討つも捕獲も楽なもの
開けましておめでとうございます。
チェルシーはエリーからゼルマの匂いが漂っていることを、部屋に入った時点から嗅ぎ取っていた。
ついさっきまでゼルマと一緒に居たとわかる。
エリーがゼルマと理由もなく会うことはあるだろうか?
無い、とは言い切れないが、おそらく血を飲むために会っていたのだと推測できる。
つまりエリーは血を飲んだばかりだ。
エリーの体の仕組みについて、エリーを宙づりにしながら一緒に聞いていたチェルシーは、今のエリーが人間とほぼ変わらない体であることも知っている。
チェルシーはジャイコブとギンラクの部屋の中、ギドを含む3人が見守る前で、エリーに両手を伸ばして、エリーの肩を掴む。
掴んでさえしまえば、どうとでもできるのだから。
”ビクリ”と大げさに反応したエリーは、青い顔と卑屈に”ニヘラ”と笑う口でチェルシーの顔を見上げる。
「私が弱いって、教えてくれるんだよね?」
「はい」
「く、口で教えてよ。というか、私、教えられなくても自分がそんなに強いなんて思ってない、から」
「あなたは愚か者なので、口で言われてもわからないでしょう。ちゃんとあなたでもわかるように教えて差し上げます。お礼を言いなさい」
「あ、あのね? お、教えてくれなくても、だ、大丈夫、だからね? だから、手、離してくれない、かな……?」
「そんなに言うなら仕方ありません。特別に、そこまで痛くないようにしてあげます。お礼を言いなさい」
いつの間にかチェルシーは椅子に座ったエリーの足の間に自分の足を割り込ませ、エリーの顔を真上から見下ろしていた。
エリーはと言うと、チェルシーの半ば強制的な、善意のフリをした悪意から穏便に逃れようと必死になっていた。
肩を掴むチェルシーの手を引き剥がそうと伸ばした両手が、微妙な位置から動かなくなっているのが良い証拠だ。
だが、やはりエリーに断るということは出来なかった。
もともと人の頼みを断ることが苦手なタイプであり、相手が高圧的なチェルシーであり、何より内に秘めた倒錯的な趣味が、エリーに断ることを許さない。
諦めたように微妙な位置に会った両手を降ろすと、顔を少し俯かせる。
「あ……ありがとう、ございます」
顔を俯かせたせいで、エリーは、チェルシーの悪意と愉悦に満ちた表情を見ることが出来なかった。
こうしてチェルシーの八つ当たりは始まってしまった。
チェルシーは体制を変えないまま、まずは言葉で責め始める。
「まず、首を刎ねられたら流石に死にますよね」
「死ぬと思う。死んだことないからわかんないけど」
「では今チェルシーがあなたを殺そうと思ったら、簡単ではないですか」
「チェルシーはそんなこと……はい、その通りです」
エリーが口答えすらしないのは、チェルシーが怖いからに他ならなかった。
”チェルシーはそんなことしないでしょ”と言い切る前に、チェルシーの目が鋭くなったのを見てしまえばなおのことだ。
「町中で突然首を刎ねれることがあれば、あなたは死にます」
「それは誰だって死ぬ……はい」
言外に無条件の肯定を強要されている。
自分の考えは口に出すことも許されず、相手の発言を正しいと認める。
今のエリーとチェルシーのパワーバランスは、それがまかり通る。
強い”抑圧されている”という感じが、エリーを襲う。
そしてエリーはそれに逆らわない。
そんな様子が、チェルシーのイライラを少しだけ慰めた。
チェルシーは胸のモヤモヤが少し晴れ、すっきりとした愉悦の笑みでエリーを見る。
「弱いですね?」
ただの確認の言葉が、エリーには凶器のように突き刺さる。
否定するという選択肢を奪い去る。
「はい、弱いです」
エリーに自分で言わせた言葉は、刷り込みか暗示のように染み込んでいく。
エリーの両手は後ろ手に押さえつけられ、両足はチェルシーの足に絡めとられ、うつ伏せになった背中には、チェルシーの低い体温がお互いの服を超えて感じられる。
要はのしかかるように押さえつけられている。
「はい。どうしますか?」
「どうって言われても」
「どうしようもないでしょう?」
「うん」
人間程度の膂力でヴァンパイアの押さえつけから脱出することなど、普通は不可能だ。
ナイフや釘など、一瞬の隙を作れるだけの何かがあれば、あるいは可能かもしれない。
しかし今のエリーはそんなものは持っていないし、持っていたとしても、それを突き立てることはしないだろう。
「ダメージを負って再生すれば、いずれチェルシーを持ち上げたり投げ飛ばしたりできるようになりますよね?」
「うん」
「しかしこうやって押さえつけられていては、骨折も出血もしません。これではいつまでたってもあなたは人間程度の力しか出せないので、チェルシーの拘束から抜け出せません」
「そうだね」
このままだとエリーは何もできないが、チェルシーもエリーを押さえつける以上のことは出来ない。
と、エリーは思っていた。
「つまり、チェルシーに何をされても抵抗できないわけです」
とはいえ耳元でそう言われれば不安になってしまう。
「ッ……ね、ねぇ、痛いことしないって、言ったよね?」
「はい。痛くはしません」
エリーの両手を左手一本でまとめて捕まえたチェルシーは、右手をエリーの顔の前に持ってくる。
「あ、ま、負け! 降参! 弱いの認める!」
危険を察知したエリーが慌ててそう言う。
しかしエリーが何を言ったとしても、チェルシーの行動は変わらなかっただろう。
言うだけ無駄である。
「では諦めてください」
チェルシーの冷たくしなやかな指は、エリーの右のわき腹を服の上から撫で上げる。
「あ、あ、あ、あ」
スルスルと服の上をなぞって指は、二の腕の肉を掻き分け
「あああああああああああああああハハハハッ!」
脇に深々と突き刺さる。
「ヤメテェ! ア、ア、アアアハハハハハハハ、ま、アアアアアアア! アアアア!」
もぞもぞと4本の指が蠢くたびに、エリーはあられもなく叫ぶように笑う。
「ヒ、ヒィ、イーーーーーフアハハハハハハ! やめてえエエヘヘヘヘヘヒヒヒヒヒ!」
体をくねらせようと力を込める。
足をばたつかせようと太腿やふくらはぎが強張る。
腕を暴れさせようと力がこもる。
しかし、チェルシーはわずかな身じろぎも許さない。
「イフ、イフ、ンアアアアアア! ヒ、ヒィ、ヒィイイイイイイイイイ!」
笑い声が悲鳴に変わる。
黙って2人のやり取りを見ていた3人の人外の内の1人、ギンラクが、エリーと目が合ったような気がして声をかける。
実際エリーが助けを求めてギンラクを見たのだが、エリーの意図が伝わったというより、はしたなく笑う顔と涙を貯めつつ若干上を向き始めた目に、ギンラクがただ心配になっただけである。
「な、なぁ。そろそろやめてやれよ」
「そうですね」
ジャイコブやギンラク、ギドの目があることを思い出したチェルシーは、一旦エリーの脇から右手を引き抜く。
”ヒー、フー”と必死に息を整えるエリーは、目だけを動かしてチェルシーを見上げた。
目だけで”もう放して”と訴えてみれば、意外にもチェルシーはあっさりとエリーの上から除けてしまう。
うつ伏せ状態から解放されたエリーは、這うようにして壁に向かって進み、両手を壁に突いて上体を起こして座る。
笑いすぎて乱れた呼吸を整えつつ、すまし顔で立つチェルシーを振り返った。
「も、もう終わりでいいよね」
2歩ぐらい離れた場所に立っていると思っていたチェルシーは、しかしエリーのすぐ背後に居て、振り返ったところで見えたのは、チェルシーのスカートだけだった。
視線を上に持っていけば、チェルシーの赤い目と目が合う。
「最後にもう1回やっておきましょう。あなたが負けるパターンはいくらでも思いつくのですが、チェルシーだったらどうやってあなたを負かすかを教えて差し上げます」
窓の閉め切った部屋の光源は天井から吊るされたランタンと、壁に掛けられた燭台くらいしかない。
壁に縋りつくようにしているエリーの背後に立つチェルシーは、背後からの光の逆光で、影をエリーの全身へと落としていた。
エリーの怯えを湛えた目を見下ろすチェルシーの目だけが、鈍く光っている。
涙目でプルプル震えるエリーと、なおも何かをしようと企むチェルシーを見ていたジャイコブ、ギンラク、ギドは、ひそひそと相談をする。
「流石に可哀そうだべ。ギンラク、なんとかするべ」
「無理。チェルシー怖い」
「ありゃあ邪魔しないほうが得策かも知んねぇなぁ。今後のエリーのためにも」
ギドは”若干愉しんでるかもしれねぇしなぁ”とも思っていたが、口には出さなかった。
新年一発目から緩めにエリーを虐待しました。
今年もこんな感じです。
今年もよろしくお願いいたします。




