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工作員は苦戦する

工作員はサイバのことです。

 サイバはその日の早朝、王都北西のある地区の井戸4つに、人を生きたままゾンビに変える薬を仕込んだ。そこは地価が安いため、王都においてもっとも人口密度の高い地区であった。生活用水や飲み水として毒に触れ、経口摂取をしたその地区の民は、じわじわとゾンビへと変わり始めていた。

 

 サイバは毒を仕込んだ後、一度王都上空に浮かぶ透明になった飛行船に戻り、薬が効果を発揮するまで、サイバは仲間やヘレーネと過ごしていた。

 

 「うまく……いくと、おもう……か?」

 

 筋骨隆々な男、タザは、この計画の成功率に疑問を持っていた。王都に大量のゾンビを発生させて占拠し、真祖復活後の建国の役に立てるという目的であったが、これはヘレーネの薬の効果を知ったサイバの思い付きでしかなかった。

 

 「別にうまくいかなくても構わない。そもそも当初の計画にはなかったことだ」

 

 だから思い通りにいかなくてもいい、サイバはそう思っていた。

 

 東門から現れた海賊船が、ゾンビたちを大量に破壊しながら王城に接近するまでは、そう思っていた。

 

 予想外の横やりと想定外の邪魔者の出現は、サイバの機嫌を悪くした。

 

 ゾンビを生み出してあとは俯瞰しているだけのつもりだったが、サイバは現れた海賊船に向かって飛び降りた。想定外のやり方で自分の計画を邪魔したそれを、許容できなかったからだ。

 

 

 

 

 そして今、ヴァンパイアにしか見えない少年に顔面を殴り飛ばされたサイバは、完全に困惑していた。

 

 つい先ほどまで自分が立っていた船の上から赤い瞳でこちらを見降ろしている少年を見上げながら、サイバは思考を巡らせ始めた。

 

 ―間違いなくこいつはヴァンパイアだ。だがなぜそれを否定した? どうやって距離を詰めた? 10メートル以上離れていたし、こっちは船の上であいつは街道に立っていたはずだ。

 

 ふらふらと立ち上がり、答えの出ない問いを頭の中で繰り返した。

 

 「次からは、もっと強く殴るからね」

 

 自分を見下ろし特殊な拳の構えする少年を見上げ、サイバは一旦頭の中を整理した。

 

 ―やたら声が高いな、女か? いやそんなことはどうでもいい。あいつは距離を一瞬で詰めることができて、基本攻撃は素手の殴打だ。指が黒いし指先が尖っているな。まともに喰らったらやばそうだ。

 

 そこまで考えたとき、またしても一瞬で目の前に少年が現れた。

 

 ―速い! が、ぎりぎり目で追える。瞬間移動しているんじゃない、こいつはとにかく素早いんだ。

 

 前に出ている右足を踏み込み、剣の刺突のような動きの素早い突きがサイバに迫る。

 

 サイバは向かって右に体をそらしギリギリで躱す。

 

 ―拳の握り方が普通じゃ


 引き戻される右こぶしを観察し考察していたサイバは、自身の首めがけて突き出される左手にとっさに反応した。

  

 観察も考察も即座に中断し、全力で回避に専念する。自身に迫る貫手の一閃には、サイバにそうさせるだけの鋭さがあった。

 

 異様に鋭く尖った指先がわずかに首をかすめる。間一髪上体をそらして首を貫かれることを回避したサイバは、一度体制を立て直すべく距離をとる。

 

 ―やばかった! あの指先は鋭いだけじゃなく硬い、槍か剣の切っ先だと考えろ。接近戦は不利だ。距離をとって北に向かう。

 

 浅く切られた喉元を撫でながら、サイバは王城の周りを北に向けて走り出した。

 

 ―北側ならまだゾンビどもが多くいるはずだ。僕も襲われるだろうが奴もゾンビどもを無視できまい。

 

 そこまで考えたところで、背後から”ドゴォ”という音が聞こえ、危険を感じたサイバは即座に右に転がる。

 

 直後、背後から大砲のような跳び蹴りがサイバの左を通り過ぎ、少し先の石畳をえぐりながら止まった。

 

 ―このバカげた膂力とスピード……どう考えてもヴァンパイアのそれだぞ。こいつはまずい。1対1でこいつに勝てる気がしない。僕の手に余る。

 

 真っ赤な瞳をまっすぐこちらに向ける少年を見て、サイバは撤退を考え始めていた。

 

 サイバはまた目の前まで距離を詰める少年の攻撃をギリギリで捌きながら、現状の打破と撤退の方法を考察し始めた。

 

 右手の特殊な握り方の拳を避け左手の鋭い刺突を受け流し、打撲痕と切り傷にまみれながらも、致命傷だけは回避し続けた。

 

 

 

 サイバの内心をよそに、エリーも焦り始めていた。ギドに教わった通りの戦闘で優位に立つことができたものの、決め手に欠けていると感じたせいだ。

 

 ―たぶんこの人より今の私は強い。けど、最初の一発以外は全部躱されてる。

 

 ギドはエリーに、全力で距離を詰めてから豹拳の追い突きをし、躱されたら左の貫手で追撃しろと教示していた。エリーはそれを愚直に繰り返す。

 

 ―貫手がうまく当たれば一撃で倒せるらしいけど、この人はそれをさせてくれないね。

 

 このまま行けば自分が勝つことはなんとなくわかる。が、その前にヴァンパイアレイジの効果が切れることもわかっていた。今のペースだと残り1分足らずでヴァンパイアレイジは効果切れになる。それまでに貫手を急所に打ち込む方法を探すか、最後の血のビンを使うか、エリーは迷っていた。

 

 

 

 


 ―このままではらちが明かないな。

 

 サイバは少年と一旦距離を取り、話しかける。

 

 「ヴァンパイアではないと言ったな。では何者だ?」

 

 先ほど”ヴァンパイアじゃない”と叫びながら殴ってきたことを思い出し、そこをあえて突いた質問をする。

 

 ―どう見てもヴァンパイアだが、本人はそれを否定したがっている。それに王都を守りたがる理由も謎だ。 

 

 「ハーブヴァンパイアだよ。ヴァンパイアじゃない」

 

 少年はそう答えた。

 

 ―なるほど、そうかハーフヴァンパイアか。ということはヴァンパイアレイジを使い続けていたわけだな。ならばそろそろ……

 

 「なぜ王都を守る?」

 

 「守るつもりなんてない。邪魔されたから反撃してるの」

 

 少年の背後に目を向けると、壊したはずの海賊船が修復されているのが見えた。ゾンビがちらほらと現れているが、どこから現れたのかわからないスケルトンが応戦している。

 

 「なんで邪魔するの?」

 

 怒気を含んだ静かな声で少年が問うてきた。

 

 ―どうやら人間の味方をしようというのではなく、何か目的があってこいつらも王都にやってきていたというわけか。

 

 「真祖復活後のために、王都を奪っておこうと思ったのでな」

 

 「意味わかんないよ」

 

 ―まぁそうだろうな。

 

 「ヴァンパイアの祖であり不老不死の王、真祖を復活させることが僕たちの目的だ。復活した後この国を真祖に支配してもらう。ハーフヴァンパイアのお前にとってもいい話だろう? 真祖が支配すれば、ヴァンパイアもハーフヴァンパイアもこれまでよりずっと生きやすくなるはずだ」

 

 そこまで話したところで、少年の瞳が赤からダークブラウンに変化したことにサイバは気づいた。

 

 ―やはり、そろそろヴァンパイアレイジの効果時間が切れるころだと思っていた。仕掛けるなら今だ!


 サイバは魔法適正:衝撃波というスキルを持っている。これは衝撃波を生み出す魔法を使うための必須スキルであった。

 

 両足のかかとをあげ前傾姿勢をとる。かかとと地面の間に強烈な衝撃波を発生させ、少年に向けて一気に飛び出した。

 

 ―ヴァンパイアレイジが使えなければ、ハーフヴァンパイアは人間より少し強い程度の力しかない。この隙に倒させてもらう。

 

 右手のひらに魔力を集め、強力な衝撃波を発生させる準備を整える。

 

 サイバは少年との距離が後2メートルを切った瞬間、少年の目が赤く染まったのを見た。

 

 ”しまった”そうサイバは思ったがもう遅かった。エリーはヴァンパイアレイジの効果が切れる前に、自分で効果を切っていた。そして相手が攻めてくる時を待って、カウンターを狙っていたのだ。

 

 サイバはそれに気づいたが、もう止まることも回避することもできない。

 

 エリーはヴァンパイアレイジを再び使い、懐に潜り込み、指尖硬化した貫手をサイバの左胸に打ち込む。

 

 それと同時に、エリーの背後で強烈な衝撃波が炸裂した。

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