青年は思いつく
ボア肉の依頼に代わる稼ぎ方をエリーと相談したものの、終ぞいい案は浮かばなかった。俺たちが独立して商売を始めるにしても、売るものが思いつかない。どこかで雇ってもらうのも難しい。というか雇ってもらえるならこんな苦労していない。
「と言うわけなんだが、なにかいい案はないか?」
「……そう言われてもな」
で、今何をしているかというと、毛皮の貴族亭の店主にも同じ相談をしているところだ。実際に自分の店を持っている奴なら、エリーや俺では思いつかないことを教えてくれるかもしれないと思ったわけだ。
ところが
「今モンドたちにボア肉の依頼をこなしてもらわないと、この店だけじゃなくて肉屋や肉料理を出す店、高い金を出して肉を買う貴族連中……いろんな奴が困る。お前らの他に交流特区の外からボア肉を狩ってこれる奴がいないからな」
とか言い出した。よく考えれば毛皮の貴族亭は俺たちがボア肉の依頼を受けなくなると困る側だった。相談相手間違えたな。
「う~む、どうしたもんか」
ボア肉以外の肉を食えとか肉じゃなくて豆を食えとかいろいろ言いたいが、交流特区の文化の否定と受け取られると面倒そうだ。
「牛とか育てたらいいんじゃないのか? というかボアを家畜として育てれば肉問題は解決するんじゃないのかよ」
そもそも狩猟とかいう収穫が不安定なものに依存するからこうなるんだ。
「……ダムボアの狩猟はワービーストの文化として交流特区に持ち込んだものだ。だからその文化が廃れる可能性のあることはしないことになってる。前も言わなかったか?」
聞いてねぇよ。
「じゃあせめて肉を蓄えておくとかしておけよな」
サノの森でボア狩りが禁止になったのは、確か俺たちが交流特区に来る1カ月くらい前だったと聞いたぞ。ちゃんと蓄えておけばもう少し余裕があったんじゃないのか?
「……肉はすぐ傷むから無理だ。少し涼しくはなってきたがまだ暑い。蓄えたところですぐ腐る」
「肉をそのまま倉荷でも突っ込む気か。塩蔵とか干したりとかしろよ」
「……シオヅケとはなんだ?」
「……知らないのか?」
店主はこっくりと頷いた。
「もしかして交流特区では肉の保存とかしない?」
またしても店主は頷いた。
「ほうほう、それは面白い」
これは稼げるんじゃないか? エリーに相談してみるとするか。
「……モンド、ニヤニヤしてないでシオヅケについて教えろ」
ここで話して大丈夫か? 塩蔵や乾燥のやり方を俺たちで独占した方が儲かるはずだし言わないほうが……いやまて、そもそも俺たち以外にもたくさんの人間が交流特区に出入りしてるわけだから、塩蔵や乾燥の技術を伝えられる奴だっているはずだ。どうしてそれが交流特区で知られていないのか、ちゃんと下調べしないと不味いかもしれん。
そう言う意味でも、ここは店主に話しておくべきだろう。リスク回避のためだ。
「塩蔵っていうのは、腐りやすい食べ物を長期保存するための方法だ。肉以外にも魚や野菜なんかを塩に漬けて長持ちさせる。まぁ数日保存がきく程度だが、モノによっては2週間くらい持つ場合もある」
よく考えたら俺塩蔵も乾燥もそう詳しくは知らない。サジ村でポルコさんが肉を塩に漬けたり干したりしてたのを見てただけで、教えてもらったりしてなかったな。
「……塩はどのくらい使うんだ?」
えっと、確かポルコさんが言うには……
「漬けるもの全体にすり込んだり揉みこんだりするから、結構使うはずだ。具体的な量は漬けるものによるとしか言えんな」
詳しく知らないからな。
「……わかった。もういい」
「そうか」
結構興味あるように見えたのに、もういいのか。
「もしかして交流特区じゃやっちゃいけないことなのか?」
やるかやらないかはともかく、確認はしておくことにする。
「……そんなことはない」
店主はそれだけ言うとカウンターの奥に引っ込んで行った。まぁとりあえず塩蔵はやっていいみたいだ。たぶん乾燥も燻製も大丈夫だろう。家に帰ってエリーに相談してみよう。
「無理だと思うよ」
詳しい説明をする前に一刀両断された。
「なぜだ」
交流特区で知られていない技術だぞ。絶対儲かるはずだ。
「塩蔵と燻製ってどうやるか知ってる?」
そりゃ知ってる。
「塩揉みして数日塩に漬けるとこまでは同じで、そのままなのが塩漬け。煙で燻すのが燻製だろ」
だいぶざっくりした説明だが、間違ってはいないはず。
「まぁ、そんな感じだね」
エリーはそう言うと、雑嚢の中から手のひらサイズの何かを取り出して見せてきた。
「これは岩塩」
「見りゃわかる」
紛うことなき岩塩だな。エリーが料理するときにガリガリやってるのを見たことがある。
「商売として塩蔵や燻製をするんだったら、まとまった量を塩揉みして数日漬けこむ作業をしなきゃいけないよね? 必要になる塩の量はこれの100倍くらいはあると思うんだけど、塩をそんなに確保するのは難しいよ」
ああうん、金はまぁまぁあるとはいえ塩は結構高い。確保できたとして、このボロくて狭い家のどこに置いておくというのか。
「それから燻製っていい香りのする木の煙で燻すのは知ってると思うんだけど、仕入れ先を知らないよね。交流特区で燻製が行われてないんだったら当然売ってない。一旦交流特区を出てからまとまった量のいい香りのする木を買ってこなきゃいけないから、かなりお金と時間がかかると思う」
「お、おう」
こいつ、結構子供っぽいと思っていたが、もしかして俺より賢いのか? あるいは俺の提案がダメダメだっただけか? たぶん後者だな。
「乾燥はできなくはないと思うよ。ただ、ここの湿気や気温の感じをちゃんとわかってないと失敗すると思う。乾燥は塩蔵や燻製より環境に依存しやすいんじゃないかな」
「解った。もう解ったよ」
どれも現実的じゃないってことだな。よくわかったよ。もういいんだ。
「……エリーは何か思いついたか?」
こいつにも何か意見を出させてみよう。俺の思い付きを完膚なきまでにへし折ってくれたんだし、なにか一つくらい考えついてるだろう。
「んとね、商売を始めるのは私もいいと思う。森でなにか売れそうなのを探して、それを売ればいいと思うんだ。薬草とか」
「それだと森でとって来る物がダムボアから薬草か何かに変わっただけで、今とやってること変わらんだろ」
「あ……」
こいつはやっぱりちょっと馬鹿なんじゃないだろうか。なぜか塩蔵とか燻製の知識は持ってるくせに、発想力は持っていないようだ。
「で、でもボア狩りより簡単で儲かるかもしれないじゃん」
簡単かどうかはさておき、ボア肉の依頼より儲かるとは思えん。だがまぁそうだな。
「どうせボア肉の依頼で森に行くんだし、売れそうなもん探してみるか。何かいいもん見つかるかもしれんしな」
「うん」
商売の素人2人の浅い考えだし、こんなもんだろ。とりあえず今はこれでいいとしよう。
こうしてとりあえずの方針が決まったとき
ドンドンドン
と、扉を叩く音がした。俺はなんとなく誰が来たか解っているような気がした。