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暴行

 エリーとギドは2人並んでグイドの町を歩く。

 

 南西区に差し掛かれば他の区画とは若干の雰囲気の差を感じられ、エリーは体の内側で緊張をわずかに高めた。

 

 ピュラの町とはまた違った外観と、王都の北西区のような治安の悪い区画の持つ生臭さを抱えた空気に、確かな予感を覚える。

 

 ここで会える。

 

 確かな予感を抱えつつも、やはりすぐにとはいかなかった。

 

 ヘレーネがこの町に居るとしたら南西区だろう。

 

 南西区の中でも人目につかない場所だろう。

 

 そうやって少しずつ場所を絞り込みながら、より暗く、より狭い路地へと足を向ける。

 

 2人の間に会話は無かった。

 

 角を曲がれば、そこに居るような気がする。

 

 しかしそれはあり得ないと、エリー自身の聴覚や嗅覚が否定する。

 

 おっかなびっくり、しかし決意をもって、エリーは角を曲がる。


 ギドについて来てもらいながらいくつもの路地を抜け、グイドの南西区をぐるりと一周する頃には、あと半刻もすれば夜明け前だろうと言う時間だった。

 

 エリーの感覚が、存在を感知した。

 

 人よりも低い体温。

 

 人よりも遅い心拍。

 

 人よりも深い呼気と長い吸気。

 

 ごくごくわずかな汗の匂い。

 

 何より纏う雰囲気が、人のソレとは違う。

 

 ヴァンパイアだ。

 

 それは意外にも狭く暗い路地ではなく、大通りに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァンパイアの気配を見つけた瞬間、心臓がドキッとして、足が止まった。

 

 振り返ってみると、すぐ後ろにギドが居てくれたから、もう一度気配に集中する。

 

 間違いなくヴァンパイア。

 

 だけど、ヘレーネさんじゃない。

 

 ヘレーネさんの匂いがしない。

 

 あんまり誇れることじゃないけど、ヘレーネさんの匂いはよく覚えてる。

 

 嫌というほど覚えてる。 

 

 足に頬ずりしたり、つま先を舐めさせられたりした相手だから、間違えようがない。

 

 私の中に、屈辱と一緒に強く刷り込まれてる。


 だから断言できる。

 

 今見つけたヴァンパイアは、ヘレーネさんじゃない。 


 でも、薬っぽい匂いもする。

 

 甘い香水とお化粧の匂いもする。

 

 あと、男の人だ。

 

 香水や化粧の匂いはとりあえず置いておいて、薬の匂いのするヴァンパイアってなって来ると、ヘレーネさんに関わりがありそうだと考えてもいい、よね?

 

 だからやっぱり、ヘレーネさんじゃなかったからと言って引き返すのはダメ。

 

 私は声を出さず、囁くようにギドに伝える。

 

 「大通り、ここから少し東」

 

 するとギドの真っ黒のハンカチで覆われた頭が、こっくりと頷いた。

 

 私はギドと2人で、大通りに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グイドに居たヴァンパイアは、青かった。

 

 長くて青い髪に、女物の青いワンピースを着てて、一見女のヴァンパイアに見える。

 

 胸もあるし、くびれもあるし、体のフォルムが丸みを帯びてる。

 

 男っぽいところと言えば、肩幅が女にしてはちょっとだけ広いってくらいかな。

 

 体系まで女の人。

 

 だけど、匂いが男の人だ。

 

 化粧までしてるみたいだけど、やっぱり男だと思う。

 

 極稀にこう言う人はいる。 


 魔女の入れ墨亭のリリアンさんとか。

 

 でもヴァンパイアでは初めて見た。

 

 正直不思議な感じ。

 

 パッと見じゃ絶対わからないくらい女装が完璧。

  

 ”こんばんわ”とか、”ヴァンパイアがこんな大通りで何してるの?”とか、色々かける言葉を考えてはいたのに、なんとなく言葉が出なくなる。

 

 そして相手も私を見つけて、不思議そうな顔になってた。

 

 「あんたその目……あぁ、そう。あんた、ヴァンパイアじゃなかったのね」

 

 そう言って1人納得したみたいな顔になる。

 

 声まで女の人だ。

 

 あと一目で私をヴァンパイアだと勘違いしてくれるのはなんでなんだろう。

 

 目が赤くもなく黄色でもないのに。

 

 青いヴァンパイアは右手の指先を右頬に当てて、左手で右の肘をしたから包むように掴む。 


 仕草も女の人っぽい。

 

 とりあえず答えは決まってる。

 

 「私はヴァンパイアじゃない。というか」

 

 ”ヴァンパイアじゃなかった”なんて、初対面じゃ普通言わないし言われない。

 

 いつ私をヴァンパイアだと勘違いしたのかが、わからない。

 

 でもそれを言う前に、青いヴァンパイアはさらに続ける。

 

 「あんたがヘレーネ様のお気に入りだったなんて。あの時捕まえるべきだったのね。あの時、あの人からあなたを奪って、ヘレーネ様に届けるのが正解だったってわけね……親切心なんて発揮してヘレーネ様の邪魔をするなんて、あたしバカみたい」

 

 やっぱりヘレーネさんの関係者だった。

 

 色々気になること言ってたけど、とりあえず

 

 「続きは私に捕まってからゆっくり聞かせてもらうね」

 

 私は全力で地面を蹴って、青いヴァンパイアに突進する。 


 ヘレーネさんの関係者だし、薬っぽいにおいするし、どうせまた痺れ薬とか痛いだけの薬とか、煙幕とか、よくわからない薬いっぱい使って戦うんだろうね。

 

 そんなことする前に首の骨追って、身ぐるみはがして、薬全部取り上げて縛り上げる。

 

 「指尖硬化」

 

 豹拳に握った指を固めて、横に振りかぶる。

 

 首を横から打って折るつもり。

 

 相手は両手を広げて、手を広げて、膝を曲げて重心を落としてる。

 

 何を狙ってるの?

 

 わからない。

 

 何が来てもいいように覚悟決めて、突っ込むしかない。

 

 「ハァッ」

 

 思いっきり一歩踏み込んだ瞬間、

 

 「降参! 降参よ! まさか殴ったりしないでしょうね!?」

 

 相手に両手を頭の後ろで組んで、膝まづかれた。

 

 初手で降参されたのは初めてで、ちょっとびっくりした。

 

 潔すぎる。

 

 というか相手には最初から戦う気が無かったんだと思う。

 

 だから

 

 「ギャ、ガ」

 

 私は降参を宣言して、姿勢でも無抵抗を表している相手に、容赦なく豹拳を打ち込んで首の骨を折った。 

 

 降参のポーズがグシャリと潰れて、仰向けに倒れ込む青いヴァンパイア。

 

 ”ええっ!”って顔になった。

 

 ”信じられない!”って感じで目を見開いて、私を見上げてる。

 

 ばっちり目が合ってる。

 

 「ごめん。ヘレーネさんの関係者相手に、油断なんかできないから」

 

 言い訳の言葉が自然と口を突いて出た。

 

 「とりあえず薬とかは全部取り上げるよ。話はそれから……ごめん」

 

 ますます目を見開いて、視線で強い非難を込めて私の目を見つめて来る。

 

 悪いとは思う。

 

 でも、油断してまた捕まったりしたくないの。

 

  

 

 

 

 

 

 


 

 

 首の骨を折られたヴァンパイアは、しばらく首から下を動かせなくなる。

 

 呼吸も止まるから、口が動いても会話は出来ない。

 

 だけど口が動くから、なんとなく何を言っているのかはわかったりする。

 

 今はなんて言ってるのかな……

 

 「この変態、痴女、暴漢……って言ってる、んだよね。うんと、ごめん。でも暴漢じゃないから、女だから。どっちかと言うと男はあなたの方だから」

 

 青いヴァンパイアが来てた青いワンピースは、今私のすぐ横に畳んで置いてある。

 

 ワンピース下は下着だけで、ワンピースのポケットの中に、香水とザインさんが持ってたのと同じ薬と、私の見慣れた薬が入ってた。

 

 それぞれ出して地面の上に置いてある。

 

 青いヴァンパイア本人はうつ伏せに寝かせて、背中側で手足を折り畳んで、その上に私が乗って拘束してる。

 

 つまりどういうことかと言うと……私は見た目が女の人をいきなり殴り倒して、身ぐるみを剥いで、持ち物を全部取り上げて、下着姿にした相手を動けないように地面に押し倒している訳だ。

 

 「ごめん。こんなことするつもりは……まぁあったんだけど、思ってたのと違うというか……今想像以上の罪悪感を感じてるよ」

 

 口だけ動かして”だからなによ!”と言ったのがわかった。

 

 ごめんってば。

 

 心の中で謝りつつ、もう一度この下着姿に剥いたヴァンパイアを見てみる。

 

 女の人の膨らみと男の人の膨らみが両方あった。

 

 触ったわけじゃないけど、胸の膨らみは偽物じゃなさそう。

 

 私より大きくてショックだった。

 

 男の人より小さいってどういうことなのかな。

 

 さて。

 

 そろそろ首の骨が再生を終えるころだと思うんだけど……

 

 「……っぱい女! あたしの童貞はあんたなんかに……あ、治った」

 

 「ねぇ、今ちっぱい女って言おうとした?」

 

 あとあなたの童貞に興味なんてないから。

 

 動けるようになったとわかった瞬間手足に力を込めたみたいだけど、私が抑え込んでいるから動かせず、もぞもぞ動く感じになってる。

 

 「単純な筋力じゃ私に勝てないから、諦めて。このまま朝日が昇って日光浴して死ぬのが嫌なら、私の質問に答えて」

 

 すると、キッと睨み上げられた。 

 

 若干涙目に見えるから、余計に罪悪感がある。 


 「殺しなさい! 体はあんたの好きなようにされても、心までは負けたりしないんだから!」

 

 「えぇ……私そんなにひどいことしないよ」

 

 「十分してるじゃない! 裸に剥いて押し倒して、これからナニをするつもりなのよ!?」 

 

 「大声出さないでよ。誰かが来ちゃうよ」

 

 「なッ……あ、あんた、そういうことね? 人前であたしに酷いことするつもりなんでしょ!? 屈辱と羞恥であたしにヘレーネ様を裏切らせようとしているのね!? 変態! 鬼畜! 恩知らず!」

 

 う~ん、状況的に否定しきれない。

 

 人目に付きやすい大通りで下着姿にして押さえつけてるわけだから、屈辱も羞恥も感じるよね。 

 

 罪悪感がもうすごいよ。

 

 こんなに罪悪感を覚えるくらいなら、むしろ私が……この先は考ちゃダメだね。

 

 「ちょっと静かにして」

 

 「なに顔赤らめてんのよ! 興奮したのね!? あたしが肌を人目に晒しながら屈服する姿を想像して興奮したのね!? どこまで鬼畜なのあなた! サディスト!」

 

 「違うよ! さっきから何なのかな! 私の罪悪感を煽るようなことばっかり言わないで!」

 

 サディストっていうのはチェルシーみたいなのを言うんだよ。 


 私は違うよ。

 

 むしろ逆……考えない考えない。

 

 「いいから質問に答えて」

 

 「答えるくらいなら死んだ方がマシよ! 殺しなさい!」

 

 う~ん。

 

 歯を食いしばって、涙目で睨み上げて、必死に抜け出そうと藻掻いて……

 

 絶対に口を割りませんって感じがする。

 

 どうしようこれ。

 

 このまま見逃すわけにも行かないし……

 

 「ギド、助けて?」

 

 困ったらギドに相談する。

 

 これで何とかならなかったことはない。

 

 さっきから関わりたく無さそうに気配を隠してたギドを呼ぶと、物陰からギドがぬっと現れた。

 

 「なぁ。どっちかっつうと助けてほしそうなのはそっちのオカマヴァンパイアだと思うんだが」

 

 状況だけ見たらそうだと思う。

 

 「な、仲間が居たの!? 2人がかりであたしを嬲り倒そうってこと!? どこまで最低なのあなた! クズ! 下種女! 必ず報いを受けるわよ! まともな死に方は出来ないと思いなさい!」

 

 口を開くとこれだよ。

 

 何かある度に騒いで、私の思ってることとは埒外のこと言い出して、罵倒の嵐。

 

 これじゃ話が先に進まないよ。

 

 「ギド、とりあえずこのうるさい口を塞げるものはないかな。あんまり騒がれると面倒」

 

 「エリー……そりゃ完全に悪役のセリフだぜぇ……」 

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