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血の伴侶と幸せの味

 宿を出て、外で待っててくれたギドを掴む。

 

 「お? なんだぁ?」

 

 「ごめん。限界」 

 

 魅了を使えるまで血に飢えた私に、まともな思考や会話なんて無理だった。

 

 「おいエリー、何をするつもりだああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 ギドをそのまま背中に背負って、全力疾走。

 

 グイドの町を朝っぱらから駆け抜ける。

 

 道を走る。

 

 走り抜けた後、露店のいくつかが風にあおられて酷いことになってるのが聞こえた。

 

 ごめん。

 

 人混みが見えたら飛び越える。

 

 ”うわっ”とか”キャア”なんて聞こえるけど、気にしてられない。

 

 それどころじゃない。

 

 喉が渇いて仕方ない。

 

 空っぽのお腹……血嚢が疼いて疼いて、我慢できない。

 

 むしろ今までよく我慢したよ私。

 

 グラブス達を倒してから何日経った?

 

 わかんないけど、ずっと我慢してた。

 

 もう無理。

 

 グイドの防壁が見えた。

 

 ジャンプして飛び越える。

 

 「おいエリー! いくら何でも飛ばしすぎだぁ! 騒ぎになってたぞ!」

 

 「もう遅いよお!」

 

 そんなこと言われても、もうグイドの外なんだから、今さらどうしようもないよ。

 

 着地して、王都の方角めがけて走る。

 

 このペースなら今日中に着く。

 

 というか午前中に着きたい。

 

 「おいおいおいおい! どんな速度出してんだぁエリーィ!」

 

 今の私の体の全速力がどれだけ速いのかなんて私自身わかんないよ。

 

 でも確実にヴァンパイアより速い。

 

 馬なんて目じゃないくらい速い。

 

 ポンチョや雑嚢袋が風にあおられて見たこと無いくらい暴れてる。

 

 そのうち雑嚢袋が千切れたりしないよね。

 

 「ごめんギド。私もう無理だから」

 

 「吾輩の方が無理だわ! 骨が折れたらどうすんだ!」

 

 「ごめん! 後で何でも言うこと聞くから! 今はとにかく血が飲みたくて、無理なの!」

 

 「それ絶対吾輩以外には言うなよ! なんでも言うこと聞くとか! 絶対言うなよ! 特にマーシャ!」

 

 そんなこと今言われたって覚えらんないし考えられないよ。

 

 とにかく王都に行かないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  


 夕方、ゼルマは試作戦術騎士団の兵舎を後にする。

 

 現団長のイングリッドも仕事に慣れつつあり、ゼルマが手伝う必要もほとんどなくなりつつある今もなお、ゼルマは兵舎に通っていた。

 

 ”一般人エルマ”として兵舎での雑用を仕事にしたのだ。

 

 汗を吸い込んで重くなったインナーを洗っては干し、分隊の内のどれかと一緒になって食事を用意し、兵舎の廊下や客室等を掃除して回る。

 

 時たま書類の処理の方法に迷ったイングリッドが相談に来るので、それの捌き方を教えたりもするが、一見すれば貴族ばかりの兵舎で1人働く侍女そのものに見えるだろう。

 

 今のゼルマの仕事着は、以前のような堅苦しいスーツでも物々しい鎧でもなく、地味なチュニックに地味な黒色のスカート。

 

 短い赤髪は、それなりに長くなり、染髪薬によって茶色に変わっている。 

 

 顔立ちは以前とそう変わりはしないが、今まで誰も彼女のことを”ゼルマ・トレヴァー”だと見抜くことは無かった。

 

 カイルやイングリッド、ナンシーやタイラー等の団員達は、最初こそかつての団長に雑務をやらせることに妙な居心地の悪さを覚えていたものの、今では慣れたものだ。

 

 今日なんかは

 

 「エルマ~、転んで溝に落ちちまった~、靴下と鎧の足洗ってくれ~」

 

 という声すらあったほどだ。

 

 ゼルマは騎士団内に、こき使われることは無いにせよ”気軽に何かを頼めるポジション”と言うのを確立していた。

 

 そして給金も安くはない。

 

 なにより、後暗い秘密や重い家庭の事情など、今まで背負っていた物を降ろし、大事に思っていた旧吸血鬼討伐騎士団の団員と暮らす日々に、満足感を覚えていた。

 

 早朝から夕方までの仕事を終えたゼルマは、今日も足取り軽く自宅へと向かう。

 

 トレヴァー家と言う侯爵の肩書も、気の触れた父もない、ゼルマが1人で暮らす清潔でこじんまりとした小さな家。

 

 ゼルマが何度帰宅を繰り返しても、解放感を覚えない日は無い。 

 

 そんな家だ。

 

 だが今日ばかりはそうはいかなかった。

 

 ”はぁ”と、どこか満ち足りたため息とともに角を曲がり、自宅を目にしたゼルマは、”フッ”と笑みをこぼした。

 

 家の玄関扉の前に膝を抱えて座り込む、エリーを見つけたのだ。

 

 たたずまいはまさしく家から閉め出された少女で哀愁を誘うが、ゼルマはエリーが、単純に自分の帰宅を待っていたのだと理解できる。

 

 ゼルマがエリーを見た瞬間、感情の置き場を一瞬だけ見失う。

 

 そしてすぐに”会えて嬉しい”と言う気持ちに落ち着いた。

 

 そして”血が飲みたくなったんだな”と思い至る。

 

 零した笑みをそのままに、ゼルマはエリーに近づいていく。

 

 「エリー、私が家に居なければ、騎士団の兵舎を訪ねてみて欲しいと、前に言わなかったか?」

 

 こう言った言葉使いは、最近は使わない。

 

 兵舎の中ですら侍女という役職に徹し、敬語や女性らしい語尾を用いる。

 

 なのにエリーを前にしては”エルマではなくゼルマ”としてふるまっていることに、本人も気付いていない。

 

 エリーはゼルマの声で、寝起きのように頭を上げる。

 

 焦点の合わない濁った瞳を泳がせてゼルマを見つけ出し、思い出したかのように荒い呼吸を始めた。

 

 エリーのそんな様子を見れば、ゼルマが自分の予想以上にエリーの吸血欲求が高まっていることを察するのは容易い。

 

 縋るようにゼルマのスカートを掴もうとするエリーの横を華麗に通り抜け、家の鍵を取り出す。

 

 「とりあえず中に」

 

 「あ、う」

 

 ゼルマの言葉がエリーに届いたのかどうかは定かではないが、エリーはフラフラと立ち上がり、ゼルマを追うように玄関をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーを家に入れた私は、すぐに扉を閉め、窓とカーテンを閉め、すべてに鍵をかける。

 

 ぼんやりとしたエリーの視線を背中に感じ、急かされているような気がしてくる。

 

 しかしエリーは”フー、フー”という吐息を繰り返すばかりで、静かに立ち尽くして私を待っていた。

 

 今日ほど強い吸血欲求を抱えたエリーは見たことが無い。

 

 今まで以上に血を吸うだろう。

 

 であれば、床の上では少々危険だ。

 

 貧血でふらつくぐらいならともかく、気を失うようなことがあれば、どこかをぶつけて怪我をするかもしれない。

 

 そうなれば、きっとエリーはそのことを気にしてしまう。

 

 ベッドの上なら倒れても気を失っても問題は無い。

 

 今日の仕事は終わったし、この後は軽く家事を済ませて休むつもりだった。

 

 軽い家事くらいなら明日に回しても構わない。 


 チュニックの一番上のボタンを外し、ベッドの上に横になる。

 

 「さ、吸ってくれ」

 

 そう言えば、エリーは私に向かってとぼとぼと歩いてくる。

 

 飛び掛かって”ガブリ”と来るかと思っていたが、意外にも静かだ。

 

 ……あぁ、忘れていた。

 

 牙を伸ばす必要があるんだった。

 

 エリーがちょうどベッドの上に乗ったあたりで上半身を起こし、両手でエリーの頬を包む。

 

 親指を唇の端に持っていけば、エリーは何も言わなくても口を開いた。

 

 「んぁ……」

 

 赤い頬の内側と、白い歯と、歯茎と、下の歯に先端を乗せた赤い舌。

 

 湿り気を帯びた吐息が親指を撫でる。

 

 ”早く早く”と目で訴えかけられる。

 

 「触るぞ」

 

 そう断りを入れてから、親指を上唇と上の歯の間に滑り込ませ、犬歯の根元を探る。

 

 エリーの鼻が”ンフー”と鳴り、私を見る目が幾分か細くなる。

 

 そしてわずかに犬歯が伸び、牙へと変わり始めるのが指に伝わる。

 

 しばらく犬歯の付け根の歯茎を親指の腹で撫で続けると、少し歯が伸びていた。

 

 エリーの両頬を包む手を放し、中指を上の歯の奥側へ。

 

 撫でていた歯茎を、今度は中指と親指で挟み、揉む。

 

 また少し歯が伸びた。

 

 深く長い吐息がこぼれる。

 

 頬が緩み、エリーの表情がうっとりし始めている。

 

 悪くない気分だ。

 

 親指を抜き、人よりほんの少し長くなった犬歯の先端を、中指で内側からなぞる。

 

 指紋で先端を磨くように、優しく、優しく。

 

 「あ、ふ、ん」

 

 なぞる度に喉から搾り出されたような声が鳴り、なぞる度に犬歯が長い牙へと変わっていく。

 

 歯茎より歯を直に触る方が効率が良さそうだ。

 

 人の肌を突き破る感触を味わっているのは、やはり歯茎ではなく牙そのものなのだろう。

 

 歯が気持ちいいという感覚は私には想像できないが、エリーの反応を見る限り、ものすごく気持ちのいい感覚なのだろうと想像がつく。

 

 そんなことを考えながらエリーの牙を撫でていると、既に十分な長さになったようだ。

 

 「もう十分だな。さ、吸ってくれ」

 

 そう言ってエリーの口から指を抜こうとすると、今までベッドに突いていたエリーの両手が、私の手首を掴んだ。 

 

 「もうちょっと……」

 

 そんなエリーの反応に少し驚いたが、なぜだか嬉しいと思った。

 

 「やっと喋ったかと思ったらそれか」

  

 そう苦笑してやったが、エリーは私の手首を離すと、また口を開け、両手の人差し指を唇の両端に引っ掛け、グイっと引っ張った。

 

 からかわれたことより、牙に触れられるという快感の方が優先らしい。 


 求められている。

 

 そう思うと、我ながら嫌になる話だが、顔が緩む。

 

 釣り上がった口角を戻せそうにない。

 

 「ああ、エリーが満足するまで、触らせてもらう」 

 

 私の指は自然と、エリーの真っ赤な口の中へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

 首に感じる痛みに慣れてきた頃、”チュパ”という音が鳴って、傷口とその周辺が冷たくなる。

 

 エリーが口を離したらしい。

 

 私の上のエリーの体が、熱いくらいぽかぽかしている。

 

 服越しなのにこんなに熱いと感じるのは、エリーの体温が上がっていることと、私の体温が下がっていることが原因なのだろう。

 

 「ふわぁ……幸せぇ……」

 

 エリーの気の抜けた声が耳元で聞こえてきたかと思うと、その声はすぐに寝息へと変わった。

 

 エリーを乗せて横になる私の方はと言えば、貧血だ。

 

 かなり血を吸われた。

 

 それでも気絶しなかったのは、生活習慣のおかげだろう。

 

 いつエリーが血を求めて私を訪ねて来るかわからない以上、いつでも健康でありたい。

 

 そう思って、早寝早起きと野菜多めの食事に、増血に効果がありそうなことは色々と試してきた。

 

 たっぷり血を飲ませてやれたとするのなら、努力が実ったと考えていいだろう。

 

 「フフ……」

 

 しかし流石に貧血だ。

 

 意識が若干朦朧としているし、体温も低くなっている感じがする。

 

 眠い。

 

 ちょうどぽかぽか状態のエリーが居ることだし、このまま寝ることにしよう。

 

 明日の朝、エリーはどんな反応をするんだろうか。

  

 あぁ、楽しみだ。

作者としては、ゼルマもエリーと同じくらい酷い目に合わせたいキャラクターなんですよね。

騎士団の団員全員に軽蔑されて毎日兵舎で虐待されるゼルマを書いてみたいです。

本編では団員たちとよろしくやっています。

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