったエルフは交流特区でたまに見かけるが、みんな木製の長弓を背負っていた。
だがクレアさんが背負っているのは短弓だ。しかもどう見ても金属製。両端に丸い金属板が2つずつ付いていて、そこから弦が張られている。しかもおかしなことに、腰に下げている矢筒は長弓用のものに見える。弓の2倍くらいの長さの矢が入っているように見えるんだが、それでちゃんと矢を射れるのだろうか。
「これは機械弓というものです。ドワーフとエルフが共同開発したもので、扱いやすい短弓で、長弓以上の射程と威力を実現しようという発想で作られたそうです」
クレアさんが一気に早口になったぞ。さっきまでと雰囲気がまるで違うというか、滅茶苦茶嬉しそうに話し始めた。
「見てください。弓の両端に丸い板がついているでしょう? 板の内側にも少しサイズの小さいのが5つ隠れていて、弦を引っ張っていない今は一番外側の板に弦が巻き付いていますが、弦を引っ張ると内側の小さい板に巻き付くように設計されているんです。弓の両端に2つずつ付いているので弦が2本あって、中心で交差していますが矢はここにつがえます。弦を引く最初はかなり力がいるんですが、完全に引き切った状態で維持するのには大した力は必要ないんです。というのも、引き切った状態で弦は一番小さい板に巻き付いていますから……」
クレアさんが止まらない。満面の笑みで説明してくれるが、早口すぎてよくわからない。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ、落ち着」
「で、弓を射るときは弦を引っ張るのが小さい板から大きい板に戻っていきます。なので矢を押し出す力がどんどん強くなるんです。バネの力で板を回して弦を引っ張っているんですが、それ以上にこの仕掛けが矢の威力をより強いものにしていると言えるでしょう。ドワーフは面白いことを考えますよね。それでこの部分に矢をひっかけ……」
誰かこのエルフを止めてくれ。俺では止められないみたいだ……
「ということがありまして、ただの冒険者の身である私がこの機械弓を手にしたわけです」
「そうか……よくわかった」
「解っていただけましたか」
30分くらいだろうか。クレアさんはぶっ通しで機械弓についてしゃべり続け、最後には機械弓を手にした経緯まで話し切った。俺はクレアさんの話を止めることをあきらめ、ずっと聞きっぱなしだった。
「ふぅ……もう遅い時間になってしまいましたね。本日はこれにて失礼します」
「徒歩で来たのか?」
「はい。ですが帰りは馬車で帰ろうかと思います」
「報告しに帰るならその方がいいんだろうな」
俺の言葉にうなずいたクレアさんは、立ち上がって玄関に向かう。
玄関扉を開けるクレアさんに、俺はもう一つだけ言っておくことにする。
「ステラに、見舞いに行くと言っておいてくれ。明日か明後日か、エリーと相談して決めるが近いうちに行くと」
「はい。お嬢様も喜ぶと思います。それでは」
そう言ってクレアさんは帰っていった。
俺ももう寝るとしよう。体を洗いたい気持ちもあるが、眠い。明日の朝洗うことにしよう。
「エリー、明かり消すぞ」
「うん、私はちょっと出てくる。すぐ戻るから寝てて」
寝てるだろうけど一応声をかけておこうと思ったのだが、起きていた。
「起きてたのかよ」
「うん。じゃあちょっと行ってくる」
うつ伏せのままそう言うと、のそりのそりとベッドから這い出るエリー。そのまま玄関を開けて夜の町に消えていった。
「……俺は寝るぞ」
まぁエリーにも俺に知られたくないことや事情があるんだろう。詮索するつもりはない。
俺はエリーを見送った後、ベッド代わりに座布団をたてに3枚布き、そこに横になって目を閉じた。
機械弓の仕掛けは、自転車のギアをイメージしてもらうと伝わりやすいかと思います。