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青年は話題を振る

 交流特区は街4つほどの大きさがあると言われているが、実際はそうではない。4つの町が交流特区であるというのが正しい。

 

 北東、南東、南西、南東に4つの町があって、それらを四角く線で結んだ内側すべてが交流特区なのだ。ちなみに俺たちが昨日毛皮の貴族亭でボア肉の依頼とやらを受けたのは北東の町。

 

 このボア肉の依頼というのは、本来は特区の内側にあるサノという名前の森でダムボアという猪の魔物を狩って来るらしいんだが、サノ森に棲むダムボアが減りすぎたため今は狩ってはいけないらしい。

 

 つまり今、ボア肉の依頼は達成できないわけだ。そしてそんな依頼を受けさせられた俺たちがどうしたかというと……

 

 「おいエリー、そろそろ、代わってくれ」

 

 「まだ30分経ってないよ。たぶんだけど」


 交流特区の外にある森に向かって、交代で荷車を引いている。30分交代で、つい先ほど俺が荷車を引く番になった。時計などという高価なものは持っていないので適当に30分くらいで交代している。

 

 亜人は特区の外に出られないが、俺たち人間は自由に出入りできる。だから、交流特区の外の森でダムボアを狩って来ることになった。

 

 農家に生まれて畑仕事や牛の世話を不真面目にしながら育った俺は、それなりに足腰が強いと思う。エリーというちょっと小柄な女しか載っていない荷車を引いてもそうそう疲れたりはしない……と思っていた。

 

 「っふ……はぁ……」

 

 エリーしか載っていない荷車はやたらと重い。理由は解っている、エリーが背負っている武器のせいだ。

 

 エリーは昨日、スコットとかいう上半身裸のワービーストに木製の槍を借りてきている。それが滅茶苦茶重い。

 

 スコットからエリーに槍が手渡された時、エリーは軽々と受け取っていた。それを見た周りにいたワービーストどもが一気に騒ぎ出していたのはこれが理由だろう。

 

 エリーの体重なんぞ知らんが、槍の方が重いんじゃないかと思う。一度槍を持たせてもらったんだが、持ち上げられなかった。

 

 「……すまん……限界だ、代わってくれ」

 

 「……私ってそんなに重い?」

 

 「そうじゃなくてな……」

 

 そしてこいつはなぜか槍が異様に重いことに気づいていない。なんどか指摘したけど冗談だと思ってるみたいだ。

 

 こいつが槍を背負ったまま荷車を降りると、途端に軽くなる。こいつが槍を背負ったまま歩いてくれれば、荷車はずっと俺が引いてやってもいい。

 

 「代わるよ。モンドさんは乗ってていいよ」

 

 俺は正体不明の情けなさを感じながら、荷台に横になって休憩することになった。

 

 

 

 

 やっと森に着いた俺たちは、荷車を森のそばに繋いで森の中を進み始めた。森の中の歩きにくさは半端じゃない。

 

 エリーに先導されながら森の中を進んで行くと、大きい水たまりに出た。 

 

 「足跡がいくつか残ってるね。たぶん森の動物はここを水飲み場にしてるんじゃないかな」

 

 なんで一目見ただけで足跡見つけられるんだよ。俺には全く見えないぞ。

 

 「じゃあここで張り込んでみるか?」

 

 「うん。ダムボアは午後の気温が高くなった時に水を飲みに来るらしいから、この辺に隠れてればそのうち現れると思う」

 

 そういえばスコットがそんなこと言ってたな。上半身裸という格好が印象的過ぎて一発で名前ごと覚えてしまった。

 

 近くの太い木に寄り添うようにしていると、エリーがなにやらしゃがんでゴソゴソしている。

 

 「何してるんだ?」

 

 「ごはん」

 

 ”ごはん”だけじゃわからねぇよ。

 

 後ろから覗き込んでみると、背負っていた雑嚢からパンとチーズ、水筒を取り出していた。

 

 「モンドさんも食べる?」

 

 エリーが振り返ってそういうので、頷いておく。エリーはと出したパンを半分にちぎって、穴あきチーズ一かけらと一緒にくれる。

 

 「またあの異様に硬いパンじゃないだろうな」

 

 「特区の店で買った普通のパンだよ」

 

 まぁ受け取った時点でわかってたけど、なんとなく確認しておきたかった。うむ、フカフカした普通のパンだな。

 

 俺の胴体くらい大きい葉っぱを座布団代わりにして座り込み、二人で質素な昼食をとる。

 

 「ちょっと涼しくなってきたね」

 

 無言でパンとチーズを食べていると、エリーが話しかけてきた。俺は誰かと一緒に食事をするとき無言で食べられるが、エリーは何か話しながらじゃないと落ち着かないタイプなんだろうな。

 

 「もう夏もそろそろ終わりだな。まだ暑いが、涼しくはなってきてる気はする」

 

 「そうだね」

 

 なんというか、アレだな。俺もエリーも会話が得意なタイプじゃないせいか、すぐに話が終わってしまう。話題を思いつかないせいで、二人並んで水たまりを見ながら黙々とパンを食べるしかない。

 

 「……あのあと、村は大丈夫? またウルフが来たりしてない?」

 

 「おう、あの後魔物が来たりはしてないぞ。平和だった」

 

 「そっか」

 

 あ~、これはアレだ。こいつの話の振り方は基本質問だけだ。そして返事が返ってきて、そのあとが続かない感じだな。ここは俺が話を振ってやろう。

 

 「お前は相変わらず眠そうだな。村に来た時よりだいぶましだが」

 

 「うん。あの時はちょっと体質に合わない生活してたんだけど、最近は無理せずに生活してるからね」

 

 ほほう、まったく具体的じゃないせいで情報が一切増えない回答だな。

 

 「そうか」

 

 ……いやいやこれで話し終わったらダメだろ。俺はエリーより少しは会話能力が高いはずだ。

 

 「その、生活が変わったっていうのは、もしかしてピュラの町から交流特区に来る理由と関係あるのか?」

 

 完全に感だが、そんな気がした。まぁ違ってても構わん。この会話なんぞダムボアが水を飲みに来るまでの暇つぶしだしな。

 

 「関係というか、きっかけにはなったかな」

 

 「そうか。まぁその方がいいと思うぞ。体質に合わない生活っていうのがどういう生活なのかは知らんが、無理は良くない。それに、最近東側は物騒だからな」

 

 「物騒?」

 

 ん? もしかして知らないのか? かなり有名な話なんだが……

 

 「ルイアっていう港町があっただろ? 蠱毒姫がルイアを襲撃して、住民をみんな攫っちまったって話だ。聞いたことないか?」

 

 横目にエリーの顔を見ながら聞いてみるが、あんまり興味がないのか無表情だ。

 

 「……そういえば、聞いたかも」

 

 「あと、王都でも事件があったぞ。ホグダ・バートリーとその弟のアランってやつが、大量のゾンビを王都の中で発生させて大混乱を起こしたって話だ。王弟殿下ジークルード様も怪我をされたとか」

 

 「……」

 

 なんで黙ってるんだ? 表情も変わってない。この話は結構みんな驚いてたんだがな。

 

 「ルイアも王都もピュラと近いだろ? だからお前もピュラの町を離れて正解かもな。次に事件が起こるのはピュラかもしれん」

 

 「……」

 

 興味なくても返事くらいしろよ……あ、もしかして地雷踏んだか?

 

 「もしかして、家族とか大事な人とかピュラにいたりするのか? いや別にお前を不安にさせてやろうと思って言ったわけじゃ」

 

 「来たよ」

 

 思いっきり言い訳してたら、小声で制された。エリーが指さす方向を見ると、灰色の毛を生やしたでっかい猪が水たまりに近づいていた。よく気付いたな。

 

 エリーは残りのパンとチーズを無理やり口に押し込んで、借りてきたやたら重い槍を握ってそっと動き出す。そしてふと俺の方を見て……

 

 「モグドふぁんふぁ(モンドさんは)ほほれいっどひれれ(ここでじっとしてて)

 

 「解ってるから口に物入れたまましゃべんな」

 

 俺の返事に満足したのか、エリーは物音一つたてずに猪に向かって進み始めた。森の中で足音一つたてずに動くとか、なんというか技術と見た目がマッチしない奴だ。あれでも17歳らしい。成人したばかりにしか見えないくせに……

 

 あといい加減俺のこと”モグド”っていうのやめろ。

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