半ヴァンパイアはボアを狩る
草木の影を縫うように進んで、水たまりでちチャポチャポと水を飲むダムボアの背後に回り込む。右手に握った木製の槍が木の幹や葉に当たらないように気を付けながら、そろりそろりと近づいていく。
―猪とかの雑食の動物や草食の動物は視野が広いよね。真後ろまで行こう。
水たまりを中心に半円を描くように回り込んで、やっと後ろをとれた。後はそっと近づいて仕留めるだけ。
―……とりあえず今は、ダムボアを仕留めることに集中しないと。
私はちょっと気持ちがもやもやしていた。ついさっきモンドさんがルイアや王都で起きた事件について話してて、なんだか急に嫌な気持ちになった。でも今そのことは脇に置いておく。
―お尻を槍で刺しても倒せない。やっぱり狙うなら頭だけど、どうしようかな……斜め上からいこう。
ダムボアと5歩くらいの距離で、私は音もなく跳躍する。ダムボアの背中に飛び降りるようにして、うなじから槍を力いっぱい押し込んだ。
ダムボアはグイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛という甲高い鳴き声を上げて一瞬暴れたけど、すぐに力なく倒れ込んだ。
「……よし、成功」
頭骨には大後頭孔っていう首に向かって開いた大きな穴があるらしい。その穴から頭の中に向かって突き刺すと、真っ当な生物なら即死するんだって誰かが言ってた。誰だったかは思い出せないけど。
倒れ込んだダムボアから槍を引き抜いて、水でジャバジャバして軽く洗う。借りたものだから、キレイにして返さないとね。それから水たまりの反対側にいるモンドさんにも声をかける。
「モンドさ~ん、終わったよ~」
「早くね?!」
―まぁちょっと急いだかな。いつまで水飲みをしてるかわかんないし。
一旦モンドさんとご飯食べながらお話してたところに戻って、置きっぱなしにした雑嚢を回収する。それから木の陰から出てきたモンドさんと一緒に狩ったダムボアのところに戻って来た。
「あとはこれを持ち帰れば依頼完了だね」
余計な傷が一つも付いていないダムボアを見せながら、自慢げに胸を張ってみる。
ところがモンドさんはとてもいやそうな顔になった。なんで?
「遠目に見ても思ったが、ダムボアはでかいよな」
「そうだね。立ってた時も私の胸くらいまであったよ」
今は横倒れになってるから腰くらいまでしかないけど。
「で、こいつをどうやって荷車まで運べばいいんだろうな」
―……あ。
確か荷車は森のそばに繋いである。つまり、この猪を荷車まで担いでいかないといけない。私はモンドさんが嫌そうな顔になった理由が今わかった。
「……担いでいくしかないね。荷車は森の中を進めないし」
というか進めるなら森のそばに繋いだりしない。
「二度とボアの依頼は受けたくねぇ」
「そうだね……」
私たちは覚悟を決めて、ダムボアを二人がかりで背負い始めた。
「……獣臭い……」
私は今、ダムボアの前足を肩車するように担いでいる。頭の上にボアの首か頭が乗ってて、強烈なにおいがずっと私の鼻を責め苛んでいる。
「うる……せぇ……こっちの方が臭いにきまって……ウエェ」
モンドさんは私の後ろで、ダムボアの後ろ脚を肩にのせて歩いている。なんというか、ダムボアの股間部分が顔の近くに来るんだろうね。私が感じてるのとは別の臭さがありそう。
ダムボアの死体を担いで、森のそばに繋いである荷車まで運ばないといけないんだけど、この時間がとにかく最悪だった。
昼過ぎの熱い気温と、じめじめした森の空気、重たくてきついにおいのするダムボア……もうとにかく気持ち悪い。
「……ちょっと……休憩しないか?」
私も休憩したいけど、この状況をさっさと抜け出したいから休まない。モンドさんにも頑張ってもらおう。
「もうすぐで荷車だから、あとちょっとだけ頑張ってよ」
「はぁ……オェ」
返事ができないくらい臭いのか疲れてるのか……たぶん両方なんだろうね。でも荷車までたどり着かないと終わらないから、とにかく進まないと。
あの後やっとの思いで荷車にダムボアを乗せた私たちは、交流特区への帰路についていた。
荷車はずっと私が引いてる。モンドさんは完全に疲れ果ててしまったため、ダムボアと一緒に荷台でぐったりしている。獣臭いモノの近くでも構わず休んじゃうくらい疲れてるんだね。
―でもモンドさん? 私だって疲れてるんですけど?
「すまん、交代で荷車を引くと決めたのに俺だけ休んじゃって」
―うん。一応申し訳ないとは思ってるみたいだから、許してあげようかな。
「いいよ。モンドさんは普通の人だもんね」
「なんだそれ、お前も普通の人だろ。いろいろ普通じゃないところもあるけど」
「……冒険者じゃなくて、普通の村人って意味で言ったんだよ」
―また、なんだか急に嫌な気持ちになった。なんでこんな気持ちになるのかな……
「……ねぇモンドさん。王都で起きた事件について、さっき教えてくれたよね」
―私は何を言ってるんだろう。そんなことどうでもいいはずなのに……
「んぁ? まぁ教えたな、俺もあんまり詳しくないが」
「モンドさんは、その事件について、どう思う?」
―口が勝手に動いてるような気がする。別にどう思われててもいいじゃん。私はハーフヴァンパイアで、モンドさんたち人間の敵の、魔物で、人間に紛れてる生きてるだけ。敵にどう思われたって別にどうでもいいよ……
「そうだなぁ……ゾンビの大量発生がまず気になるな。王都にはでかい協会もあるし、神官だっていっぱいいるはずだろ? 大量発生する前に浄化できたと思うんだよな」
「そうじゃなくて、えっと、ホグダとか、アランとか……どう思う?」
―私は自分やご主人様がどう思われてるかが気になってるだけなんだよ。だから、聞いてる。それだけ、それだけ……それだけだよ。
「あ~そっちな。俺はホグダやらアランやらが本当に居たとは思ってないんだ。さっきは言わなかったが、その二人は陸を走る海賊船に乗って、王都の門をぶち破って来たって話なんだ。陸を走る海賊船って時点でまずおかしいだろ? たぶんこの噂の真実は、なんかの事故でゾンビが大量発生して、そのまま事実を発表すると王都の信用問題にかかわるから、居もしない悪役を登場させてオチを付けた、とかそんなんだと思ってる」
―オチなんて付いてなくない? というかホグダもアランも実在したよ。私とご主人様はちゃんといたよ。
「もし、ホグダもアランも実在したとしたら?」
―だから聞かなくていいよ。なんで私聞いちゃうの? なんだか自分にイライラする。
「もしいたら、そりゃすごい奴らだな」
……え?
「たった二人……いや本当はほかに何人かいたかもしれないが、とにかくそんな数人で王都を襲うなんて普通考えないし、できない。だが実際にやってのけたとしたらすごい奴らだな。バートリー姉弟は指名手配されてるから、実在するなら逃げ延びてるってことになる」
この後もモンドさんは”王都を襲撃したうえ逃げ延びるなんて普通無理だ”とか”これほど会いたくない有名人は初めてだ”とか、けなしてるのか褒めてるのかわからないことを言っていた。でも、私はなんだか嫌な気持ちがスッと消えて、すっきりした気持ちになっていた。
―それにしても、モンドさんって結構おしゃべりなんだね。
「ねぇ、それだけしゃべれるなら元気だよね? そろそろ代わってくれない?」
「……その場合、お前はどうするんだ?」
「荷台で休ませてもらうけど?」
「……ここは間をとって二人で荷車を引くのはどうだ?」
「え~、私ずっと休まず引いてるんですけど?」
「頼む! お前とボアの乗った荷車なんて引け気がしない!」
「どういう意味かな!? やっぱり私が重いっていうの!?」
まぁモンドさんがかなり疲れてるのは解るから、一緒に荷車を引くことにしようかな。