獣人少女は木工を作る
モンドを見送った後、ステラは自分の部屋に走って戻って来た。ステラの自室には、薄いピンク色のベッド、絵本が何冊も入れられた本棚、クローゼット、机と椅子があった。
ステラは机の上にある作りかけのネックレスを見る。
木を削って作った動物の爪とハート型に模様を刻んだ丸い木版が、細い紐によってつながれている。それはステラがモンドに送るお礼の品として作ったもので、もうすぐ完成となるはずのものだった。
ステラはそれをつかむと、ゴミ箱に叩きつけた。
「こんなのじゃダメ」
ステラは机の引き出しから彫刻刀と材木を取り出し、もう一度木工のネックレスを作り始める。
ステラの手のひらより少し小さい材木を、まず大雑把に爪の形に削っていく。
ステラは想いを込めて材木に彫刻刀を入れる。迷子になった自分を家に送ってくれたこと。迷子になって心細い時に、励ましてくれたこと。自分のせいで祖父に心配をかけたり、モンドに迷惑をかけたと思っていた時、ステラは悪くないと言ってくれたこと。祖父が外出禁止を言い渡しそうになった時、止めてくれたこと。ステラは感謝の気持ちを込めて材木を削る。
「あたしのために、してくれたのかな」
口元を緩めながら、それでも目は真剣なまま手を動かし続ける。
「なんであたしのことを助けてくれるの?」
答えは帰ってこない。部屋にはステラ以外誰もいないのだから当然だ。
「もしかして……」
”あたしのことが好きだからかな”とは口には出さなかった。ステラにとって、それは確認したくてたまらないことだった。だからこそ、本人に聞くその時までは口にしない。
「あたしは……好き」
誰がとは言わなかった。
「攫って、奪ってほしいな」
ステラにとって自分を好きになってくれるということは、いわば絵本の中の悪役のような所業をしてくれるということだった。
「フロイラインみたいに、呪いで……」
声を奪ってほしい
「フローラ姫みたいに、無理やり……」
攫ってほしい
そうやって愛してほしい
もちろんステラには、それができない、またやってはいけないことだと解っている。これはただの願望であり妄想でしかない。しかし、その願望や妄想をしながら進める作業は、先ほどゴミ箱に叩きつけた品を作った時よりずっと丁寧なものだった。
4本分の爪の、大雑把な削りが終わった。デコボコとした爪としてはかなり太い材木を、今度は滑らかな曲線を描く獣の爪に仕上る作業に入る。
ステラは先ほどよりゆっくりと慎重に彫刻刀を滑らせる。本物の爪のような滑らかな表面と、先端の鋭さを持たせるために。
ステラは彫刻刀を動かしながら妄想する。
夜、使用人と祖父が寝静まったころにやってきた彼に誘拐され、彼の家に監禁される。食事は貧しく、着るものはボロボロ。痩せてしまって、元気がなくなってしまって、くたびれた、そんな状態の自分を満足そうに彼は見る。そして自分に向かって
「これでもう、ゼラドイル家のステラお嬢様じゃない。俺だけのステラだ」
と囁くのだ。
ちょっとだけ歪んだ恋愛観を持つステラは、独占することは愛情表現だと思っていた。そして、自分は彼に愛されたい。そう言う願望をかなえる妄想だった。
気が付けば爪4本が完成していた。ステラは材木を2つ取り出すと、今度は牙を作り始めた。
やり方は爪と同じだ。まず牙の形を大まかに削ることから始める。
ステラは作業を進めつつ、また妄想を始める。
ある日、ステラは自分の好きなものを彼に問われ、肉をだべることが好きだと答える。すると次の日から、肉の味が解らなくなった。
次の日、またも彼に好きなものは何かと問われた。ステラは赤い色の服が好きだと答えた。すると次の日から、赤い服を身に着けると全身に激痛が走るようになった。
また次の日、彼に好きなものは何かと問われ、ステラは庭に咲く花をめでることが好きだと答えた。すると次の日から、庭に咲く花にステラが近づくと、花が突然切り裂かれるようになった。
このような日々を続けたステラは、最後の日に彼に問われる。”好きなものは何か”と。ステラは”何もない”と答える。すると彼は……
「俺だけを好きになれ」
とステラにささやき……
はっとしてステラは手元を見る。すでに2本の牙が完成していた。
あと残っている作業は、ひもを通してネックレスにするだけだった。だが、ただ木で作った爪と牙のネックレスでは面白くないと思ったステラは、机の引き出しを開ける。
なにかいい物はないかと探してみると、引き出しの中をころころと転がるきれいな玉を見つけた。それは絵本の付録で付いてきたガラス玉だった。
ガラス玉はそのままではひもを通すことができないので、小さな紐を編んで小さな網を作り、そこにガラス玉を入れ、網を紐に通すことでネックレスにつけることにした。
小さなガラス玉を入れるための、網目の小さな網を作る地道で細かい作業をしながら、ステラは冷静に考える。
彼はステラの知る限り普通の人間だ。ステラを攫ったり、ステラから何かを奪ったりするような人ではない。
でも、好きになってほしいし愛してほしい。
「……もしかして、愛し方を知らないのかな」
ステラはチクチクと網を作りながら、小さな呟きをする。ステラは冷静な思考を始めたはずであったが、今のステラの目は、きっと誰が見てもまともだとは思わないだろう。
「あたしを助けてくれるのって、やっぱり……」
ステラは、やはり最後まで言わない。もしそれが間違いならどうすればいいのかわからないから、怖くて口にはできないのだ。
「だったら、愛し方を教えてあげればいいわ」
ステラはふと、そう思った。
ステラは彼に次に会った時、絵本を何冊か持って行って、呪い士や黒い服の人が、どうやって好きな人のことを愛したのか、語って聞かせると心に決めた。
「そのためにも、まずはこれを完成させないといけないわ」
ステラは自分に言い聞かせるようにそういうと、いっそう真剣にネックレス作りに集中し始めた。