青年は特区を知る
二人でヒィヒィ言いながらダムボアを納品した日から、俺たちは毎日のように同じ依頼を受け続けていた。本当に最悪な日々だ。
「サノの森でダムボアを狩れなくなってから全然肉が仕入れられなくてよぉ! あんたらのおかげで久しぶりに仕事できるぜ! だがまだまだ肉が足りねぇから、どんどん納品してくれよな!」
と納品先の肉屋のおやじに言われ、毛皮の貴族亭に行けばボア肉の依頼しか受けさせてもらえないという最悪の展開になってしまったせいだ。交流特区で食べられている肉のほとんどがボアの肉らしく、そのボア肉を手に入れられるのは今俺たちしかいないらしい。
「なぁエリー」
「なに?」
交流特区の外にあるいつもの森に、エリーが乗った荷車を引きながら声をかける。
「この稼ぎ方、やめないか?」
「うん。そろそろ言うと思ってたよ」
ボア肉の依頼を受けられるのは俺たちしかいないため、俺たちが依頼を受けるのを嫌がられないようにと報酬をかなり多めにもらえている。しかもサノの森でダムボアを狩れるようになるまでは、安定して依頼を受け続けることができる。これらは当初の目的である”他種族から技術を学ぶための資金集め”を達成するのにとてもいい条件だ。
だが、とにかくしんどい。そして時間が取れない。エルフかワービーストか、人数が少ないがいるにはいるドワーフか……どの種族からどんな技術を学ぶか、見学したり話を聞いたりして考える時間も必要なのだ。そしてなにより……
「俺は金稼ぎを手伝ってくれと頼んだよな? だが、この稼ぎ方はむしろ俺が手伝ってる感じだ。お前ひとりでもできるからな」
俺一人だと荷車は引けても、ダムボアを狩るという一番重要なところができない。
「それはそうだけど、私は他のお金の稼ぎ方なんて知らないよ」
「じゃあ俺でもできそうな稼ぎ方を一緒に考えてくれ」
エリーがどんなに強い冒険者だったとしても、こいつにおんぶにだっこで金を稼いでしまうのはなんだか情けなさすぎる。
「うん、わかった。私ちょっと思考停止してたかも」
こいつは体力が滅茶苦茶あるから、俺よりしんどいとか思ってない。だから現状に満足してたんだろう。もしそうならこの話は俺の我儘なのかもしれない。
「悪いな」
「いいよ」
夕方になって、俺たちは肉屋のおやじのところにボアを納品した。
「いやぁ助かるぜぇ! 今この町で肉を売れるのはうちの店しかないからよ、以前の倍近い値段で肉が売れまくっててウハウハだぁ! 報酬、上乗せしといたぜ!」
などと上機嫌なおやじの言葉を聞き流して、俺はなにか別の稼ぎ方がないか考えながら家路につく。
ダムボアの狩猟に手慣れてきたエリーは、あえてダムボアに見つかって、森のはずれの荷車を止めたあたりまで誘導してから仕留める、という高等テクニックを身に着けていた。そのため以前よりだいぶ楽に依頼をこなしていて、”このままでもいいかな”なんて思い始めている。昼間偉そうなことを言った手前絶対に口にはしないが。
「じゃ、達成報告に行くか」
「うん」
朝依頼を受けた毛皮の貴族亭に向かう。冒険者の店に通うことが日課になりつつあることに、若干の不満を感じずにはいられない。
「あれ? 俺冒険者になってないのに、依頼とか受けていいのか?」
ふと何の手続きもしてないことを思い出して、先輩冒険者であるエリーに聞いてみる。
「モンドさんは冒険者になれるから大丈夫だよ」
こいつは何を言っているのか。俺は冒険者になんかならないために交流特区に来たようなもんだぞ。
「おい待て。それはどういう意味だ」
「冒険者って、冒険者の店で依頼を受ける人のことだよ?」
「それは知ってる。だが、俺は何の登録も手続きもしてないぞ」
「そんなのないよ。冒険者を名乗るなら大抵誰でも冒険者だよ? 冒険者の店の店主さんが依頼を受けさせてくれればだけど」
「俺は冒険者だなんて名乗ってないぞ」
「解ってるよ。でも、毛皮の貴族亭の店主さんは依頼を受けさせてくれたでしょ? だから、モンドさんが冒険者を名乗ればもう冒険者なんだよ。だから大丈夫」
たぶん俺じゃなくてエリーに依頼を受けさせたつもりだったんじゃないだろうか。というか間違いなくそうだと思う。だって俺見た目も中身も農夫だし。お百姓さんに猪狩ってこいなんて頼むような奴は、冒険者の店の店主なんてしないだろうよ。
俺の顔をニコニコしながら見るエリーを見てそんなことを思いながら、俺たちは毛皮の貴族亭にたどり着いた。
「お、戻ったか」
相変わらず上半身裸のワービーストのスコットが俺たちを見て声をかけてくる。こいつはなぜかずっと店にいるみたいで、朝依頼を受けるときもいた。どうやって稼いでるんだろうな。
「ただいま」
エリーは一言だけそういうと、さっさと店主のいるカウンター席の方に歩いて行った。上半身裸のやつなんかと話したくないよな。わかるぞその気持ち。
「へぇ、お前結構筋肉付いてきたじゃないか」
こっちくんな。俺も露出狂の変態みたいなやつと話したくない。
俺の気持ちを知ってか知らずか、スコットは俺の腕や肩を軽く揉みんでニヤニヤしてる。もしかしてそっちの気があるんじゃないだろうな。
「最初見たときはただのヒョロイ人間だったが、だいぶ逞しくなったな。冒険者ならそれくらいの腕がいいだろう」
ああそうか。毎日のように依頼を受ける俺は、エリーと同様に冒険者だと思われてるのか。
そういえば一つ気になったことがあるのを思い出した。
「なぁ、俺たち以外に人間の冒険者はいないのか?」
もしいるなら、俺たちの代わりにそいつらにボア肉の依頼をやらせればいい。俺たちは別の方法で稼ぎたいからな。
するとスコットは、そんなことも知らないのかという顔で教えてくれた。
「この町に人間の冒険者はお前ら以外にいない。狩猟や採取はワービーストの文化の一つでもあるから、わざわざ人間がやらなくても我々ワービーストがやっている。だから人間の冒険者からしたら、交流特区は魅力の薄い場所なんだ。知らずに来たのか? ちゃんと事前に調べてから行動しろ」
「ほっとけ」
聞きたいことは聞けたのでそう言って会話を切り、エリーを追いかけるようにカウンター席の方に行く。エリーの隣の席に陣取っておけば話しかけたりしてこないだろう。冒険者が仲間と一緒にいるときは気軽に話しかけないというマナーがあるらしいからな。
「報告は終わったか?」
「終わったよ。ごはん食べて帰ろ?」
エリーは冒険者の店で食事をとりたがる。まぁあのボロイ家で食うよりはこっちの方が寂しくないだろうけど、金がかかるんだよな……
「そうだな」
だが文句は言わない。なにせエリーは稼ぎ頭というか、頼みの綱だ。飯くらい好きなものを食えばいい。高級料理を食いたいと言ったら止めるけどな。
「マスター、ポトフ二つとエール頂戴」
「……ああ」
こいつは意外にも酒を飲むらしい。ちなみに俺は下戸だから飲めない。
日が沈んだころ、俺たちは毛皮の貴族亭を出て家に向かっていた。ボロイ家だが数日住めば馴染んで来て、今ではぐっすり眠れる。不満といえば、冬になったときの隙間風が怖いくらいか。
エリーは顔がちょっと赤いが、深く酔ったりはしていないようで足取りはしっかりしている。
「モンドさ~ん、明日は休みにしようよ~」
そういいながら腕に絡みついてくるこいつを見て、やはり深酔いしていると思いなおした。
「休みというか、ボア肉の依頼じゃない稼ぎ方を考えようって話しだったな」
酔っ払いと考え事などできるわけがない。酒を頼むこいつもこいつだが、止めなかった俺も悪いか。
「そうだったね~」
「とりあえず腕を放せ。歩きにくい」
酔っ払いとめんどくさいやり取りをしながら家のすぐ近くまで来たとき、家の近くをとぼとぼと歩くワービーストの子供を見つけた。
「うぅ……ひっぐ……」
声からして女の子だ。泣いてるし声かけるか。
「どうした? 迷子か?」
両手で目をこすっているから俺たちに気づいていないだろう。ちょっと離れたところから、驚かせないように声をかける。
「ふぇ……誰?」
顔を上げたその子は真っ赤になった目で俺の方を見た。こんな時間に子供一人は流石に放っておけないので、とりあえず家に帰そう。あと俺の横にいる酔っ払いは、めんどくさいから家に置いておこう。