表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/304

半ヴァンパイアは化粧を覚える

 拘束を解かれたエリーは、まずギドの案内で水場にやってきた。

 

 「あ~やっと体洗えるよ」

 

 木の陰に隠れエリーの方を見ないギド。その背後には小さな滝つぼで水浴びを始めるエリーがいる。

 

 「そうだよな。3日くらいずっと風呂どころか着替えすらできなかったもんな」

 

 ”しゅる”とエリーが服を脱ぐ布ずれの音を聞きながら、ギドは言う。

 

 ―というか吾輩(わがはい)骨だけど男なんだぜぇ? いくら見てないとはいえそんなあっさり服脱いじゃうかね?

 

 「着替えとかタオルとか持ってないや。まぁいっか」

 

 ザバザバと滝つぼの水に入っていく音が聞こえた。

 

 「はぁああ、きもちぃ」

 

 うっとりとした声を出すエリー。

 

 「タオルとバスローブは吾輩が持ってきてるぜぇ。着替えは洞窟の中にあるからよ」

 

 エリーに水浴びをさせることにした時点で、ギドはちゃんと準備していた。問題は……

 

 ―脱ぐ前に渡せよ吾輩! さすがに裸を見ながら渡すのはまずいだろぉ! いや? 行けるのか? 吾輩骨しかないし、もしや行けるのでは?!

 

 「じゃあタオルちょうだ~い」

 

 「お~う」

 

 ―まじか! まじなのかエリー! 吾輩行っちゃうよ?! 見ちゃうよ?! いいんだな? いいんだなぁ?!

 

 平気な声で返事をしていたが、ギドの内心はかなりの興奮状態だった。

 

 ごそごそと荷物をあさるギドの手は、なぜか震えていてなかなかタオルを取り出せない。

 

 ―ええい焦るな吾輩! 当たり前のように! そう当然のように行けば問題ないのだ! 吾輩スケルトンだから! 死人だからぁ!

 

 やっとのことでタオルを取り出したギドは、それをもって木の影を出る。

 

 「タオルもってきてやったぞぉ」

 

 ―サラリと、そうサラリと渡すのだ! そうすればエリーも疑問に思うことはない!

 

 ギドが前を見ると、水から出てきたエリーが近づいてくる。

 

 「ありがと。えっと、ギドでいいの?」

 

 ―おおう、隠さない! 吾輩の読み通りだ! エリーはスケルトンに裸を見られても気にしないぞぉ!

 

 「ああ、ギドでいいぞ。そういえば自己紹介してなかったな」

 

 心の中で思いっきりガッツポーズをしながら、エリーの裸体を空っぽの眼窩で眺めるギド。

 

 そんなギドの内心など知らないエリーは、タオルを受け取るとニコリと笑ってまた滝の方に戻っていく。

 

 その後姿を見て、ギドはなぜだかむなしい気持ちになっていた。

 

 ―なにをしてんだ吾輩。ご主人様にさんざんひどい目にあわされてかわいそうな奴なのに、裸を見て喜ぶ? さすがにないわ。

 

 ギドは常識人、いや常識骨であり倒錯的な趣味は持ち合わせていなかった。

 

 ―せめてベッドの上で裸になって吾輩を誘っていたなら、喜んで飛び込んだのになぁ。野外はない。ないない。

 

 正気を取り戻したギドは、また木の陰に入りエリーの方を見ないようにしたのだった。

 

 

 

 

 水浴びをして体を洗い終えたエリーは洞窟にもどり、ギドの部下たちがカッセルの町から奪ってきた服に袖を通す。

 

 ―白いカッターシャツ? これ男物かな? まぁいっか。

 

 ギドの部下たちは、カッセルの町長の家から変装に使えそうなものをすべて奪って来ていた。化粧台の上にあるものすべてではない。化粧台ごと奪ってきた。衣類もクローゼットごと奪い取った彼らは、とても満足気だった。

 

 洞窟の中にぽつりと置かれたクローゼットの中から服を選び、その隣にある化粧台の鏡を見ながら服を着ていくエリー。

 

 ―さすがに下着は女物がいいな……あったあった。あとはズボンと上着を探して……

 

 一通り服を着たエリーの姿は、黒い皮の靴に紺色のズボン、白いカッターシャツの上に紺色のジャケットという姿だった。

 

 「ギド。着替え終わったよ」

 

 「よし、こっちに来て水晶に触れ」

 

 ギドはエリーの姿を見て”なんで男装なんだぁ? まぁ町長男だったし、男の服が多く入ってたせいだろうなぁ”と一人納得していた。

 

 「この水晶って、自分の状態が解るやつだよね?」

 

 その水晶は自分の状態やスキルを確認するためのもので、かなり値が張る代物だった。

 

 「おう、これも町長の家にあったのを部下が持って帰ってきてたんだ。金目の物を見つけたら、海賊なら奪っちまうよなぁ」

 

 ギドは満足げにそう言ったあと、水晶を差し出して続ける。

 

 「ヴァンパイアレイジを使ったまま触るんだぜぇ? たぶんエリーも知らねぇスキルがあると思うからよ」

 

 「そうなの? わかった」

 

 ―ヴァンパイアレイジ……

 

 自分がヴァンパイアに近づくのを感じ、体中を駆け巡る力の奔流にエリーは驚いた。

 

 「う、うわぁ、すご、なにこれ?」

 

 「ヴァンパイアレイジってのはハーフヴァンパイアなら誰でも持ってるスキルなんだけどな。どれだけヴァンパイアに近づけるかは、使い手のコンディションに依存するんだ。ちゃんと血を飲んでいればそのくらいは力を得られるんだぜ」

 

 「そっか、じゃあ今は、血を飲まずに使ってた時よりヴァンパイアに近づいてるんだね」

 

 ―なんで血を飲まなかったんだっけ? う~ん思い出せない。血がおいしいって知らなかったからかな?

 

 「ほれ、触れ」

 

 ギドの差し出す水晶に、右手で触れる。

 

 「どうだ?」

 

 エリーは自分のスキルを確認する。今まで持っていなかったスキルを一つ見つけた。

 

 「んとね……指尖硬化(しせんこうか)っていうのがあるよ。今までなかったスキル」

 

 「あ~指尖硬化か。じゃあ魔法はエリーには無理だな」

 

 ―ていうか指尖硬化ってなに? 今までなかったスキルがなんであるの?

 

 「ねぇギド、指尖硬化ってなに?」

 

 「ああ、”指の先から第3関節の手前までを硬く”して、”指先を爪と同化させてとがらせる”スキルだ。使ってみな?」

 

 ―指尖硬化……

 

 エリーの両手の指が、第三関節から先が黒く変色し爪が埋没する。そして指先が鋭く尖り、第1、第2関節が動かなくなった。

 

 ―うわぁすごい。指が付け根しか動かせない!  あとすっごい尖ってる!

 

 「体を硬化するスキルってのは珍しくねぇし使いやすいスキルだ。だが指尖硬化はちょっとピーキーなんだよなぁ」

 

 「ピーキーって?」

 

 指を硬化させたまま指の付け根だけで、手をを開いたり閉じたりしながらエリーは問う。

 

 ―指真っ黒だぁ、爪じゃなくて指先そのものが尖ってて面白い! 悪魔の指みたい!

 

 「限定的な状況では有用だが、その状況以外では使い物になんねぇって意味だ」

 

 「え……」

 

 ―かっこいいのに……使い物にならないの……?

 

 「そんな絶望したような顔すんな。剣とかを握って戦うならかなり使いにくいが、素手の戦闘なら結構使えると思うぞ」

 

 「そうなの?!」

 

 ―やっぱりかっこいいだけじゃなくて強いほうがいい! 私この指で戦いたい!

 

 エリーの内心の興奮は、意思の光を失った瞳からにじみ出ていた。

 

 「あ、ああ。吾輩が素手の戦闘をおしえてやるよ」

 

 ―やった! 私のかっこいい指で獣や魔物をいっぱい引き裂くんだぁ!

 

 「ギド大好き! 愛してる!」

 

 骨しかない自分の胴体に抱き着き嬉しそうにするエリーを見て、ギドは戦慄した。

 

 ”エリーを偏愛してしまっているご主人様に見られたら、吾輩の心が折れるまで罵倒されるに違いない”そう思った。

 

 「やめろぉ! ご主人様に見られたら吾輩が大変なことに」

 

 「あたしに見られたら、何?」

 

 ギドは背後から、今一番聞きたくないその声を聴いた。

 

 「あ、ちっ違うのだご主人様! これはそういう意味のアレではなく」

 

 「ギドの……」

 

 「え、あの話を聞けご主人様」

 

 「ギドの裏切り者おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 「ちがうんだあああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 


  ギドの心を叩き折り洞窟の隅に捨ててきたホグダは、エリーを化粧台の前に座らせ話しかける。

 

 「エリー、その恰好似合ってるわ」

 

 ―昨日はいじめすぎたかもしれないわね。とりあえず機嫌を取って怖がられないようにしないと……

 

 「ありがと。えっと……」

 

 「ああ、まだ名乗ってなかったわね。あたしはギド……あの腐れ変態ド畜生スケルトンのご主人様で、ホグダっていうの。これでも昔は名の知れた死霊術士だったのよ」

 

 「ギドのご主人様?」

 

 ―ご主人様……ごしゅじんさまぁ?! 

 

 ホグダはエリーが自分のことを”ご主人様”と呼んだことを、一瞬遅れて理解した。疑問形であったことやそのまえにあった従僕の名前などは無視し、エリーのご主人様呼びだけを頭の中で反芻(はんすう)した。

 

 「そ、そう、ご主人様よ。あたしはご主人様なの」

 

 ―ホグダさんとかホグダ様とかより、ずっといい呼ばれ方ね! このまま行きましょう!

 

 「ご主人様」

 

 エリーはあまり意味を考えずにホグダをそう呼んだ。自身と目の前のゾンビとの関係性を決めてしまう呼び方であったが、そこまで深く考えることはなかった。

 

 「なぁにエリー?」

 

 エリーに”ご主人様”と呼ばせて悦に浸るホグダは、甘い声で返事をする。

 

 「化粧台でなにするの? お化粧するの?」

 

 誰にも会わないような山奥で化粧をする意味が解らないエリーは、ホグダにその疑問をぶつける。

 

 「あたしたちはまた王都に行って、ギルバートを連れてくることが目的なの」

 

 ホグダは順序立てて説明する。


 「うん」

 

 「でもまたボーンパーティ……あの海賊船で突っ込んで行っても対策されていると思うから、今度はこっそり王都に入るの。だからあたしたちがゾンビやハーフヴァンパイアだってバレないようにしなきゃいけないわ」

 

 「それでお化粧?」

 

 「化粧というより変装ね。王城にはエリーの顔を知っている人がいるだろうから、化粧して顔の印象を変えないといけないの。今日はその化粧の練習よ。今エリーが着てる男の服も変装として使えるから、王都に入る時はその恰好で行きましょうね」

 

 「わかった」

 

 エリーの素直な反応に”うんうん”とうなずくホグダ。だらしない表情になっているが引き締めることはできなかった。

 

 「ギドは変装しないの?」

 

 「腐れ変態ド畜生スケルトンは化粧じゃどうしようもないでしょう。骨しかないのに化粧しても、せいぜい汚い骨がケバイ骨になるだけよ」

 

 エリーは洞窟の奥に捨てられたギドが、いっそう落ち込んだように見えた。

王都潜入まであと1話か2話ほどかかると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ