調子に乗った愚か者
気付けばもう2020年も終わりですね。
お読みくださっている皆様は、2020年を有意義に過ごすことが出来ましたか?
私は挫折ばかり味わっていましたが、なんだかんだと楽しかったような気がしないでもないです。
ジャイコブの趣味は、意外にも料理である。
ヴァンパイアにとって生き血が一番好きな飲み物であり、ジャイコブにとって一番好きな食べ物は、焼いた肉なのだ。
兵舎にある食堂の奥の食糧庫には、ジャイコブが人目を憚りながら少々手を付けても問題ないくらいの備蓄と定期的な補給があった。
夜中に団員たちが寝静まった後、目に付いた肉を塩と胡椒だけで焼いて食べることがジャイコブのマイブームであったりする。
最近では火加減や加熱時間、塩や胡椒の分量などに注目し始め、肉塊から5ミリ幅の肉を切り出して使うなど、凝った調理をするようになっていた。
ちなみに朝のキッチンには焼いた肉のいい香りや使ってそのまま出されている塩や胡椒があり、ジャイコブが夜な夜な1人焼肉を楽しんでいることは周知の事実だったりする。
料理が趣味になる前は、幻視のスキルで団員の誰かに化けることが楽しい遊びだった。
誰に化けても午前中にはバレてしまい、何度も繰り返すうちに飽きたようだ。
いずれ別の悪戯や遊びを思いつくまでは、毎晩じっくりとキッチンに向かうことになりそうだった。
ギンラクに趣味らしい趣味は無いが、強いて言えば酒を飲むことが楽しみだ。
なぜかゲイル隊と気の合うギンラクは、ゲイル隊が早めに1日の仕事を終えて寝る前の晩酌を始めると、必ず現れて一緒に飲む。
熟成の浅いワインばかりだが、ギンラクは酒が好きと言うより何人かで騒ぎながら飲むことが好きだった。
今日はどこの区画でこんな女が居て、あんな話をした。
そう言えばおとといは分隊長が、若い女に強烈なビンタを貰っていた。
そんな会話で盛り上がるゲイル隊に混じって酒を飲んではテンションを上げ、自分のスキルを忘れて鼻歌を歌ってゲイル隊を深い眠りに堕とし、あとで怒られる。
あとで怒られること以外は、ギンラクにとって楽しい時間だった。
ちなみにヴァンパイアはそれなりに酒に強いはずだが、ギンラクはヴァンパイアの中では弱い方だったりする。
さて、チェルシーに趣味は何かと問うた時、どのような返答になるだろう。
それは、贅沢だ。
魅了により下僕にした貴族を通じて、血を捧げさせ、静かな寝床を用意させ、気の済むまで静かに過ごす。
それに飽きたらメイドらしく暇をつぶすように掃除洗濯調理をこなし、満足するまでやり遂げる。
チェルシーがメイドを装うのは、下僕とした貴族の近くに違和感なく居るためであったが、それ相応のふるまいを身に付けてみれば、愛着も湧くというものだ。
そんなチェルシーにとってこの兵舎の暮らしはどうだろうか。
空腹になれば適当な団員に血を飲ませろと言って飲んでいる。
下僕であれば喜んで手首や首筋を差し出してくるところだが、むしろチェルシーの方が頼むことで、”しょうがないな”とでも言いたげな顔で手首を差し出されるのだ。
チェルシーは”これは楽しくない”と感じていた。
騎士は皆貴族であるが、チェルシーが魅了によって下僕とした者は居ない。
そんな彼らのためにメイドらしく掃除洗濯料理をするのはチェルシーにとって癪だった。
やることも無く、暇つぶしも無い。
チェルシーの騎士団での生活は、いたってつまらない物だ。
たまにジャイコブやギンラクを見かけはするが、なんだかんだと楽しそうにしている2人を見ていると、無性にイライラする。
暇つぶし兼ストレス発散のために罵倒したりからかったりしてやろうかと思ったりもしたが、チェルシーを楽しませるような反応は期待できないとすぐに思い至る。
チェルシーに対して強い苦手意識を持っていたイングリッドですら、最近は怯えた様子も緊張の汗もかかずに挨拶してくる始末だ。
馴染み過ぎた。
欲求不満。
今のチェルシーが楽し気にしている誰かの声を聞いたなら、何も言わずに虐待しかねない。
そんなチェルシーがやることも無いからと自室で休んでいると、チェルシーの機嫌とは真逆の声が聞こえた。
「そ、そりゃすげぇべ! おらちっちゃくなった後のエリーは弱ぇもんだとばかり思ってただ!」
「最強じゃん!」
「や、やめてよ。よく考えたら自慢にもならないよ。痛めつけられないと強くなれないなんて」
「でもよぉ、痛めつけられた後のエリーは誰にも負けないと吾輩は思うぜぇ?」
と、そんな話声だ。
ジャイコブの頭の悪そうな声。
ギンラクの驚く声。
エリーの嬉し恥ずかしな声。
聞き覚えの無い冷静な声。
気が付いてしまえば強く感じる、エリーの匂い。
今日はエリーが来ていたようだ。
そして最強だの負けないだのと言う頭の緩い会話。
普段は閉じるようにしているチェルシーの瞼が空き、赤くも冷たい瞳が自室の壁を映す。
ぶつける先の無いイライラを煽りつつ、ちょうどよいストレス発散の相手が現れた。
となれば、チェルシーの行動は決まっている。
サッと鏡の前で容姿を整えると、チェルシーはさっそうと自室を出て、ジャイコブとギンラクの部屋へと向かった。
話題のきっかけはギドだった。
エリーと共に黒ずくめの男が現れれば、流石のジャイコブやギンラクも緊張する。
その黒ずくめから人の匂いが全くしなければなおのことだ。
だがギドが
「吾輩はギド。エリーの仲間で、エリーと一緒に王都を3かいくらい襲撃したアンデッドで魔術師で海賊船長のお喋り頭だぁ。つい最近まではエリーが腰に下げてた木箱の中に居たから、お前のことも知ってるぜぇ。エリーがアヒージョ食べてるときにコソコソしてるのを見たくらいだがよ」
と情報量の多い自己紹介をすれば、気付けば馴染んでいた。
そしてここに来る途中のエリーとの会話を思い出し、エリーの体が無尽蔵に再生しては血に飢える程強くなることを話し
「そ、そりゃすげぇべ! おらちっちゃくなった後のエリーは弱ぇもんだとばかり思ってただ!」
「最強じゃん!」
「や、やめてよ。よく考えたら自慢にもならないよ。痛めつけられないと強くなれないなんて」
「でもよぉ、痛めつけられた後のエリーは誰にも負けないと吾輩は思うぜぇ?」
となっていた。
ちなみにエリーは無敵だ最強だと騒いでいた頃のテンションが落ち着いており、自分が無敵だとか最強だとかは思わなくなっていた。
「でも多分首を刎ねられたら死んじゃうし、最強とか無敵とかじゃないと思う」
とテンション高めな2人を宥めようとするも、ギンラクは食い下がる。
「でもそれさえなければどんな怪我しても再生するし、飢餓状態にもならねぇんだろ? すげぇじゃん。再生すればするほど強くなるって、ある意味俺らヴァンパイアの逆だし」
自称天才であるジャイコブは、ギンラクの言いたいことに細くまで加えて賛同する。
「人間の血を飲めば弱くなるってのも逆だべ。おらたちは血を飲んだすぐ後が一番強ぇべ。もう一生血ぃ飲まずにいれば、一生強いままだべ」
そして比較的冷静なギドが欠点らしい欠点を付け加えた。
「だがなぁ。血が飲みたい欲求はあるんだよなぁ。飲まねぇとエリーは頭がおかしくなるしなぁ」
エリーは”ん~”と考えてから、つまりどういうことなのかを話し始めた。
「えっと、血に飢えてれば強くなれるけど、いつまでも血に飢えてたら我慢できなくなるから、普段からいつでも強いわけじゃないよ。それに強いって言っても、人前で暴れたら人間じゃないってバレちゃうから、限度もあるし……うんと、多分前とあんまり変わってないと思う」
とエリーが言い切った時、エリー以外は部屋の扉の前にチェルシーが立っていることに気付いていた。
そして扉が”キィ”と音を立てて開かれ、エリーがそちらを見る。
「お久しぶりですね。頭の緩さは相変わらずのようで、ため息が出そうです」
そこには相変わらずのチェルシーが、エリーを見つけて薄く笑って立っていた。
ギド以外の3人は、チェルシーがエリーとの再会を喜んで薄笑を浮かべているわけではないとすぐにわかる。
ジャイコブとギンラクはチェルシーの嗜虐的な笑みに背筋を凍らせ、何か怒らせるようなことをしたかと自分の行動を慌てて振り返る。
そしてエリーは
「ぁ……チェルシー、ひ、久しぶり、だね……?」
顔を青くしつつも、胸に巣食う倒錯的な興奮に、口角を歪めていた。
細められた赤い眼差しはエリーに向けられたまま、静かにチェルシーがその場を支配したかのように話し始める。
「先ほどの話は聞こえていました。なかなか興味深いお話でした」
感情の無い虚ろな声ではなく、どこまでも冷ややかに冷め切った声色でそう告げられれば、きっと誰でも理解できた。
”興味深い”と言う言葉の裏にある感情は、嬉でも楽でもない、と。
「そうなんだ。こ、この時間はチェルシーは寝てると思って、先にジャイコブとギンに会ってたんだけど……ごめんね、起こしちゃった、よね。ごめん」
エリーは座った椅子の上で膝を上げるように両足を床から離すと、座席の上という小さな面積で、可能な限りチェルシーと距離を置きつつそう言った。
そしてほんの少し動いただけで、その小さな逃走は背もたれによって阻まれる。
「そ、そうだべ。大体この時間おめぇ寝てるべ。今日はどうかしただか?」
そうジャイコブが問うが、チェルシーはスルーしてエリーを見て、それから当たり前のようにそこにたたずむギドに視線を移す。
久しぶりに会ったエリーが随分と怯え、必要以上に怖がっている様子が、なんとなくチェルシーをイラつかせていた。
それはエリーがチェルシーのイライラを感じ取ったことが原因なのだが、チェルシーはあえてそこまで考えない。
チェルシーはギドとエリーを交互に見やり、とりあえずその怪しい黒ずくめを紹介しろと目で促す。
「おん? あぁ、吾輩はギドだぁ。ちょっと前にエリーが腰に付けてた木箱に入ってた頭蓋骨で、エリーの仲間だな。話すのは初めてだが、吾輩はエリーからお前のこと色々聞いてるぜぇ?」
ギドの自己紹介は一応全て本当のことが真実だが、それだけをパッと言われて納得できる内容でもない。
だがチェルシーはそれも一旦流した。
「そうですか。ではチェルシーの自己紹介は必要ありませんね。ところで、あなたもこの調子に乗った愚か者が最強だとか無敵だとか、頭の緩いことを考えているのですか? もしそうならそこに転がっている2つの愚物と同程度の頭の出来だということになるのですが」
チェルシーは顎でエリーを、次にジャイコブとギンラクを刺しながらギドにそう問う。
するとギドはポリポリと頬を掻く仕草の後、首を横に振る。
「エリーが無敵だの最強だのは吾輩が言い出しっぺなんだがよぉ、最強なのはまた別に居ると思うぜぇ。吾輩のご主人様の恋人が吾輩の中の最強の最有力候補だぁ。あと不老不死の真祖とか言うのもいるんだろぉ? エリーは強いと思うがよ、最強とか無敵とか、そう言うのとは違ぇと思うぜぇ」
エリーは”無敵”とか”最強”と言う単語が何度も飛び出すこの会話は、何というか成人前の男の子同士の会話のようで、話していてだんだん恥ずかしくなってくる。
特にチェルシーが現れて、出所不明の”やってしまった”感を感じ始めた今は、強くそう思う。
そしてチェルシーは一瞬だけギドを細い目で見ると、小さくため息を吐いた。
「この調子に乗った愚か者が強いと思っているあたり、あなたも少々頭が緩いようですね。チェルシーは逆の意見です」
そしてチェルシーの結論は、エリーを見てきっぱりと言い放たれた。
「あなた、やっぱり弱いままです。どれだけ弱いのか、チェルシーが教えてあげます」
ようやくチェルシーがこの部屋にやって来た、本来の目的に移ることが出来る。
「え、あ、何するの? ねぇチェルシー? なにするつもり?」
エリー虐め、もといストレス発散である。
今年も私の稚作を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
2021年も何卒宜しくお願い致します。




