半ヴァンパイアは酒に酔う
ご主人様とギドと、オリンタス山で別れたとき、餞別として血の入った瓶を3本もらっていた。
毎日飲む必要はなかった。けれど、3日から4日置きには飲む。そう言われていたから、そうした。
ちょっとずつ飲んでいたけれど、カッセルの町から交流特区に来るまでの間に、最初の1本が空になった。
モンドさんと出会って、お金稼ぎの手伝いをし始めた。私には冒険者として活動する以外にお金を稼ぐ方法が解らなかったから、とりあえず冒険者の店で依頼を受けるようになった。
ダムボアという大きな猪を、ほぼ毎日のように狩る生活が始まった。
私にはそう難しい依頼じゃなかったけど、モンドさんにはちょっとしんどかったみたい。でも最近はモンドさんも体力が付いてきて、筋肉も付いてきて、ボア狩りもあんまりしんどくなくなってきたようだった。
ただ、私の体はボア狩りをする前よりも血を欲しがるようになった。戦ったり重い荷車を引いたり、力仕事をするようになったせいだと思う。交流特区に来る途中より、早いペースで血を飲むようになった。
血のビンが全部空になった。
力が弱まっているのが、なんとなくわかる。依頼を受けるたびにスコットさんから槍を借りるんだけど、だんだん重く感じるようになった。ボアの乗った荷車が、前より少し重く感じるようにもなった。
そして、のどが渇くようになった。
今日もボアを狩ってきた。そんなにしんどい依頼じゃない。でも、前より少し疲れるようになった。モンドさんの首筋を、なんとなく目で追うようになった。
ボアの血が、獣臭い血の匂いが気になるようになってきた。ワービーストのおじさんが経営する肉屋さんにボアを納品するときに、解体される前の、血抜き途中のボアが見えた。
……喉が渇いて、もっと渇いて、ちょっと痛い。
「達成報告行くか」
「うん」
毛皮の貴族亭に、モンドさんと二人で行く。
モンドさんは結構筋肉質な体になっている。交流特区で初めて会った時はもっと細かった。でも今は、服の上からわかるくらい胸板が厚くなって、肩幅も広くなって、腕や足が太くなった。
首筋に浮き出る筋肉の筋や、腕にはっきりと隆起した血管が見えるたびに、私はとても喉が渇く。歯茎がズキズキする。
でも、噛みついてはいけない。血を飲んではいけない。ハーフヴァンパイアだと、バレてはいけない……
毛皮の貴族亭に着いた。相変わらず店にずっといるスコットさんが、私たちに気づいてやって来る。
「戻ったか」
「ただいま。今日もありがとう」
私は背負っていた槍をスコットさんに返す。
「ああ」
相変わらず上半身裸なスコットさんを極力見ないように、モンドさんの方を見る。
「夕飯、食べて行こ?」
「そうだな」
このやり取りはもう何回もした。家にはお酒がないから、ここで夕飯ついでに飲んでいきたい。
毛皮の貴族亭のカウンター席まで行って、店主さんに注文する。
「ポトフ2つと、エール頂戴」
「……いつもそれだな。ポトフ以外も、試してみたらどうだ?」
そう言えばポトフばっかり頼んでたね。食べ物の方は何でもいいから、つい同じのを頼んじゃってた。
「モンドさんは何がいい?」
「いっつもお前が勝手に頼むくせに、今日は聞くのか」
そう言えば、モンドさんの分も私が勝手に選んじゃってた。
「ごめん」
「いやいい。おれも文句言わなかったし」
言わなかっただけで、文句はあったんだ……ごめん。
「そうだな。じゃあキッシュがいい」
「キッシュ2つとエール頂戴」
「……ああ」
ほどなくして、キッシュとエールの入ったジョッキが出てくる。
キッシュの中には細かく刻んだ根菜類ととろとろのクリームが入っていて、塩の利いた生地ととてもよく合う味だった。
そしてエールを飲む。よくあるエールの味。ちょっと苦くて、麦の匂いがする。甘い味の方が好きだけれど、エールは安くてジョッキが大きいからこっちを飲む。
キッシュを食べ、もう一口キッシュを食べ、エールを飲む。これを繰り返してエールのお代わりを頼む。
キッシュがなくなって、エールをもう一杯だけ頼んで、夕飯終わり。
モンドさんは食べるのが早くて、私がキッシュを食べきるより早くに食べ終わっちゃう。でも食べたらスコットさんの方に行って何やら雑談してるみたいだから、私は気にせずのんびり食べて飲む。
お酒を飲んだからって、喉の渇きがなくなる訳じゃない。でもちょっとふらふらするくらいまで飲むようにしてる。
飲まないと、酔えないから。
酔わないと、夜に眠れないから。
夜眠らないと、朝まで耐えられないから。
血を飲まないと、収まらないから。
「ごちそおぅさまぁ」
私が店主さんにそういうと、決まって軽く会釈される。ここの店主さんは不愛想だと思うけど、この不愛想さを含めてのお店なんだろうね。
席を立って、ふらつく足でモンドさんのところに行く。
「もんどさ~ん。かえろ~?」
「また酔ってるなお前。いや飲むなとは言わないけど、加減しろ」
加減してるよ。私が酔わないと、危ないのはモンドさんの方だよ?
でも、いつまでもお酒を飲んでればいいわけじゃない。いつかは血を飲まないと、いずれ誰かを襲うと思う。血のおいしさを知っちゃった以上、いつまでも我慢なんてできない。
どうにかして、ハーフヴァンパイアだとバレないように、血を飲まないといけない。
「モンドさんの腕~、太くなったね」
毛皮の貴族亭をでて、モンドさんの腕に絡みながら家路につく。
「おいやめろ、酔うたびに帰り道で絡むの、ほんとやめろ」
「え~」
だって、おいしそうな腕なんだもん。いいじゃん抱き着くぐらい。
迷惑そうなモンドさんの顔は、あえて見ない。
「お前ほんと、酔うとめんどくさい絡み方してくるよな」
「いいじゃん酔ってるんだから」
「どういう理屈だ」
モンドさんは迷惑そうだけど、むりやり私を引き離したりはしない。だから腕に抱き着くのは、モンドさん的にはセーフなんだと思う。私もこれ以上はしない。
なんでこんなふうに絡むかというと、私もよくわからない。ただ私は、酔うとスキンシップしたくなるってだけなんだと思う。
なんとなく、以前毎日誰かにスキンシップされてたような気がする。相手はモンドさんじゃないよ。
「おい、また家の近くに誰かいるぞ」
モンドさんの声のトーンが変わっているね。また迷子かな? なんで家の近くで迷子がひんぱつするんだろう?
「また迷子ぉ?」
「いや、大人だ。少なくとも”子”ではないな」
モンドさんの腕と足元ばかりに向けていた目線を、今になって前に向けてみる。
我が家の近くに立っているのは、長い髪を後ろで縛った女の人だね。モンドさんは暗くてよく見えてないみたいだけど……ん? 髪の色が緑に見える。
「……緑髪の人間って、みたことないよね?」
たぶんエルフの人かな? 耳とんがってるし。
「いきなり何の話だ?」
ああ、色も見えないくらい暗かったんだね。私だから見えてるけど、この辺夜暗すぎない?