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悪魔か死神。あるいは

 グイドに到着した私たちは、真っ先に門番の兵士さんに、ザインさんとグラブス達を引き渡した。

 

 大慌てで詰所や駐屯所に走り出したり、身柄を拘束したりしてあわただしい。

 

 ユルクさんやステラちゃんも、観光どころじゃない感じ。

 

 それでも着々と手続きとか尋問とか事情聴取とかが進んだらしくて、グイドに着いて2日経った頃には、ユルクさんやステラちゃん、モンドさん、スコットさん、クレアさんは開放された。

 

 やっとグイドの観光ができるってステラちゃんは喜んで、モンドさんを引っ張って、スコットさんやクレアさんも連れて遊びに行った。

 

 私はそれどころじゃなかったけどね。

 

 グイドに来て、グエン侯爵の依頼を片付けたわけだから、当然会うことになる人物がいる。

 

 「久しぶりだな」

 

 黒い生地に高そうな装飾が付いた服と、短い金髪に、堀の深い顔とお鬚。 


 ジョージ・グエン侯爵。

 

 疲れた顔してるけど、ホッとしたような表情だった。

 

 「お久しぶりです」

 

 侯爵と言えば貴族。

 

 王城で何人もの貴族の人とお話して、礼節をわきまえた私は、こんなところで変に緊張したりはしない。

 

 「グエン侯爵様もお変わりなくお元気そうで、お慶び申し上げます。このような服装での面会となりましたこと、心よりお詫び申し上げます」

 

 どう?

 

 1年前の私とは、貴族の人達への対応能力が桁違いのはず。

 

 一通りの挨拶の作法をこなしてから、頭を上げてグエン侯爵を見る。

 

 ニヤっと笑ってた。

 

 私も釣られて笑いそうになったけど、ここで笑っちゃダメな気がする。

 

 「ほう? 色々身に付けたみたいだな。だがまあ俺相手には必要ない」

 

 グエン侯爵はズイっと顔を近づけて、小声でこう言った。

 

 「お前が捕まえたザインから色々と聞きだした。お前も詳しい事が知りたいなら付いて来い」 

 

 「どこに行くんですか?」

 

 「前に一緒に酒を飲んだ店があるだろ。あそこだ」

 

 そう言えばそんなことがあったね。

 

 あんまりよく憶えてないけど。

 

 というかグエン侯爵は妻子持ちなのに、私をお酒に誘って良いのかな。

 

 一応女なんですけど。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラフォードの森で亜人種を襲っていた4人は、グラブスと、ガーダー、ネクト、ミルドという名前なんだそうだ。

 

 4人はグイドの町の住人で、全員未成年。

 

 グイドには一か所治安が悪い区画があって、そこに4人で入り浸って喧嘩したり恫喝したり盗みをしたりしてたらしい。

 

 親が居ないとか、虐待を受けたとか、ものすごく貧しかったとか、そう言う背景はないらしい。

 

 大した理由があるわけでもなく、ただ悪い事が楽しいからやるって感じだった。

 

 子供が悪戯を愉しむ。

 

 それの延長線みたいな感じなんだと思う。

 

 グイドが交流特区化を始めてすぐの頃、そんな4人の前にザインさんが現れた。

 

 「お前らにちょうどいい儲け話があるんだが、乗らないか?」

 

 ザインさんはそう言って、4人をブラフォードの森の襲撃者に仕立て上げた。

 

 亜人種の女性を攫って、誰かに売ってお金にするつもりだったらしい。

 

 売る相手はグイドに住んでる領地を持たない貴族の、ラッド・クエンタン男爵。

 

 グエン侯爵の代わりに、グイド周辺の村を治めてる人。

 

 グエン侯爵が言うには、クエンタン男爵は滅茶苦茶いい人らしい。

 

 クエンタン男爵は裏取引の監視もしてて、そういう悪い取引の情報網を持っている。

 

 あたらしい取引が持ちあがったら真っ先に買ってみて、どんなものを売買しているのかを直接目で確認して、物によってはそのまま売買を黙認したりする。

 

 そして今回の商品は、亜人種の女性。

 

 グエン侯爵に売買の内容を説明して、なおかつザインさんが流した亜人種の女性は全員買い占めて何があったのかを聞いたり、クエンタン男爵の家なんかで休ませたりしてた。

 

 でも買い占めることは出来ても、誰が売りに出してるのかがわからなかった。

 

 だからグエン侯爵とクエンタン男爵は、裏取引からじゃなくて襲撃者の方から、亜人種売買の犯人捜しをしようとした。

 

 結果出来上がったのがブラフォードの森の護衛依頼だそうだ。

 

 お酒をチビチビ飲みながらグエン侯爵から聞いた話は、こんな感じ。

 

 もはや愚痴だった。

 

 「本当に最悪だったんだぞ。ラッドの奴が、他のいかがわしい店や性悪貴族に買われてからでは遅いから私が買う、と言って亜人種の女性を買い占めたんだが、おかげで俺まで評判が下がりそうになった。グイドは亜人種を奴隷として売りさばくために交流特区化しただのと言う話になれば戦争すら起きかねない。全く危ない橋を渡ってくれたもんだ」

 

 「はぁ。そう言う風に思われちゃうと、エルフやワービーストの国が怒るでしょうね」

 

 「クレイド王国からも戦争を引き起こしかねない重大な犯罪だと糾弾されるかもしれないんだ。全く……ラッドめ、他のやり方は無かったのか」

 

 「そうですね」

 

 「だがまぁ捕まった亜人種の女性は、ラッドのおかげで無事だ。死人がたくさん出たし心まで無事とは言えないだろうが、捕まって売られた後にも酷い目に合わずに済んだのはラッドのおかげかもしれない。だから強く文句が言えん」

 

 「結果的にはいい手だったのかもしれないですね」

 

 「そもそも俺の治めるグイドでこんなことが起きたこと自体が納得いかない。治安がいい町だと思っていたが、そうじゃないのか? お前どう思う?」

 

 「治安の悪い区画があるんですから、治安が滅茶苦茶いいとは言えないんじゃないですか?」

 

 「治安の悪い区画が1つあるだけで、他の区画の治安が1段階良くなるんだ。だからあえてそうしているし、一応兵士が見回っているから、ここまで大きな事件が起きたことは無かったんだ。なのに交流特区化の話が出たとたんこれだ。もっといい方法を探さなければならん。はぁ……」


 グエン侯爵、私と話をするつもりでお酒を飲む店に来たと思ってたけど、そうじゃないね?

 

 お酒飲みながら愚痴を言いたいから私をここに連れてきたね?

 

 もう私はそう確信したよ。

 

 言わないけど。

 

 これは朝までコースっぽい……

 

 ヘレーネさんがこの町にに居るかもしれないと思うと、私は気が気じゃないよ。

 

 ギド、早めに戻ってきて……

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ザインはその日の夜、留置所に居た。

 

 たった1人で、薄っぺらいボロのみを身に付け、鉄の柵の奥で、鎖につながれている。

 

 「クソ……」

 

 暴れても無駄だと見ただけでわかるほど鎖は太い。

 

 逃げ出す方法が何も思いつかない。

 

 イライラと恐怖とグラブスら4人への怒りが内側から身を焦がし続け、この牢屋から出るその日を待つしかない。

 

 ザインの罪への罰は、死刑だった。

 

 重い罪には重い罰をと、グエン侯爵が言い渡したのだ。 

  

 処刑は2日後。 

 

 誰にも看取られることなく、断頭による死刑が決まっている。

 

 「どうして俺が……あのくそガキ共がもっと強ければ」

 

 ぶつぶつと独り言を漏らすが、聞く者は居ない。

 

 この留置所は無人なのだ。

 

 地下に作られたこの留置所からは、脱出するには地上への階段を登る他無い。

 

 そして1つしかない出入口は、外側しか開けられないのだ。

 

 しっかりと閉められた扉の奥は、密室と言える。

 

 ザインが処刑されるその日まで、ここに人の出入りは無い。

 

 「あいつら……あの薬で強くなっていたはずだ。どんな怪我もすぐに治癒するはずだ。それなのに冒険者1人に負けた? ありえない。ふざけるな。今になって怖気づいたのか? クソガキ共が……」

 

 ザインに出来ることと言えば、これだけ。

 

 呪う言葉を吐きだすだけ。

 

 だが、その瞬間からザインは呪いを吐きだすのを辞めた。

 

 ガチャリと言う金属の重低音が留置所に響いたのだ。

 

 音の正体を考える必要はなかった。

 

 留置所の出口が開いたのだ。

 

 ザインの胸の内に、期待が渦巻いた。

 

 薬をくれた蠱毒姫が助けに来てくれたのかと、考えずにはいられない。

 

 扉が閉じられた音は無く、代わりに響くのは足音。

 

 カシャ、カシャ、カシャ

 

 鎧を着た人間の足音だ。

 

 ザインにとっては聞き慣れた音。 


 光源が小さな月明かりしかない中、彼は現れた。

 

 「ザイン」

 

 うっすらとしか見えない物の、人影のシルエットはまさにバーゴップ一座の鎧そのもの。

 

 体格と、一般の団員よりも豪華な装飾の付いた兜の形は、まぎれもなくその人物だ。

 

 「っ……と、頭領? い、いや、違う。誰だ!」

 

 「ザイン……某は、そんなにも頼りなかったのか……そんなにも、貴様に恨みを買っていたか……」

 

 唐突に現れたウォーマーは、両手でザインを閉じ込める牢屋の柵を掴む。

 

 ギギ、ギギギと鉄の歪む不快な音が響き、ゆっくりとねじ曲がっていく。

 

 「死んだ! あんたは死んだはずだ! なんでここに居る!? 何が目的だ!」

 

 ザインはジャラジャラと鎖を鳴らしながら牢屋の壁に背中を付け、怯えをあらわにして叫んでいた。

 

 だがウォーマーがここに現れた理由など、聞くまでも無いことだ。

 

 「某は、一座を大事に、していた……少なくとも大事に思っていたのだ。どうして、裏切った……」

 

 捻じ曲げられた柵から、1歩中へ。

 

 腰を入れ、

 

 肩を入れ、

 

 頭を入れ、

 

 もう1歩中へ。

  

 「答えるのだ、ザイン」

 

 かわいそうなほど怯えたザインは、恐怖が振り切ったかのように地団太を踏んで怒鳴る。

 

 「あ……あんたつまんねぇんだよ! 何が信用だ! 傭兵なんざ時代遅れもいいところだろうが! 馬鹿真面目にふるまったところで大した金も入らねぇだろうが! 金が欲しい自由が欲しい権力が欲しい! そう思って何が悪い! 部下1人満足させられないお前が悪いんだろうが! お前は死んだ! 死んだんだ! だから俺の目の前から消えろ亡霊野郎!」

 

 黙ってザインの言葉を聞いたウォーマーは、ザインが怒鳴り終え、息を切らしたところで動き出した。

 

 兜を手に取り、外して床へ放る。

 

 カコンと軽い音が響き、その貌をザインへと晒す。

 

 「ぁ」

 

 死人の顔と言うのは、一目でわかる。

 

 開き切った瞳孔と生気の無い肌は、わずかな月明かりを持ってザインの視界へと放り込まれた。

 

 なにより首に開けられた大きな傷が、ウォーマーが生きていないことを強く印象付けた。

 

 「もうよい。よくわかった」

 

 カシャ、と音が鳴る。

 

 「近づくな! 来るなあ!」

 

 カシャ

 

 「止めろやめろ止めろ止めろ!」

 

 カシャ 

 

 ミチ、ミチミチ

  

 「ア、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、ガ」

 

 ブチリ

 

 ゴト、と鈍い音が鳴った。

 

 わずかな水音が、静かな留置所の中を嫌に響く。

 

 

 

 

 

 

 留置所の独房の中、月明かりすら当たらない暗闇から、乳白色が浮かび上がった。

 

 「意外だぜぇ」

 

 「何がだ」

 

 「あんたがそんなに強い恨みを持つことがだ。あっさりと死ぬことを受け入れそうな印象を持ってたんだぜぇ? 吾輩はよ」

 

 「裏切られて死ねば、誰だってこうなる。貴公なら知っていそうなものだ」

 

 「吾輩が? 吾輩は裏切られて死んだりしてねぇからわからねぇよ」

 

 「……死神か悪魔なのだろう? 某のような者をたくさん見てきたはずだ……某をこの後地獄かどこかに送るのだろう?」

 

 「吾輩を何だと思ってんだぁ?」

 

 「……そうか。別の何か、なのだな」 


 「見ての通りの頭蓋骨だが?」

 

 「某には死神に見える」

 

 「ハハッそんないいもんじゃねぇよ」

 

 頭蓋骨が言葉を切り、ウォーマーはその沈黙を共にした。

 

 そして、ウォーマーの足元に紫色のペンタグラムが広がる。

 

 小規模の死霊術にふさわしい、直径1メートルも無いような小さなペンタグラムだ。

 

 「言い遺すことは?」

 

 「……ない。今は途方もなく空虚な気分なのだ」

 

 「そうか。まぁアレだぁ……安らかに眠れると良いな」

 

 「ありがとう」

 

 頭蓋骨は浮遊するのをやめ、地面に下あごと後頭部の骨を付ける。

 

 するとウォーマーの体が真っ黒の炎に包まれた。

 

 ボァッと音が鳴り、ペンタグラムが消失し、ウォーマーの体が燃えながら、力を失ったように倒れ込んだ。

 

 真っ黒の炎はたっぷり2時間ほど燃え続けた。

 

 無残に引きちぎられ、切断されたザインの首が見守る中、燃えに燃えた。

 

 そして炎が消えると、そこにはウォーマーの鎧も、服も、肌も、肉も無い。

 

 あるのは白い骨だけだ。

 

 数秒後、真っ白なウォーマーの骨は、独りでにゆっくりと動き出す。

 

 カチャ、カチャと、感触を確かめるように体を動かし、慣らし、そして立ち上がる。

 

 浮遊していた頭蓋骨を丁寧に抱えると、牢屋のねじ曲がった柵から1歩、外に向かって歩く。

 

 頭蓋骨を抱えた骸骨が出て行った後、無人の牢屋の中には、ザインの体と、切断された頭部と、バーゴップ一座の頭領の証である、立派な兜だけが残っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] どう?ってドヤってるエリーめちゃくちゃ可愛いです笑笑
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