表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/304

青年は疲れを感じる

 それはステラを家まで送った次の日のことだった。

 

 

 

 ドンドンドン

 

 扉を叩く音がする。呼び鈴もドアノッカーもない我が家ではよくあることだ。できれば叩いても壊れる心配のない扉だったらいいのにと思わなくもない。というかもっと優しく叩け。

 

 「モンドさん、お客さんだよ」

 

 エリーがベッドにうつ伏せに倒れながら言う。

 

 お客さんが来た時女性が出迎えたほうが感じがいいと思わないか? まぁ家主は俺だし、俺が出るか。

 

 ベッド代わりの縦に3枚敷かれた座布団から起き上がり、のそのそと玄関に向かう。我ながらだらしないと思うが、昨日の帰りが遅かったせいか体が重い。

 

 「はい」

 

 玄関を開けてそれだけ言う。”どちら様?”とかつける元気がない。

 

 「モンド! 遊びに来たわ!」

 

 元気のいい声が斜め下から聞こえてきて、視線を向けると案の定ステラがいた。自分の胴体と同じくらいのリュックを背負っている。見るからに重そうなんだが、なんで元気いっぱいなんだこいつ。

 

 「ええっと」

 

 いろいろ突っ込みたい。まず、見たところステラ一人に見えるが、迷子になった昨日の今日でよく一人で来れたよな、いろんな意味で。それからよく俺の家が解ったな。夜道を迷子になりながら一回来ただけで道覚えちゃうのか、やべぇな。ほかにもそのリュックはなんだとかいきなり呼び捨てかよとか……

 

 「まぁ、入れよ」

 

 「お邪魔します!」

 

 その全部を飲み込んでとりあえず家に上げた俺は、我ながら大人だと思う。

 

 「んぇ? だれ?」

 

 そしてこのだらしない同居人の子供っぽさよ。同い年とは思えねぇんだが。

 

 「ステラ・ゼラドイルです。昨日の夜お会いしたけど、覚えてないわね?」

 

 おいステラ、エリー相手は俺の時より言葉使いが丁寧な気がするぞ。

 

 「えぇっと……」


 エリーはその時酒で酔ってたから覚えてないか。

 

 「昨日(うち)の近くで泣きながらとぼとぼ歩いてた女の子?」

 

 「覚えてんのかよ」

 

 「覚えてたの?!」

 

 ステラと突っ込みが被った。

 

 するとエリーがベッドから上体だけ起こして

 

 「記憶が飛ぶほど飲んでないよ」

 

 と、言い放ちやがった。じゃああのめんどくさい絡み方してたのも覚えてるのだろうか。覚えているならちょっとは罪悪感を持て。俺に対して持て。

 

 「……いや、めんどくさいからいい」

 

 「何が?」

 

 俺はエリーを一旦放置して、ステラの方に集中することにした。

 

 「で、何の用だ? 遊びに来たとか言ってたな」

 

 ステラはエリーの方を見て何やら考え込んでいたが、俺が声をかけると顔をこっちに向けてくる。ばっちり目が合う感じだな。ステラは人と話すときしっかり目を見るタイプらしい。俺は視線を泳がせる癖があるが、どっちの方がいいんだろうな?

 

 「おじい様が改めてちゃんとお礼を言ってこいって言ってて、そういえばあたしちゃんとお礼言ってなかったと思って言いに来た。あといろいろお土産とか持ってきた」

 

 おじい様ねぇ……いや迷子になった昨日の今日だぞ。一人で来させるなよ。

 

 ……あ、いや違うのか?

 

 「エリー、誰かいるか?」

 

 「隣の家の屋根の上にいるよ」

 

 やっぱりだ。護衛として誰かを尾行させてたみたいだな。さすがに独り歩きはさせないよな。

 

 「何の話してるの?」

 

 主語なしの会話ではステラに意味が伝わらなかったみたいだ。まぁ護衛に後を付けられてたなんて知らなくてもいいよな。

 

 「いやなんでもない。あと、ステラは昨日ちゃんとお礼を言ってくれてたから、気にしなくていいぞ」

 

 「あ、うん」

 

 なんつうかアレだな。会話の人数が一人増えるだけで話の進みが遅くなるな。

 

 「で、お土産ってなんだ?」

 

 話を進めるためにあえて催促する。意地汚いと思われるかもしれんな。

 

 「へへ~ん、いい物持ってきてあげたわ!」 

 

 俺の意地汚いかもしれない発言を気に留めた様子もなく胸を張るステラ。ステラは背負っていたリュックから、紙で包まれた四角くてでかい何かを取り出した。

 

 「ボアのお肉よ! サノの森でボアを狩れなくなってからは高級品なのよ!」

 

 あ~、まじか。

 

 「もらいすぎだ。それいくらするか知ってるか?」

 

 「知ってるわよ」

 

 「いくらだ?」

 

 「言わない」

 

 値段を言うと恩着せがましいとか思ったんだろうか。気遣い痛みいるが受け取れないな。

 

 「迷子一人家に送っただけでそんな高いもんもらえねぇよ」

 

 「1貰ったら100返すのがゼラドイル家よ!」

 

 ほほう? ちゃんと100倍になってるか確かめてやろう。

 

 「エリー、迷子探しを冒険者に依頼するとどのくらいになる?」

 

 「知らないよ」

 

 えぇ……

 

 「でも人探しならやったことあるよ。町の中に探し人がいて、その人が貴族とかの重要人物じゃない依頼だったかな。大体銅貨10枚くらいだよ」

 

 知ってんじゃねぇか。というか安いなおい。

 

 「さてステラ。このサイズのボア肉なら、金貨1枚くらいはするだろ?」

 

 「し、知らない」

 

 目をそらしたらそれはもう図星って言ってるようなもんだぞ。

 

 「迷子一人を家に送るのが銅貨10枚だとして、100倍したら銅貨1000枚だよな?」

 

 「知らないもん」

 

 ”もん”て、子供か……子供だわ。

 

 「銅貨1000枚は銀貨10枚と同じだよな。金貨1枚は銀貨100枚だ。100倍どころか1000倍だぞ」

 

 つまりステラは1貰って1000返したということになる。ゼラドイル家がいかに金持ちかよくわかるな。 

 

 「その、銀貨90枚分は気持ちだから。お礼の気持ち含めてこのボア肉なの!」

 

 気持ちの占める割合がデカすぎるだろ。まぁ100歩譲ってこのでかいボア肉が適正だとして、それでも受け取れないというか受け取りたくない理由がある。

 

 「ステラ、残念だが、俺たちはほぼ毎日肉を食える生活をしてるんだ。だから肉をこれ以上貰っても食いきれない」

 

 俺がそういうと、ステラは”何言ってるのこいつ。もしかして馬鹿なの?”みたいな顔になった。

 

 「ダムボアを狩ってきて肉屋に納品する依頼があるんだが、その依頼を俺とエリーで独占して受け続けてるんだ。交流特区の外にある森でボアを狩って来ることができるのは、今この町には俺たちしかいないからなんだが」

 

 ちょっと端折った説明をしたがたぶん伝わるだろう。サノの森でボアを狩れなくなったことは知ってるみたいだし。

 

 「で、納品先の肉屋からサービスで肉をもらったりしてるし、依頼料もかなり割高だから、肉を買おうと思えば買えるんだ」

 

 ステラはもう何と形容したらいいかわからん顔になってきた。俺の話をちゃんと理解できているのか不安になる。

 

 「だが受け取れない一番の理由は、やっぱりもらいすぎなことだ。肉とか高級品じゃなくて、そうだな……何か木工とか作ってくれないか? ワービーストは木工技術に優れてると聞いたことがあるし、手作りならどれだけ気持ちを込めても高くならないし嵩張(かさば)らないだろ?」

 

 わざわざでかいリュック背負わなくても、ポケットに入る大きさの木工なら持ち運びが楽だ。もらう側も受け取りやすい。

 

 「……うん……そうする……」

 

 ステラの顔は相変わらず何とも言い難い感じだ。だが悲しんでる様子ではない……と思いたい。なにせ俺が今したことは、お土産を催促した挙句そのお土産に文句を言って突き返し、代わりのお土産をリクエストするという、なんとも傲慢というか恥知らずな行為なのだから。普通なら悲しむか怒るか、いろいろ通り越して笑うまである。

 

 うわ、俺最低だな。

 

 「また来るわ」

 

 ステラはボア肉をリュックに入れて背負いなおすと、玄関に向かってとぼとぼ歩いていく。その後姿が俺をなんとも不安な気持ちにさせるから、家まで送ることにした。

 

 ところが俺の家の玄関を出たあたりで、ステラは突然元の元気を取り戻した。

 

 「家まで送る必要はないわ! あたしもちゃんと成長しているの。昨日のあたしとは違うわ!」

 

 ぐるりとこちらを振り返りそう言い放つと、周りをキョロキョロと見まわし始める。

 

 「馬車はどこかしら?」


 こんな安い家しか建ってない通りに辻馬車(つじばしゃ)乗合馬車(のりあいばしゃ)が来るわけないだろ。

 

 「……こっちだ」

 

 どうせ安い乗合馬車じゃなくて高い辻馬車を使うのだろうと思った俺は、辻馬車が巡回している通りに案内した。

 

 

 

 

 3台ほど辻馬車が止まっているのを見つけたステラは、さっそうと先頭の馬車に走っていく。念のため俺も一緒に行こうとするんだが、ステラは俺より足が速かった。ワービーストとは言え子供に足の速さで負けるのか俺は……

 

 俺が一人敗北感に打ちひしがれていると、ステラは首に下げていた小銭入れから金貨を一枚取り出して御者のおっさんにこう言った。

 

 「おつりはいらないわ! ゼラドイル本家まで行ってちょうだい!」

 

 男前すぎる。

  

 御者のおっさんは呆気にとられつつもステラを席に座らせ、目的地へと向かう準備を始めた。

 

 ステラはというと、客席から俺の方を”どうよ! もうこれで迷子になったりしないわ!”とでもいうような得意げな顔で見てきた。

 

 俺はなんというか、今日は休みのはずなのに、ものすごい疲れを感じていた。ステラの一挙手一投足に価値観の違いのようなものを見せつけられていた気がする……

辻馬車はタクシー、乗合馬車はバスみたいな馬車ということにしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ