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血に飢えながら

 いっぱい殴られて、内臓がつぶれた。

 

 再生。

 

 骨が折れた。

 

 再生。

 

 大きな痣がたくさん出来た。

 

 再生。

 

 いっぱい吐血した。

 

 再生。

 

 目を斬られて失明した。

 

 再生。 


 腕が捥げた。

 

 再生。

 

 爪を剥がされた。 


 再生。

 

 鼻血がたくさん出た。

  

 再生。

 

 剣で足の健を斬られた。

 

 再生。

 

 剣で刺された。 

 

 再生。

 

 グラブスが私から興味を失ったタイミングで、一気に再生を始める。

 

 目だけは時間がかかるけど、それ以外は一気に全再生する。

 

 ものすごくエネルギーを使う。

 

 とんでもなく血に飢える。

 

 喉が痛いほど渇く。

 

 血嚢が血を求めて疼きまくる。

 

 ヴァンパイアに近づいて

 

 通り越す。

 

 目が見えなくても、音と匂いでグラブスや他の襲撃者とモンドさんの位置がはっきりわかる。

 

 感覚が鋭敏になりすぎて頭がパンクしそう。 

 

 だけど、これでいい。

 

 これはこれでいい。

 

 ものすごくよくわかる。

 

 グラブスがナイフを抜く音。

 

 金属の匂い。

 

 モンドさんの嫌な汗の匂い。

 

 グラブスの息遣い。

 

 足音。

 

 目の再生は間に合わないみたいだけど、十分だ。

 

 「じゃあな」

 

 私はグラブスがそう言った瞬間、グラブスのナイフを持つ手をめがけて動き始める。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 血まみれでうつ伏せに倒れ込んでいたエリーは、グラブスがモンドへナイフを振る瞬間に、飛び出した。

 

 ”ヒュ”とナイフが風切り音を放った瞬間、グラブスの手首を握りつぶす。

 

 グラブスが自分の身に起きたことに気付く前に、力任せに、握りつぶした手首を引いて大きくぶん回す。

 

 「ぇぇえあ!?」

 

 砲丸投げのようにエリーに振り回され、グラブスの間抜けな悲鳴が響いた。

 

 そしてまさしく砲丸投げのように、エリーはグラブスを細長い襲撃者めがけてぶん投げる。

 

 ”ドォン”という低くも大きな音を立て、2人は衝突し、そのまま街道の端の木の幹にぶち当たった。

 

 「ふ……ふざけブハッ」

 

 とっさに、不用意にエリーに近づいた肉ダルマは、目に見えないほどの打撃を受け、一撃で失神する。

 

 殴られたのか蹴られたのかすらわからないまま、グシャリとその場に倒れ込んだ。

 

 そして最後に残った女の襲撃者は、狼狽えた。

 

 狼狽え、自分と一緒にモンドを無理やり立ち上がらせ、首にナイフを突きつける。

 

 「う、動くんじゃないわよ! ほんとにこいつ殺すわよ!?」

 

 しかし次の瞬間、女の手からナイフが忽然と消えた。

 

 「え?」

 

 ナイフの行方はすぐにわかった。

 

 エリーの手の中に在った。

 

 一瞬。

 

 目にもとまらぬ速度で、一瞬の隙に、エリーは女の手からナイフを奪っていたのだ。

 

 「あ、あ」

 

 武器を奪われた女は、怯えながらモンドを盾に後ろへ踏み出す。

 

 そして

 

 「うぇえあ゛ッ」

 

 ありえないほどの速度でエリーに接近され、横方向へ弾き飛ばされ、気を失った。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解決は一瞬だった。

 

 殺される直前だったはずなのに、気付けば襲撃者は全員気絶して、俺は無傷。

 

 そしてエリーも、血まみれで下半身が漏らした小便でビショビショで、目からダラダラ血が流れ出ているが、弱っている感じが一切なくなっている。

 

 捥がれた腕も切られた足も無事なのが気にかかるが、それより目だ。

 

 目は治るのか?

 

 失明したままなのか?

 

 そしてなんでいきなり傷が治って元気になったんだ?

 

 とりあえず、呼んでみる。

 

 「エリー?」

 

 そう呼ぶと、エリーは俺の方に顔を向けた。

 

 やっぱり目が見えてないらしい。

 

 俺の顔の方を向いている気がするが、よく見ると俺の顔の右横を向いてる。

 

 「……あぁ、モンドさん。良かった。間違えて殴ったりしてたらどうしようかと思った」 

 

 それだと俺じゃなくて俺の斜め後ろの木に話しかけてるぞ。

 

 あとそんなこと言ってる場合じゃないだろ。

 

 「目は大丈夫なのか? いや大丈夫なわけないけど、その、治るのか? 見えないんだろ?」

 

 俺は一度、交流特区に居た頃、エラットに槍で貫かれた傷がすぐに治ったのを見ている。

 

 なんでそんなに治癒が速いのかは知らない。

 

 要はエリーの体の傷が一瞬で治ったことに、そんなに驚きはしてないってことだ。

 

 だけど目がまだ治ってないのは見てわかる。

 

 血涙が滝のように流れ出て、両頬が真っ赤に染まってる。

 

 そんな状況なのに、エリーはちょっと微笑んで答えた。

 

 「大丈夫。そのうち治るよ」

 

 「そ……そうか」

 

 治るのか。

 

 普通は治らないよな。

 

 治癒が早すぎるし、捥げた腕まで生えたのはどう考えてもおかしい。

 

 やっぱり、エリーは……

 

 「エリー、お前やっぱり」

 

 「……うん。多分、モンドさんの思ってる通りだよ」

 

 「……体の傷を治すスキルを持ってるんだよな」

 

 「……へ?」

 

 ”へ?”ってなんだよ。

 

 そんな間抜けな声出すようなことは言ってないぞ。

 

 というかそれしかないだろ。

 

 「体の傷を治せるスキルを持ってるから、グラブスや連中が隙を見せるまで好きなように嬲られてたんだろ? で、隙が出来たから再生させて、その隙を突いて倒した。そうなんだろ?」

 

 「え……あ、うん」

 

 なんでキョトンとしてんだよ。

 

 図星突かれてびっくりしたか?

 

 エリーはちょっと考えた後、その場に座り込む。

 

 俺も座り込む。

 

 するとエリーは、俺に向かって頭を下げた。

 

 「ごめんね」

 

 いや何がだよ。

 

 助けてくれたんだし、謝ることないだろ。

 

 「俺の方こそ、すまなかった。俺が人質に取られたりしなかったら、エリーもそんなボロボロにならずに済んでた。無茶して悪かった」


 「あ、うん。それは全然いいの。気にしないで?」

 

 気にするだろ無茶言うな。 


 「とりあえず、目、治るんだよな。それまで大人しくしとこう」

 

 「うん。襲撃者も4人しかいないらしいし、あの4人を縛り上げたらもうブラフォードの森は安全になるよね」

 

 ……あ。

 

 「いや、まだ残ってる。バーゴップ一座のザインってやついただろ。あいつ、この襲撃者の仲間だ。エリーがグラブスを追った後、ザインの合図で3人が現れたんだ」

 

 「え? あ、そうだったんだ。捕まえないといけないね。今どこに居るのか、知ってる?」

 

 おいおい軽いな。

 

 でもまぁ正直さっきまでの危機的な状況のせいで俺もテンションがおかしいし、人のこと言えねぇわ。

 

 「ザインの居場所はわからん。爺さんやステラ、スコットにクレアさんは、荷車ごと逃がしたんだが、どこに逃げたのかもわからん」

 

 そして今思うと俺無能だわ。


 かっこつけて全員逃がして、俺1人だけで時間稼ぎしようとして、エリーに助けられて、襲撃者の黒幕と逃がした仲間の居場所が全く分からなくなっちまってる。

 

 うわ。

 

 「エリー。一発殴ってくれ」

 

 「な、なに? どうしたの?」 


 「自己嫌悪ってやつだ。なんか殴られたくなったんだよ」 


 なんて会話してる場合でもないな。

 

 「ザインを追いかけるにしても、まずこの4人をどうにかしないとな。拘束するにしたって、縛るもん無いぞ」

 

 「んと、ズボンの腰ひもとか靴ひもとか、あとシャツとか、あとは私のポンチョがあるよ。あと森に蔦があればそれでも縛れる」 


 「流石冒険者。発想が一般人とは違うな」

 

 「ありがと。とりあえず私の目が治るのにもう少しかかるから、それまで一緒に居てほしいな。目が見えないとちょっと不安だから」 

 

 それくらい構わない。

 

 エリーの目が治るより先にグラブスたちが目を覚まさないといいんだが……

 

 「おう。いいぞ」

  

 とりあえず承諾する。

 

 するとエリーは、ふと俺から距離を取る。

 

 一緒に居ろって言ったのはお前だろ。

 

 「どうしたんだよ」

 

 「やっぱりちょっと離れてて。私今汚いし、臭いと思うから」

 

 ああ、漏らしてたもんな。

 

 別にあの状況ならしょうがないと思うけど、やっぱ気になるのか。

 

 「着替えは持ってないのか?」

 

 「荷車に積んでたんだよ」

 

 「あ~、脱ぐわけにも行かないもんな」

 

 「……あ、うん。脱ぐ」

 

 ……は?

 

 「は?」

 

 「あっち向いてて」 

 

 「マジで脱ぐのか!?」

 

 「脱ぐよ。気持ち悪いもん」

 

 おいおいおいおい。

 

 マジかよ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 エリーが脱ぐ宣言をしてしばらく。

 

 衣擦れの音だけが聞こえる時間が、俺の居心地を最悪にしてくれた。

 

 そして

 

 「はい、終わったよ」

 

 と声がかかる。

 

 振り向いていいってことか?

 

 いや、振り向かないわけにもいかんけど、どうなんだ?

 

 というかなんだこの状況。

 

 ええい、考えるな!

 

 「振り向くぞ!」

 

 「はいどうぞ」

 

 意を決した俺は、バッと後ろのエリーへと向き直る。

 

 するとそこには、衣服をはぎ取られたグラブスと、毛皮と皮革のがっしりとした森用の装備をしたエリーが居た。

 

 ああ、なるほどな。

 

 「言えよ!」

  

 「何を?」

 

 「何がとは言わんが言え!」

 

 「????」

 

 首傾げやがって。

 

 わざとか。

 

 あと目も治ってるみたいだ。

 

 瞼がちゃんと開いていて、いつものエリーの目が見える。

 

 「あとはザインさんを捕まえるだけだね」

 

 そうだな。

 

 よし、切り替えろ。

 

 空元気でエリーとお喋りする時間はとりあえず終わりだ。

 

 ここはバーゴップ一座の連中の死体が転がってる街道だ。

 

 いつまでもふざけていい場所でも状況でもない。

 

 「よしエリー、ザインは任せた。俺は戦力外だ。こいつら4人をふん縛って、引きずって後を追うわ」

 

 「私、自分のことをこんなにきっぱりと戦力外宣言する人初めて見たよ」

 

 エリーはそう言って少し笑ってから、スッと表情を引き締める。

 

 「任せて。必ず捕まえて、みんなを守って、グエン侯爵の前に引きずり出して、たくさん報酬貰って帰るんだから」 

 

 おおう。

 

 なんかアレだな。

 

 迫力あるわ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字だと思われるところ286話と一緒に報告させていただきます。 ______________________________ 286話 ・グラブスはエリーの横にしゃがみこむと、エリーの髪を掴…
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