裏切りのギドとステップ4
体を洗って、着替えて、ジャイコブとギンに部屋を汚したことを謝る。
「ごめんね。ジャイコブ、ギン。その、漏らすなんて」
くぅ……恥ずかしい。
18歳で漏らしたというか漏らさせられたことも、そのことを謝るのも、ものすごく恥ずかしい。
「ありゃチェルシーが悪ぃべ。気にすんでねぇ」
「俺も同感。また来てくれ。俺らはどうせ暇してる」
2人がいつにも増して優しく接してくれるのが、逆にちょっと辛いまである。
最後に、チェルシー。
さっきから黙ってるけど、でも見送ってくれるつもりはあるのか、ジャイコブやギンと一緒に、私とギドが帰るのを待ってる。
「チェルシーも、またね」
「あなたのズボンと下着はまだ乾いていないので、次に来た時に渡します」
「あ、うん」
「あとあなたが体を洗い終わるまで時間があったので、目に付いた騎士団員共にあなたが粗相をしたことを言いふらしておきました」
「……え?」
え?
え?
頭が一瞬真っ白になって
それから、意識もしていないのに、勝手に想像が膨らんでいく。
次に兵舎を訪れた時、騎士団の人が出迎えてくれたり廊下ですれ違って挨拶すると、”あ、こいつそう言えば前に来た時にションベン漏らしてたな”なんて思われる。
噂になる。
後ろ指差される。
そんな想像。
「何てことするの!? なんで! あ、あ、もう来れないよ! 二度とここに来られないよぉ!」
「嘘です」
「ええ!? あ、嘘? あ、う、うん」
チェルシーは大声を上げて大慌てな私を見るのが面白かったらしい。
「では、また」
「あ……うん」
ほんの少し楽しそうに笑って、手を振ってくれた。
「はぁ~、疲れた」
ピュラの町行きの馬車に乗った私は、馬車の中で横になる。
「疲れただろうなぁ。朝っぱらからゼルマにからかわれて、兵舎に行ったらチェルシーに小便漏らさせられて、風呂に入って……」
「言わないでよ。特に後半」
「へいへい」
全身黒づくめのギドは、馬車に乗る時滅茶苦茶怪しまれた。
私が冒険者で、この人は依頼人です。
肌の病気に罹っていて、治せる医者のところまで連れて行くんです。
人に見せられる状態じゃないので、出来れば顔の布は取らないであげてください。
と言ってごり押して、なんとか乗せてもらえた。
これも疲れた。
でももうすぐ帰れる。
「エリー。帰ったら今度はマーシャの相手だぁ。強引に出立して数日帰らなかったから、マーシャが何言い出して何をやり出すかわからねぇぞ?」
そうだった。
きっとマーシャさんは暴走する。
どこで何をしてどんな人と会ってどんなことがあったのか根掘り葉掘り聞かれる。
それに今回の報酬はけた違いに多かった。
1ヶ月くらい働かずに、また前のように一日中ずっと一緒、みたいな要求もありそう。
「えぇ……どうしたらいい?」
「吾輩に任せておけぇ。マーシャのペースに飲まれなければいいだけだからな。吾輩のいうとおりにすれば大丈夫だぁ」
私の大事なギドのなんて頼もしいことだろう。
私に降りかかる困難の解決策、全部知ってるんじゃないかな。
「なんて頼もしいのギド。流石ギド。最高の骸骨。イケメン。天才。どうしたらいいのか教えて?」
「おう。まずは……」
日の沈みかけたピュラの町。
エリーはギドの隣を、険しい顔で歩いて帰路を辿る。
強い不安をうかがわせる表情のまま、決心がつかぬまま、エリーはマーシャの待つ自宅の前へと着いた。
”ごくり”と生唾を飲み込み、玄関扉の前に立つ。
ギュウっと握った拳を緩め、ドアノブに向かって、ゆっくりと近づけていく。
ハッとして振り返る。
このドアノブを掴めなかった、春の日を思い出した。
振り返ったエリーの目に映るのは、橙色の空と、赤い雲と、影を大きく伸ばす建物。
真っ黒の服を逆光でさらに暗くするギド。
そこには赤紫の空も、真っ赤な2つの太陽も無い。
「どうかしたかぁ? そんなに不安なら、止めとくかぁ?」
ほんの小さな声ギドの声は、エリーの心を安心で包み込む。
沁み込んで、緊張も、フラッシュバックした恐怖も、紅茶に落とした角砂糖のように溶かしてしまう。
「ううん、大丈夫」
エリーが自然に笑ってそう答えた頃には、もうエリーの中に不安は無い。
エリーの右手がドアノブに触れ
掴み
そして……
ギド式、マーシャさんを上手に操縦する方法。
ステップ1。
いきなり現れつつおバカなことを言って、私とギドのペースに巻き込む。
”バーン”と玄関扉を勢いよく開けて、私は大きく息を吸い込む。
「ただいマーシャさんっ!」
このダジャレ絶対つまんないよ、ギド。
なんで言わせるの。
恥ずかしいよ。
「うわあ! び……びっくりしました。おかえ……おかエリーなさい! 帰りが遅いですエリー!」
マーシャさんは私の突然の帰宅と奇行に驚きつつも、驚くべきことに私とギドのノリについてきた。
手ごわい。
というか手ごわくなってる?
ステップ2。
いきなり駆け寄って寂しかったと泣きつく。
箒を持ったままスタスタとこっちに向かってくるマーシャさんに、私も荷物を抱えたまま走り寄る。
「マーシャさん!」
そして思い切り抱き着く。
身長差の関係で、私の顔は谷間に埋もれた。
「エリー! 寂し」
「寂しかった! 何日もマーシャさんに会えないの、寂しかった!」
「エリー……私も寂しかったんです。でも寂しかった分、会えた今がすごく嬉しいと感じてます」
”寂しかった”というセリフを先に言われそうになって、慌てて遮ってしまった。
でもいい感じ。
私のペースだ。
ステップ3。
マーシャさんの喜びそうな要求を、私の方からする。
マーシャさんの要求を飲むのではなく、私から提案することがポイントらしい。
「じゃあ、今夜、一緒のベッドで寝てもいい?」
「え!?」
ここでマーシャンに大きな動揺があった。
「い、いいの? エリーは私と同じベッドで寝るの、嫌がっていたような気がするんですが」
「一緒に寝たいの。ダメ?」
「ダメなものですか! いくらでも一緒に寝ます! あぁ、エリーの方から誘ってくれるなんて思っていませんでした! 絶対愉しませます! 忘れられない夜にします!」
食いついた。
ギドの考えた要求に、マーシャさんはいともたやすく食い付いた。
テンションが上がりまくったマーシャさんは、もうよくわからないことをまくしたてて喜んでる。
ギド、すごい。
ステップ4。
このテンションとノリを維持しつつ、無事に朝を迎える。
正直このステップ4だけはよくわからない。
テンションとノリを維持するって言うのはわかる。
マーシャさんのペースに飲まれたら、きっと前のように何日も、片時も離れず行動を共にするように言われたり、滅茶苦茶辛いご飯を無理やり口に押し込まれたりしかねない。
でも最後の”無事に朝を迎える”というのは、いまいちピンと来ない。
無事に朝を迎えるって、わざわざ言うほどのことかな。
もしかして何か危険があるの?
わからない。
ステップ4で作戦は終わってしまって、私がマーシャさんに抱き着いたまま次どうするか考えていると、マーシャさんが私を抱きしめたまま、囁くように言葉を紡ぐ。
今気が付いたけど、マーシャさんの鼻息が荒い。
「それでは、早速寝ますか?」
いやいやいや。
「まだ夕方だよ? 流石に早いと思う。あと体も洗ってないし。晩御飯も食べてないし」
「エリーから石鹸の匂いがします。体はもう洗って来たんでしょう?」
そういえばそうだった!
「晩御飯、作らないと」
私がそう食い下がると、マーシャさんはテーブルの上を指さした。
そこには今日買って来たと思われるパンが置かれてた。
「スープもお昼に作った余りがあります。私は体を洗ってきますから、エリーは夕食を済ませておいてください。その後すぐにシます」
”します”って、何を?
私がそう口にする前に、マーシャさんはタオルと寝間着をタンスから出して、お風呂に走り去ってしまった。
「……ねぇギド?」
「おう」
「何が起ころうとしてるの?」
「ナニだろ」
「?????」
わからないけど、何か胸騒ぎがするんだよね。
「エリー。吾輩はエリザベスと一緒に外出てるぜ。明け方……いや明日の昼頃まで帰らねぇ」
「え? なんで?」
「吾輩なりの気遣いってやつだぁ。あと、アレだ。先謝っとく。すまねぇ」
「え? え? なんで?」
ギドが何を言ってるのかよくわからない。
そしてギドは何も答えてくれないまま、エリザベスに散歩紐を付けて、今帰って来たばかりの玄関から外に行ってしまった。
あの、ほんとに何が起こるの?
ギドは助けてくれないの?
「えぇ……」
リビングに1人立ち尽くす私は、結局マーシャさんのいう通りパンを齧って、スープを飲んで、それから寝間着に着替えた。
朝目が覚めて、自分が裸で寝てることを認識する。
そして隣にはマーシャさん。
相変わらず小さな自分の胸元の、キスマーク。
昨日の夜何があったのか、嫌でも思い出す。
そう……
私はマーシャさんに、過度なスキンシップをされて……
スキンシップじゃ済まないことにエスカレートしていって……
必死に貞操を守り抜いたんだ。
ステップ4。
このテンションとノリを維持しつつ、無事に朝を迎える。
私は今、ようやく”無事に朝を迎える”を達成した。
あと、マーシャさんが私を”そういう”目で見てることがわかってしまった。
まぁ、嫌われるよりいいと思うことにする。
気付けば300部まで来てしまいました。
あと九章は次話で終了です。




