鬼畜のヴァンパイア=チェルシー
壁に手を突いて座って、後ろに立つチェルシーを見上げると、胸がドキドキしてしまう。
息が整わない理由は、さっきまで無理やり笑わされてたってだけじゃないっぽい。
ヤバい。
本気でヤバい。
押さえつけられながら無理やりくすぐられて強制的に笑わされるの、すっごいキた。
動けなくて、上から圧迫されて、笑いすぎて苦しくて、私がどんなに頑張っても逃げられない感じが、私の被虐趣味にすごく刺さる。
あと3分も続けられたら、”もっとして”とか言いかねない。
”やめて”って言えてたけど、もうちょっとで”やめないで”になりかけてた。
どうしよう。
次は何されるんだろう。
私を見下ろすチェルシーの目から、どうやっても目が離せない。
蛇に睨まれた蛙って、きっとこんな気持ち?
そう思うと、なぜかチェルシーの赤くて冷たい瞳に飲み込まれてしまいそうな気がしてきた。
「最後にもう1回やっておきましょう。あなたが負けるパターンはいくらでも思いつくのですが、チェルシーだったらどうやってあなたを負かすかを教えて差し上げます」
まだ続くの?
不味いよ。
止めないと……
「も、もういいよ。もう十分わかったから」
「へぇ? その割には声が嬉しそうです、ね!」
「ぅあっ」
視界の端でチェルシーのスカートが”ふわっ”とした。
チェルシーの足が私のわき腹を蹴った。
痛くはない。
でも衝撃は強い。
私の体重なんてヴァンパイアにとっては有って無いようなようなもので、ぐるりと体を半回転させられる。
つまり、壁を背にして座らされた。
頭や膝を壁にぶつけないように、でも強引に、体勢を変えさせられた。
そして私を蹴った足のつま先が目の前にあって、そのまま下に、踏みつけるように降ろされる。
「ふぎゅっ」
つま先が私の鳩尾の少し下に当たって、そのまま踵がおへその下を潰す。
「お゛ぉ゛」
そしてチェルシーが私のお腹を踏む足に体重をかけると、つま先も踵も下にズレながらめり込んでいく。
両手でチェルシーの足を掴んだけど、チェルシーの足はびくともしない。
骨が折れるような力じゃない。
内臓がつぶれるような重さじゃない。
だけど
「い、いだい、ぐるじぃ」
背骨が壁に押し付けられる。
腰の骨がチェルシーの足と床に挟まれて動かせない。
なにより、圧迫されてるそこは
そこ押されたら
「先ほどと同じです。痛くて苦しいかもしれませんが、どこも怪我してませんから再生しません。ですがチェルシーが使っているのは足1本だけです。脱出できますか?」
脱出なんて出来ないに決まってるのに、どうして一々答えさせるのかな。
ほんとに意地悪。
悪辣。
鬼畜。
サディスト。
「無理! ムリです! だがらぁ、ァメテ、足、どけてぇ!」
「お断りします。まだ本題に入っていません」
「なんでぇ……」
色々と不味いことになってきた私をよそに、チェルシーはちょっとだけ間を開けてから、何か言い始める。
だけど私は自分の下半身に意識を向けていて、あまり聞けそうにない。
「例えば、夜、街道のどこかで、何人かの護衛と共に移動中のあなたとチェルシーが遭遇して、こういう状況になったとしましょう」
夜? 護衛? 街道? 何?
「は、ひ」
「こうして足1本であなたは無力化したわけですが、他の護衛たちはどうすると思いますか?」
護衛って、誰のこと? わかんない。
わかんないけど、ほんとに不味いぃ。
「わかんない、とにかく足ぃ、足をぉ」
「足がどうかしましたか? あと話を聞いていますか?」
チェルシーは私の答えが気に入らなかったみたいで、私のお腹を踏む足の踵を上げて、つま先を左右に捩じるように”グリグリ”してきた。
それは私にとって致命的過ぎて、もうなりふり構っていられない。
「ぎぃてる! きぎま゛ず!」
チェルシーの足に抱き着きながら必死にそう言うと、チェルシーは”グリグリ”するのを止めてくれて、私は危機一髪で最悪の事態を回避できた。
だけど、足はまだ私のお腹を踏みつけたままで、動けない。
私は今もあと1歩、いや半歩のところで踏みとどまっているに過ぎない。
「なぁ。止めたほうが良くね?」
「んだば、あのチェルシーの顔見るべ。楽しそうだべな。今邪魔したら殺されるべ?」
「あ~、ん~、あ~、見守ってやろうぜぇ? 愉しそう、だしなぁ」
ジャイコブとギンとギドが何か話してるみたいだけど、何を言ってるのかはわからない。
「護衛がどうのと言いましたが、基本的にあなた1人さえ押さえてしまえば、というか、魅了が効く相手だけになってしまえば、チェルシーの勝ちが決まるんです。考えたらわかりますよね?」
もう何を言われてるのかよくわからない。
でも”わかりますよね?”と聞かれたら
「わかり゛ま゛ず、ぅ」
そう答えるしかなかった。
正直に”わかりません”なんて言ってしまったら、きっとまた強く踏まれる。
次にまたそこを圧迫されたら、我慢できる気がしない。
そう思った。
思った瞬間に、またつま先がおへその下に沈み込む。
「あなたをこうして抑えておいて」
「あ゛あ゛っやめ」
一瞬だけ足が軽くなって、またグッと押し込まれる。
「1人1人他の人間に魅了をかけて」
「ああっあっあ、あ、あ」
虫を念入りに踏みつぶすみたいに、足首をねじりながら踏みぬかれる。
「全員に魅了をかけて下僕にして」
「ま、あ、あ、や」
どうしようもなくなったのがわかってしまって、私はチェルシーの足から両手を離してしまった。
「チェルシーの代わりにあなたを押さえつけさせれば終わりです。もしあまりが居れば、ゼルマやマーシャあたりを殺すように命じても良いのです。ほら、どうしようもなく、言い訳のしようもない敗北でしょう? わかりましたか? 血を吸ったばかりで人間と大差ない状態のあなたが如何に弱……」
もうチェルシーの話は聞いてなかった。
というか、聞いていられなかった。
自分の両頬に手を当てて、泣くことで精いっぱい。
「やぁぁぁぁぁぁ」
踏みつぶされた膀胱が中身を吐き出していく。
液体がこぼれていく小さな音が、嫌に良く聞こえる。
下着やズボン、お尻が生暖かいもので濡れていく。
「ぁぁぁぁぁぁぁ」
自分の口から情けない声が漏れだして、両頬に当てた手のひらが熱くなっていく。
「……最悪です。こんな場所で漏らすなんて、人として、理性ある生き物として最低限の尊厳もないのですか? ここはトイレではないのですよ? あとチェルシーの足が汚れたらどうするつもりなのですか?」
グサグサと言葉の刃が私の心を斬りつけていく。
チェルシーが下腹を踏みまくるからこうなったのに。
私だってこんなところで漏らしたくなかったのに。
ずっと我慢してたのに。
酷いよ。
ジャイコブやギンやギドが見てる前で無理やり漏らさせておいて、そんな、全部私が悪いみたいな言い方されたら、もう……
「う゛ぅ、ぐ、ヒグ……う」
私はもう泣き寝入りするしかないのに、どうしてそんな追い詰めるようなこと言うの?
ほんとに、辛い。
恥ずかしい。
「流石にそれはねぇよ! お前が腹ばっかり踏みまくるから漏らしちまったんだろ!」
「んだべんだべ。漏らしちまったのはエリーのせいじゃねぇべ。謝るべ」
「今が一番気持ちいいところなので、ヒルもどき共は黙っていてもらえますか?」
「ひ、ヒルもどき!?」
「そりゃおらたちのことだべか!?」
「本当に黙らないと、2人して夜な夜な肉を盗み食いしていることをバラしますよ?」
「「う゛っ」」
「……はぁ」
目元を手の甲で押さえて、嗚咽を殺して、蹲って。
周りの声も全然耳に入らない。
そんな私の肩に誰かが優しく触れて、抱き上げた。
ギドかと思ったけど、腕が柔らかくて、骨の腕じゃないってわかって目を開けたら、チェルシーだった。
「ふぁ、ぁ、なん」
急に優しく抱き上げないでよ。
泣くことも出来なくなっちゃうよ。
「仕方がないのでお風呂まで持って行ってあげます。ジャイコブとギンラクは、この恥ずかしい生き物が漏らした恥ずかしい液体でも掃除していなさい」
恥ずかしいって言うのやめてよ!
ほんとに恥ずかしいだから!
「言われなくてもやるわ!」
「服はおめぇが洗ってやるだ! いいだな!?」
「命令されるいわれは無いのですが、まぁいいでしょう」
ごめんジャイコブ、ギン。
2人の部屋汚しちゃって、ごめん。
「ふ、ふたりっとぉ、ごぇん」
心の中で”ごめん”って思っても、口からは嗚咽ばっかり漏れて、言葉にならなかった。
私は泣いた後、色々とスッキリするタイプだったりする。
だけど泣き止んですぐにすっきりするわけじゃなくて、頭の働かないボーっとした時間がしばらく続く。
そして私がボーっとしてる間に、チェルシーに服をひん剥かれてお風呂に放り込まれた。
体を洗っていると、ジワジワと思考能力が戻って来る。
改めて思うと、滅茶苦茶恥ずかしい。
人前でおしっこ漏らすなんて、本当に幼い頃以来だ。
冷静になって考えてしまうと、身もだえするほど恥ずかしいことしちゃったというか、させられたというか……
あと、何回考えても今日のチェルシーは酷い。
酷すぎる。
いくら何でもやりすぎだよ。
虐めだよあんなの。
普通泣くまでやらないよ。
泣くほど嫌がってる人に追い打ちかけるなんて、鬼畜すぎる。
その癖後からお風呂まで連れて行ってくれたり、服を洗ってくれたり、意味わかんない。
でもまた来よう。
次はチェルシーの機嫌がいい時に来たい。
たまになら機嫌が悪い時に来ても……いいかも。
終わってみれば、恥ずかしかったけど嫌じゃなかったというか、被虐趣味的には気持ちよかったような気が
「アアアアアアアアアアアアア!」
考えない考えない。
チェルシーと居ると、私の倒錯的な趣味が悪化しちゃう。
ほんとに、たまに、月に1回とかぐらいに会いに来るようにしよう。
それ以上頻繁に会って、その度に虐められたら困る。
あとジャイコブとギンには、ちゃんと謝ろう。
エリーでストレス発散がしたいだけのチェルシーでした。