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死霊術士は眠りにつく

 海賊船ボーンパーティは山脈の谷を縫うように進み、オリンタス山の東側に到着した。エリー、ホグダ、ギドはギルバートを連れてオリンタス山の中腹にある洞窟に向かっている。

 

 先頭はギド、次いでギルバートを抱えたホグダ、最後にエリーの順に山を登る。

 

 3人とも一言もしゃべることなく進み続ける。

 

 ギドは目的を果たした達成感に酔い、足取り軽く先頭を往く。きっと今日こそはご主人様が自分の働きを褒めてくれるに違いないと確信し、その時を楽しみにしていた。

 

 エリーは最後尾から二人の後姿を見ながら歩いている。ギドの楽しそうな雰囲気やホグダの穏やかな横顔を見て、満足そうな表情になる。

 

 ホグダは自分の腕の中にある人物、ギルバートの顔を穏やかな表情で眺めていた。その内心はいろいろな感情が渦巻いている。そして同時に、自分の長い人生がもうすぐ終えられるとも思っていた。

 

 

 

 

 オリンタス山の中腹にある洞窟の入口で、エリーはホグダに声を掛けられる。

 

 「エリーはそこいなさいな」

 

 「なんで?」

 

 「なんでもよ。ギドもエリーと一緒にいなさい、あとで呼ぶわ」

 

 「了解だご主人様」

 

 エリーは理由を教えてもらえず不服そうな顔をしていた。

 

 「なぁエリー」

 

 「なに?」

 

 先ほどまでの鼻歌でも歌いそうな雰囲気を一変させ、ギドは真面目な声色でエリーに話しかける。


 「吾輩たちの目的は達した。手伝ってくれてありがとうなぁ」

 

 「いいよ。血を飲ませてくれるからって理由で手伝ってたんだし、お礼なんて言わなくても」

 

 ギドはゆっくりと首を横に振ると、”そうじゃないんだ”と続ける。

 

 「そもそもエリーが吾輩たちと一緒にいるのは、吾輩が間違って攫ってきたことが原因なんだぜぇ? おぼえてねぇ?」

 

 エリーはう~んとうなりながら首をひねる。

 

 「……そういえばそうだったかも。記憶がぼんやりしててよく覚えてない」

 

 「そうかぁ……まぁいい。とにかく感謝してるんだぜってことだ。ご主人様も感謝してると思うぜぇ?」

 

 「うん。どういたしまして」

 

 エリーは屈託のない笑顔でギドにこたえる。その様子を見て、ギドは不安になる。

 

 「エリー、吾輩たちはもうエリーに一緒にいさせる理由はねぇ。この後一緒にいることもねぇ。エリーはこの後どうするんだぁ? 帰る家とか向かう場所とかあるのか?」

 

 ギドはエリーの今後を問う。もしかして何にも予定を立ててないのではないかと思ったからだ。

 

 エリーは難しい顔をして少し考える。

 

 「……帰る家……ピュラの町の冒険者だったから、たぶんピュラの町に家があるよ」

 

 ”たぶんかよ”とギドは思った。

 

 「エリーは人間として生きてきたんだろ? 人間の冒険者として」

 

 「んと、たぶんそう。ハーフヴァンパイアだってバレたら殺されちゃうだろうし」

 

 「ならよ、これからも人間のふりしていかなきゃいけないんじゃねぇか?」

 

 「うん。人間のふりして町で生きていくのが一番現実的だと思う」

 

 ギドはエリーの今後について、何かいい案を出してやれないかと考え始めた。

 

 危惧すべきは、すでに王都で暴れたアランという少年の正体がエリーであるとバレている、あるいは今後バレてしまうこと。そしてなにより、エリーがハーフヴァンパイアだとバレてしまうことだろう。

 

 「エリー、家に帰りたいか?」

 

 「ううん、別に? なんで?」

 

 ”きっと家に帰りたいし帰るつもりなんだろうな”と思いながら聞いたが、エリーの返答は拍子抜けするようなものだった。

 

 「いや、ピュラの町って王都に近いだろぉ? 王都で暴れたアランがエリーだってバレやすいかもしれないから、家には帰らないほうがいいと思うぞぉ」

 

 「言われてみればそうだね。まぁ家の場所とか覚えてないから帰るに帰れないんだけどね!」

 

 「お、おう。で、王都の西側にある交流特区に向かったらどうかと思ってよ」

 

 交流特区とは、王都の西側にある町4つ分ほどの大きさの町であり、人間の国の中で唯一亜人が住むことができる特別な区画である。人間の立ち入りは自由。

 

 「交流特区? なんで?」

 

 「ほかの町より王家の力が及びにくいってのと、王都から見て吾輩たちがいるのは東側だろ? 西側に行けば疑われにくくなると思ってよ」

 

 「なるほど、じゃあそこに行こっかな」

 

 その時洞窟の奥から、ギドを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 「ご主人様が呼んでるからいって来るぜぇ、エリーはここにいろよ」

 

 「は~い」

 

 洞窟の奥では、ペンタグラムを床に描き終えたホグダがいた。

 

 「それがギルバート様を開放する陣かぁ?」

 

 「そうよ。エリーを見送ったらギルバートを開放するわ。それを持って行って」

 

 ホグダは机の上に置かれた血の入った3本のビンを指さし、洞窟の出口に歩いていく。

 

 「エリーへの餞別か?」

 

 「そうよ」

 

 ギドはビンを抱えてホグダの後ろをついていく。

 

 洞窟の出口では、ぼんやりと空を眺めるエリーが座っていた。

 

 「エリー」

 

 ホグダが声をかけると、エリーはこちらを振り向く。

 

 「手伝ってくれてありがとう」

 

 ホグダはエリーを抱きしめ、感謝を伝える。

 

 「最初にひどいことして悪かったわね。エリーがいなかったら、ギルバートはまだ取り返せてなかったかもしれないわ」

 

 「どういたしまして」

 

 エリーもホグダを抱きしめる。しばらくそうしていた後、ギドがエリーに血の入った3本のビンを渡す。

 

 「ご主人様からエリーに餞別だ。劣化防止のビンだから、中身は何日でも持つぜぇ」

 

 「ありがと」

 

 エリーはそれを受け取ると、大事そうに雑嚢にしまい込む。

 

 「とりあえずカッセルの町に向かって、そこから馬車で交流特区に向かえ。金はあるかぁ?」

 

 「あるよ」

 

 変装をやめて冒険者の恰好になったエリーは、ホグダとギドに向き直る。

 

 「それじゃ私は行くね」

 

 「ちゃんと定期的に血を飲むのよ」

 

 「ハーフヴァンパイアだってバレないようにしろよ」

 

 「うん、わかってる。それじゃあ、バイバイ」

 

 エリーは軽く手を振ると、洞窟に背を向けて山を下り始める。エリーの姿が見えなくなるまでホグダとギドは見送っていた。

 

 エリーの姿が見えなくなると、ホグダとギドは洞窟の奥にもどり、ペンタグラムの上に横たわるギルバートのそばに向かう。

 

 「これで、やっと眠れるな」

 

 ギドはこれまでで一番優しい声色でホグダに話しかける。

 

 「ギド、あんたがいてくれて本当に良かったわ。助けてくれてありがとう。あんたは最高の従僕よ」

 

 ホグダはギルバートの隣に座り、ギドに感謝を伝える。

 

 「っへへへ、やっと褒めてくれたぜぇ」

 

 嬉しそうな声を出しつつ、照れてホグダから顔をそらしてしまう。ギドにもし表情があったなら、ものすごくうれしそうな顔になっていることだろう。

 

 「ギドはこのあとどうしたい?」

 

 「あん? 吾輩はまた封印されるんだろ? とくにねぇよ」

 

 ギドは顔をそむけたまま答える。

 

 「言うだけ言ってみなさいよ。アンデッドなんだから未練の一つや二つあるでしょう?」

 

 「そうだなぁ……やっぱ吾輩海賊だしよ、海にでてぇなぁ。復活してからはずっと山にいたし」

 

 ”冒険者に山賊呼ばわりされたしな”とはギドは口には出さなかった。言ったらからかわれそうだと思ったからだ。

 

 「そう……じゃあ、そうしなさいな」

 

 「いやいや、ご主人様は吾輩を封印……」

 

 クルリとホグダの方を振り返ったギドは

 

 「……おいおい、封印しねぇならそういえよ……」

 

 二度と目覚めない眠りについた主と主の恋人を見た。

 

 「ギルバート様も、ちゃんと死んでるな。不老なうえに致命傷負ってもすぐ回復するほぼ不死身みたいな人だったのによ」

 

 ギドはギルバートの死を確認しながら、いつものようにしゃべる。

 

 「ご主人様は防腐処理されてるけど、ギルバート様は普通に腐るよな。火葬より土葬の方がいいだろ?」

 

 ギルバートとホグダを抱え上げながら、ギドは問う。

 

 「土葬なら二人っしょに眠れるからな。洞窟の近くには墓作ってやるから、ちょっと待っててくれぇ」

 

 洞窟の出口に向かいながら、ギドは最後にささやくように

 

 「おやすみ、ご主人様」

 

 そう言った。

 

 

これにて第二章終了です。

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