エピローグ
はい。
眠ると夢を見る。
夢を見ない夜もあるし、起きたら忘れてしまう夢もある。
だけどたまに、夢の内容を覚えてることがある。
今朝は覚えてた。
私はその夢の中で、確かな人間だった。
確かめたわけじゃないけど、夢の中の私は、自分が人間なんだっていう確信があって、疑ってなかった。
周りに人が居た。
マーシャさんも、ゼルマさんも、サマラさんも、コルワさんも、マスターも、モンドさんも、ポルコさんも、グエン侯爵も。
出会った人、皆居たような気がする。
ヴァンパイアも居た。
ジャイコブも、チェルシーも、ギンも、アドニスも、クゼンさんも、ローザさんも、フィオ君とフィアちゃんも、キャメルさんも。
ご主人様も、ギドも。
シュナイゼルさんも居た。
家を出て、小人の木槌亭に行って、ルイアに行って、グイドに行って。
夢の中で国中回って、知り合った人みんなに会ってまわった。
ヘレーネさんも、居た。
そこで夢が終わった。
起きたらもうお昼前だった。
マーシャさんは先に置きだしていて、朝ご飯を作って、そのまま仕事に行ったみたいだ。
「お、寝坊助が起きたみたいだなぁ」
ふいに視界に骸骨が飛び込んで来て、私の大好きなギドの声が聞こえる。
普通の人が見たらギョッとして気絶するんじゃないかと思うけど、私にとっては幸せな目覚め。
最近はよく眠る私を守ってくれてるからか、もう頭蓋骨を見ると心の底から安心してしまうようになってるよ。
「おはよ、ギド」
「おはようだぁ? もう昼だぜぇ? 一体どんな夢見たらそんなに寝坊できるんだぁ?」
「……幸せな夢、かな」
私は寝起きの頭でちょっと考えて、そう答えた。
私が人間で、知り合いみんなが、それぞれの場所で普通に暮らす。
それがきっと、一番の幸せなんだと思う。
その幸せの中にヘレーネさんが混じっていることが、自分でも不思議だけど。
「ふぅん? 今日はどうすんだ? もう昼だが、小人の木槌亭行くか?」
「ううん。それより、ちょっとギドに相談したいことがあるの。大事な話」
不思議?
ヘレーネさんが幸せな夢の中に居ることがおかしい?
全然不思議じゃないじゃん。
むしろ居ないとおかしいし、困るまである。
ヘレーネさんは、今夢見た幸せの中でも必要不可欠だ。
間違いなく。
「お、なんだ? なんでも言ってみな」
表情の無いギドが感情を表現する方法は、動きと声色くらいしかない。
でも、その声色と、静かに私に話しを促す姿勢が、どうしようもなく優しいと思う。
「ギド、愛してる」
「はいはい。んで? 寝起き一発目から大事な話って、いったいどんな寝言なんだぁ?」
「寝言で、戯言で、ファンタジーな感じの話」
「そりゃ興味深い」
「私がヘレーネさんと仲良くなって、人間になる話」
「……おう。興味出てきたわ」
途端に真剣な声になるギド。
私も寝起きの頭が冷えて、冷静になる。
「人間でも魔物でもない化け物になった私は、真祖でも人間やヴァンパイアに変えることは出来ない。真祖でも無理ならどうしようもないって、私も思ってた」
「そうだなぁ」
「でも、ヘレーネさんなら出来るんじゃないかな。私をこうしたのはヘレーネさんなんだから、戻すことも出来る。というか、今の私が人間にすることが出来るとしたら、それはもうヘレーネさんしかいないよね」
「都合のいい話だな。不可逆の変質かもしれねぇ。死んだ人間は生き返らねぇ。生から死への変化は、あらゆる死霊術をもってしても覆せない。エリーの体も同じように、もう人間に戻れる保証はどこにもない。期待は持てねぇぞ?」
「うん。でも、可能性があるとしたら、ヘレーネさんだと思う」
「……だな。前向きに考えるとして、エリーが人間に戻ることが出来ると前提して、戻る方法として一番可能性があるのはヘレーネだ。それに関しちゃ異論はないぜ?」
「うん。だから、もう一度ヘレーネさんに会って、魅了を使う」
「……あ」
「ね?」
「おう。そりゃ試す価値あると思うぜぇ。つぅかいいことづくめだぁ。ヘレーネの行動を操れるようになれば、絶対便利だ。むしろ便利に使うべきだな!」
ヘレーネさんに魅了をかけて下僕に出来れば、まず私を人間に戻すように要求する。
もし無理なら、とりあえず人間をたくさん攫って変な薬を作るのを止めてもらう。
ヴァンパイアに魅了を掛けられることは証明済み。
試す理由はあるけど、試さない理由なんて無いね。
なんで今まで思いつかなかったのかな。
ヘレーネさんに会ったら逃げるか、殺してしまおうとばかり思ってた。
キャメルさんには殺すって宣言までした。
だけど、視野が狭かった。
夢に見て、ようやく気付けた。
まだ諦めるには早いみたいだ。
「で、どうするつもりだ?」
「キャメルさんに協力してもらうよ。ヘレーネさんの居場所を見つけるところから始める」
「じゃなくて、マーシャの方だ。どうせまた何日も出かけることになるだろ? どうやって説得するかが先だぁ」
「うぇえ?! そっち?」
「そりゃそうだろ。今のエリーの一番の強敵はマーシャだぁ」
た、確かにそうかも。
ギドが居ない夜は必ず襲われる。
拒絶すると世界の終りのような目をされて、最終的にはいつも許してしまう。
結局私が貞操を守り抜けたのは、あの1夜だけだったな……
「マーシャのエリーへの依存度、今やべぇぞ?」
「そう……だね。いろんな人に依存ばっかりしてきた私が、いつの間にか依存されてるよ」
「そんなもんだろ。みんな誰かに依存しねぇと生きてけねぇのな」
依存しないと生きていけないのは、人もヴァンパイアも同じなのかな。
ギドも誰かに依存してるのかな。
それともギドは死人で生きてるわけじゃないから例外?
……考えても仕方ない、ね。
「ギド。いい方法無い?」
「出かける直前と直後にヤりまくる」
「それ史上最悪最低の解決策だよ?!」
「吾輩、考えるの飽きた。エリーもそろそろ吾輩に頼らなくても大丈夫になって来ただろ?」
「そんなことないよ。ギドが居ないと私、死んじゃう」
「死んだらエリーもスケルトンにしてやるよ」
「あ、あはは。それ喜んでいいの?」
「おう。少なくとも魔物になれるぜ!」
「出来れば人間がいいよ……」
私はもしかしたら、今のままでもいいのかもしれない。
ゼルマさんに血を吸わせてもらって、人間に出来るだけ近い状態で、ギドと一緒に冒険者やって、マーシャさんと一緒に暮らす。
それも楽しい。
幸せ。
だけど、人間になりたいって言う気持ちは、16歳から今日までの私の根本にあった願い。
だから、叶えたい。
私はやっとベッドから起き出して、いつもの服に着替えて、剣をベルトに付けて、雑嚢を背負う。
今日も出かける。
今日から、また始める。
「私、人間になるために出かけて来る。出来ることから始めるよ」
「おう、まず何から始めるつもりだ?」
「キャメルさんに会って、ヘレーネさんについて知っていることを詳しく聞いてみる。だからまず小人の木槌亭に行くよ。キャメルさんと連絡が取れる場所、小人の木槌亭しかないからね」
「キャメルの方から連絡が来るのが小人の木槌亭って話だろ? こっちからは連絡のしようがなくないか?」
「あ……な、なんとかなるよ、きっと。キャメルさんから手紙が来てるかもしれないし」
「ふぅん? ま、いいけどよ」
ギドはポケットから黒いハンカチを取り出して、顔を覆うように巻き付ける。
「ついて来てくれる? 一緒に、来てくれる?」
「ああ? わざわざ聞かれなくても行くつもりだけど?」
「ギド、世界で一番愛してる」
「それマーシャの前で絶対言うなよ!? 絶対だぞ!?」
「わかってるよ」
私はギドに笑いかけて、ギドは肩をすくめて、2人一緒に玄関に向かう。
私は玄関扉を開けて、一歩外に出た。
「いってきま~す」
いつも通り家を出る。
目的地もいつも通り小人の木槌亭というお店。
だけど今日からは、今までよりも大きな希望を持って、目標に向かって進めそう。
……人間になるために。
ご愛読、ありがとうございました。
完結です。
エリーの冒険は今後も続くようですが、その後どうなったのかとか、結局人間になれたのかとかは、皆さんのご想像にお任せしたいと思います。
書いていた思ったことや、書き終わって思ったこと、色々とありますので、それはあとがきにて。




