詰み
グラブスを打倒し、街道に置いてきた一行を探すエリー。
森の中から街道へ躍り出て、グイドの方へ走り抜ける。
すると、目的のものとは違うものを見つけることになった。
首から致死量以上の血を流して倒れているウォーマーと、同じく絶命したバーゴップ一座の傭兵たちの姿。
グラブスと同様の服装の細長い男に、背の低く太い男に、エリーと同じくらいの体格の女。
そして気絶しているモンドと、近くの地面に転がる機械槍。
発見と同時に、エリーの胸がざわざわと騒ぐ。
胸の中を毛虫が這いまわっているような不快感は、エリーから冷静さを少し奪った。
不快に表情を歪めたエリーは、速度を増しながらモンドとモンドを囲う襲撃者へと向かう。
襲撃者たちがエリーの接近に気付くと同時に、エリーは剣を振り抜いた。
「このっ」
「うお!?」
刃が細く背の高い襲撃者の服を切り裂き、肌を突き抜け、内臓に切れ込みを入れ、骨まで削る。
しかし断ち斬るまではいかなかった。
血をまき散らしながら斬られた方向へと飛ばされ、まず1人が失神した。
「は、は!? なんだよお前! どうなって」
「あ、あんたはグラブスがやっつけたはずじゃないの!?」
あっという間に1人削られたことに、背の低く太い襲撃者と女の襲撃者は驚愕の声を上げる。
しかしそんなことでエリーが止まることは無い。
むしろそれを好機と見たエリーは、背の低く太い襲撃者のがら空きの腹へ、渾身の後ろ蹴りを叩きこむ。
「ハァッ!」
「ぐぼぇあ!」
エリーの踵が鳩尾へと吸い込まれるように直撃し、深くめり込み、それでも吸収しきれなかった破壊力は、襲撃者を後方へと吹き飛ばす。
エリーは見せつけたのだ。
スコットやクレア、ユルク、ステラを害そうとしたこと。
そしてモンドをを害したこと。
死体をいくつも見せつけてくれたことへの怒りと、襲撃者と自分との実力差を。
ギョロリと眼を動かし、ゆっくりと首から体を振り向かせ、最後に残った女の襲撃者を睨む。
そして最後に残った女の襲撃者は
「……動くとこいつ、殺すわよ」
気絶しているモンドを羽交い締めにし、首にナイフの切っ先を突き付けていた。
”ドサ”と言う音で目が覚めた。
あの襲撃者に殴られたところまでは覚えている。
死んだかと思ったが、生きていた。
気絶しただけらしい。
意識がはっきりとしてくる。
音の正体は、剣だ。
鞘から抜かれないまま地面に転がっている。
よく見てたわけじゃないが、アレはエリーが腰につけてた剣だ。
エリーが来たのか?
間に合ったみたいだな。
今頃襲撃者3人もエリーが倒してるか、もしかしたらまだ戦ってるか。
俺が生きてるうちに来てくれたんなら、俺が死ぬ気でこの場に残った意味が……
「え゛ぐぁ……」
「おらもう1発ぅ!」
「お゛お゛ッ、ぁ」
「しぶといなこの女」
「好きなだけ殴れるんだから良いだろ」
……なんで、エリーが負けてんだよ。
羽交い絞めにされて、好き放題殴られてんだよ。
なんで剣すら抜かずに……
「ねぇ。こいつもう起きてるみたい」
女の声が頭の後ろから聞こえた。
地面に座り込んだ俺の後ろにしゃがみこんでいるらしい。
俺の両手を後ろ手に、左手で固定している。
そして右手は俺の前に回されて、手に握られたナイフが俺の首に向けられてる。
……なるほど最悪だ。
俺が人質になってるってことか。
最悪すぎる。
正直今でもエリーがこいつらに負けるなんて考えられん。
てことはエリーが負けて、というか好き放題殴られてるのって、俺のせいじゃん。
俺は、とんでもない間違いをしたらしい。
そう思い至った瞬間、俺は俺らしくもないことを叫んでいた。
「エリー! 俺のことはいいからこいつらぶちのめしてくれ!」
エリーは答えなかった。
俺のことを見もしない。
下向いて口からボタボタ涎垂らして、えずくことで精いっぱいだ。
「無理無理。それが出来てたらもうやってるだろ。もう1発やってやれ。休ませんな」
「おう。行くぜぇ!」
そしてこいつらも容赦がない。
羽交い絞めにしている背の高い奴が、エリーの腕を後ろに引きながら腰を突き出して、衝撃を受け流せないようにした。
そして背の低い肉ダルマが、力いっぱいぶん殴る。
危険な角度で入った拳が、エリーのわき腹に突き刺さったのが見えた。
「うが、あ゛ぁ」
エリーの口から湿った悲鳴が漏れるように出る。
耐えきれてない。
片足がたたらを踏むように震えてる。
「やめろクソ野郎!」
「やめるわけないじゃん」
俺を捕まえている女が、笑いながらそう言った。
何がそんなに楽しいんだ。
ふざけやがって。
こいつら亜人種を攫うのが目的じゃねぇのか。
なんでこんなことしてやがる。
クソが。
思い切り体に力を入れても、びくともしない。
俺がこの女から解放されないと、エリーはずっと殴られっぱなしだ。
なのに、女相手に力で勝てない。
クソ、クソ、クソ、クソ。
「まだまだ行くぜぇ?」
「おう。おらちゃんと立てよ」
「う、ぉ」
そう言ってまたエリーの腕を後ろに引いて、腰を突き出させる。
あれじゃ腹に力入れらんねぇぞ。
わかっててやってやがるなクソ。
「オラァ!」
「んぶ、カッ」
拳が鳩尾に深く突き刺さって、エリーは一瞬固まった。
「ぁ……」
それからグシャリと崩れるように倒れ込もうとするが、羽交い絞めにしてる奴がそれを許さない。
「おい気絶したぞ。起こせ」
「わぁってるって。起きろオラ!」
そして肉ダルマが足を思いっきり後ろに引いて、それから一気に振り抜いた。
エリーの足の間から上めがけて、つま先が抉っていく。
本当に容赦ねぇなクソ。
女相手にやるかよ普通。
見ていて胸糞悪い。
そして何より、俺のせいでこうなってるってことが最悪すぎて吐きそうだ。
股間を蹴り上げられた瞬間、エリーは目を覚ました。
「アギャアアアアっ」
エリーの悲鳴と、痛みに歪んだ顔が、俺の神経を逆なでしていく。
食いしばった歯が折れそうなくらい、悔しい。
「アヒャヒャヒャヒャ! アギャーだって」
「マン蹴りなんてされたこと無かっただろ? どうだ? 感想言えよ」
「一発で目ぇ覚めるってことは、相当痛いんだろうなぁ」
そしてエリーの反応を面白がっているこいつらが、信じられないほどむかつく。
頭おかしいんじゃねぇのか?
どんな神経してたら女いたぶってそんなに面白がれるんだ。
俺が背の高い奴と肉ダルマを睨みつけていると、俺を捕まえている女が上機嫌に話し始める。
「ねぇ、あんたあの女になんか言ってやんなよ。あんたが無謀なことしたせいで、あの女はこんな目に合ってるんだからさ」
「お、いいじゃん」
「ナイスアイディア」
背の高い奴と肉ダルマも女の言うことに賛成して、エリーを俺の前に引きずって押し倒した。
エリーは抵抗できなかった。
足に力が入ってない。
頬を涎と涙と土に汚したエリーは、目だけで俺を見た。
睨むわけでも、泣くわけでもなく、むしろ酷い状況なのに、どこか気丈だ。
そうだよな。
こんなクソ共に屈するなんて、嫌だよな。
俺は絶対屈しない。
「エリー。まだ動けるなら、こいつらぶちのめしてくれ。俺は大丈夫だ。こんな奴に殺されたりしない」
俺の言葉に女が舌打ちして、肉ダルマが鼻を鳴らして、細長い奴が口笛を吹いた。
正直この女の拘束から抜け出せる自信は無いが、強がっておく。
俺が無茶して3人相手に戦おうとして、捕まって、そのせいで俺もエリーも死ぬ。
そうなるくらいなら、俺だけ死んでエリーが生き残る方がいい。
そしてエリーも弱気になった様子は無かった。
「大、丈夫、らから、無茶しないでね。こんな幼稚な子供に、負けたりしないから」
弱気にはなってない。
だけど口でそう言うだけで、やっぱり動けそうにない。
そして、エリーの言葉は危険だった。
「誰が幼稚な子供だクソアマァッ。年上だからって調子乗んなよブス!」
エリーを押さえつけていた肉ダルマが、エリーの左手をグイっとひねりながら上に持ち上げる。
そしてそのまま
ゴギャリと折った。
「い゛、ぐ……っあ」
骨が折れる音がすぐそこから聞こえて、正直ビビった。
激痛に歪むエリーの顔がすぐ目の前にあって、言いようもない衝撃と不快感が止まらない。
なのに、エリーの腕を折った肉ダルマは腕を離さない。
もう折れた腕を、さらにねじる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ッギャ、い゛があ、ああ、、あ」
折れた部分からさらに音が鳴って、肌がねじれてしわになって、伸びて、おかしな方向に曲がっていく。
俺は目の前の不快感に堪えられなかった。
「やめろおおおおおおおおおお!」
「うっさいわね! 黙りなさいよ!」
暴れる体を押さえつけられて、ナイフを持った腕が口を締め上げる。
それでも俺は、喉と鼻でうなり声をあげた。
それ以上のことは出来なかった。
エリーの悲鳴は止まらない。
腕の折れた場所が、うっ血して紫に変色する。
細くねじられていく。
そして最後には、ちぎれた。
「-------ッ」
エリーの目がグルリと上を向いたのが見えた。
だが気絶しない。
千切れたことで腕が解放されて、その腕を無理やり動かして、ちぎれた場所を顔に持ってくる。
エリーは馬鹿みたいに出血する傷口を噛んで、自分で抉って、血管を塞いで出血を止めた。
自分の顔と俺の服と周囲を血まみれにしながら、エリーは冷静に出血死を回避して見せた。
「へぇ? すげぇじゃん」
「でも状況は良くなってないぞ? 片手じゃ俺らに勝てねぇし、藻掻くのも無理だろ」
「あんたの汚い血で汚れちゃったじゃん。どうしてくれんのよ」
俺はこいつらの反応と、エリーの言葉から、なんとなく察し始めていた。
こいつらは子供だ。
顔は見えないが、声が若い。
深く考えずに、ノリとテンションで行動する。
自分のやっていることが何なのかわかってない。
小さい子供が捕まえた虫で遊ぶような感じだ。
足を捥いでみたり、羽を千切って見たりして、その後虫がどう反応するのかを見て遊ぶ。
それをこの年で、エリー相手にやってるんだ。
腹を殴ったら悶絶した。
腕をねじって折ったら悲鳴をあげた。
腕をねじ切ったら出血を抑えて見せた。
それが面白いんだ。
自分のやっていることの残酷さが理解できず、ただ面白いからやっているだけ。
きっと成人もしてないんだろう。
精神年齢が10歳にもなっていない。
本当に、クソガキ共だ。
胸糞悪すぎる。
そいつらは息も絶え絶えで、満身創痍のエリーを、面白そうに見つめて、次はどんなことをしようか考えているようだ。
そんな時、もう1人現れた。
最初に襲って来た奴だ。
仮面は付けていない。
俺の次に気付いたのは、俺を捕まえている女だった。
「あ、グラブスじゃん。仮面は? また失くしたの?」
グラブスと呼ばれたそいつは女の問いを無視して、エリーを見つけて、嫌らしく笑ってみせた。
「よぉ。その女、俺にやらせろよ」
状況が悪化していくのを、俺は見てることしか出来ない。
この感じは久しぶりだ。
自分の無力を実感する。
誰か、なんとかしてくれ。
エリーを助けてくれ。
このクソガキ共を、殺してくれ。
他人視点で主人公を虐待するのは初めてですね。
書いていて、これはこれで気持ちいいと思いました。
私の趣向は、この稚作を通してより倒錯しているのかもしれません。




