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研究員は俯瞰する

 その日の夕方、王都上空で浮遊している飛行船の中で、ヘレーネは王都を見下ろしていた。

 

 「あ、やっとお薬の効果が表れたようですわね、何人かの人がゾンビになって暴れ始めましたわ」

 

 「そのようでございますね」

 

 ソファーに座り、適当な返事をする小柄な女の名はスージーという。ストリゴイの研究員である。そして彼女はヘレーネのことがとても嫌いでもある。

 

 「続々とゾンビが増えていますね。ゾンビがたくさん現れたことに気づくのに、どのくらいかかるのでしょうか?」

 

 うれしそうな声で話すヘレーネに、スージーは適当に相槌をうつ。

 

 「そうでございますね」

 

 自分と話し方が似ていることが気に入らないスージーは、”ございます”というヘレーネがあまり使わないだろうしゃべり方で返事をする。

 

 「面白いですわよ? ほらスージーさんも見てくださいな」

 

 「いえ、結構です」

 

 ―なんで私があなたの言うこと聞かないといけないんですか? いやです。

 

 スージーは即答で断る。するとヘレーネが振り返り、申し訳なさそうに言う。

 

 「……そうですわね。(わたくし)としたことが、気遣いができていませんでしたわ。スージーさんを不機嫌にしてしまいました」

 

 ―確かに不機嫌なのはあなたのせいですけど、今気づいたのですか。


 するとヘレーネが目の前に突然現れた。

 

 「うぇ?! な、なんですか?!」

 

 体をビクッとさせつつヘレーネの顔を見上げる。ソファーに座っているとはいえ、かなり角度をつけて見上げないと顔が見えない。

 

 ―用があるなら普通に歩きて来てくださいよ! なんでわざわざそんなスピードで来るんですか!

 

 「身長が足りなくて、窓から見下ろせないんですよね? 大丈夫ですわ。私が見えるようにしてあげます」 

  

 ―違う! いや身長が足りないのはそのとおりですけど、見られないから拗ねてるんじゃないです! あなたと同じ景色を見たくないんです!

 

 ヘレーネはニコニコしながらスージーを抱き上げ、窓の方に歩いて戻る。

 

 「や、やめてください! 私は立派な大人なんです! 抱き上げないでください!」

 

 ―触らないでください! 抱き上げないで! この人なんでこんなに力あるんですか! なんでいちいち私をイラつかせるんですか!

 

 子供のように抱き上げられる羞恥とヘレーネとの身長差を見せつけられているような屈辱で、ジタバタと暴れてみる。が、ヘレーネは全く気にせずニコニコと歩き続ける。

 

 ちなみにスージーは成人している。体格が子供並みなのは、ひとえにドワーフという種族の特徴であった。

 

 窓際までやってくると、王都を見下ろしながらヘレーネが話しかけてくる。

 

 「ほら、見えますか~? あの川が一番遠い地区の井戸にお薬を入れてきたそうですよ。もうあのあたりの人はみんなゾンビになってますね」

 

 「そうですね」

 

 何の抑揚もない棒読みで返事をするスージー。嫌いなヘレーネに抱き上げられ、すぐ近くで話しかけられるこの状況は、スージーに大きなストレスを与えていた。窓越しに王都を見下ろす彼女の瞳は、死んでいる。

 

 サイバやタザと違い、自身は戦闘力を持たないスージーは、ヴァンパイアであるヘレーネに強くものを言うことができなかった。怒らせたら死ぬことになる、そう思っていたからだ。

 

 「あら? ようやく王都の北西で異変が起きたことに気づいたようですわね」

 

 「そうでございますね」

 

 「あらあらどんどん人が噛まれてますわね」

 

 「そうですね」

 

 ―もういいです。この人に何をやっても意味がないのはもう知ってます。

 

 スージーはヘレーネに出会った瞬間から彼女が気に入らなかった。協力者として一緒に行動することになり、それ以降いろいろとヘレーネにきつく当たってみたりしていたが、ヘレーネは一切気にしたことがなかった。

 

 「あらあら、王城や神殿から神官さんがたくさん出てきましたわ。ゾンビみたいなものですけど、アンデッドではないので浄化は効きませんよ」

 

 「たいへんでございますね」

 

 「スージーさん見えますか? あの白い服の人が高位神官です。普通の神官さんよりちょっといい服着てますから、わかるでしょう?」

 

 「わかりますわかります」

 

 ―いやわかりませんけど? 私ドワーフなんですよ、ヴァンパイアの視力と同じレベルで見えるわけないじゃないですか。

 

 「あ、広範囲浄化を使ってますね。あの白い霧みたいなのをまき散らしてるやつなんですけど、まったく効いてませんね」

 

 ―だから見えないですよ。どれだけ離れてると思ってるんですか。

 

 「あ、囲まれて噛みつかれてますわ。浄化に夢中で回りをよく見てなかったんですね」

 

 「そうですね」

 

 スージーは先ほどからちらちらと視界に入るヘレーネの髪を見ていた。艶のある赤紫の髪と自分のレンガ色の髪を見て、またイライラとしてくる。

 

 ―なんで髪色まで似てるんですかね。しゃべり方、髪色、あと研究者であることとか、とにかく私に似てるところが気に入りません!


 「北門と王城、あとは神殿の方に避難してますね。神殿はともかく、北門に設置されている臨時駐屯地は攻め落とすことができないでしょうね」

 

 「そろそろ下ろしてください」

 

 「いえ、せっかくなのでこのままで」

 

 ―何がせっかくなのかわからないです。

 

 「あ」

 

 「どうしたんですか? 間抜けな声を出して」

 

 「東から海賊船が来てます。サイバさんが言ってた話は本当だったんですね」

 

 ―あ、本当に船が地上走ってますね。

 

 「あのまま行くと東門にぶつかりますわね」

 

 ―派手に門をぶち破ってますね。街道にいたゾンビがグチャグチャに……

 

 「海賊船が突っ込んでくるのは、たぶんサイバさんの想定外ですわよね? お教えしたほうがいいでしょうか?」

 

 「必要ございませんわ」

 

 ―たぶんサイバも王都の様子は見てるでしょうし……

 

 「ほら、ちょうど今飛び降りましたよ。計画を邪魔されて、ガラにもなく怒ってるんでしょう」

 

 「こんな高さからよく飛び降りられますわね」

 

 ―何を言ってるんでしょうか、ヴァンパイアのあなたなら余裕でしょうに。

 

 「しかしまぁ、あなたのお薬も大したことないようですね。数が多くても木偶の坊では、城一つ落とせないようですし?」

 

 スージーはニヤニヤしながらヘレーネを煽る。

 

 「まぁ、ゾンビもどきですからね。むしろあのような出来損ないのお薬でも、かなりの被害を出せたのですから上々でしょう」

 

 しかしヘレーネは気にした様子はない。

 

 ―まぁあの薬は副産物とか言ってましたしね。本命のお薬ではないから失敗しても構わないのでしょう。

 

 「それよりほら、サイバさん戦い始めましたよ。サイバさん結構強かったと思うのですが、苦戦してますわね」

 

 ―うわ、本当ですね。サイバが防戦一方ってマジですか。

 

 「ねぇ協力者さん? サイバとあなたが戦ったら、どっちが勝ちますか?」

 

 スージーの問いに、ヘレーネは少し考えてから答える。

 

 「そうですわね……私がお薬を使って戦うならいい勝負ができると思いますが、お薬なしだと厳しいかもしれません。身体能力なら私の方が上ですが、技術や感といったものが私にはありません。サイバさんは観察力が高いですから、すぐに私の攻撃は見切られてしまうでしょう」

  

 ―つまり今サイバと戦ってる人は、薬ありのヘレーネといい勝負ができるかもしれないってことでしょうか? うわぁ化け物。

 

 「そんなことより、あれはすこし不味くないですか? たぶん致命傷もらってますわよ?」

 

 ―いや指さされても見えないから……ってそんなこと言ってる場合じゃないですね。

 

 「タザ! タザー! サイバが死にそうです! 回収してください!」

 

 スージーが隣の部屋にいる戦闘員に声をかけると、タザはすぐに出てくる。

 

 「サイバは……どこだ?」

 

 「王城のすぐ近く、北東側です」

 

 タザは素早く飛行船から飛び降りると、サイバを回収してすぐに戻って来た。

 

 「胸を突かれていた……肺に……穴が開いて……」

 

 ―むしろ良く生きてますね。

 

 「ヘレーネが……治療してる……大丈夫らしい」

 

 「そうですか。戦っていた相手は何者なんですか?」

 

 「ハーフヴァンパイアだ……アラン……というらしい」

 

 ―ハーフヴァンパイアのアラン……注意した方がいいかもしれませんわね……

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