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モンドの奇策

 エリーが1人で森の中に駆けて行った後の俺たちは、意見が真っ二つに割れていた。

 

 スコット、ウォーマー、ザインは、このままグイドに進むつもりだ。

 

 「今のうちに距離を取るべきだ。ここからなら交流特区よりグイドの方がわずかに近い」

 

 「某も賛成である。エリー殿の決死の時間稼ぎを無駄にするなど、あり得ぬ」

 

 「そうです! 今ここに居る全員で荷車を押せば、馬に引かせるよりはるかに早く進むはずです。きっとエリーさんもそれを望んでいる!」

 

 そして俺とユルク爺さんとステラ、あとクレアさんは逆に、エリーの助力に向かうべきだと考えていた。 

 

 「何を言うか! ここで逃げてはゼラドイル家の恥じゃ! 荷車など捨て置け! 負傷した一座の者には護衛を残し、残りで襲撃者を追うのじゃ!」

 

 「そうよ! あたし誰かを置き去りにして進むなんて嫌よ!」

 

 「これは襲撃者を討つチャンスです。逃す手はありません」

 

 みんなそれぞれ自分の意見を言い合って止まらない。

 

 自分の意見が一番の最善策だと信じてるんだ。

 

 俺の両親もこんな感じの喧嘩は良くしてた。

 

 熱くなって、相手の意見なんか聞こえちゃいない。

 

 俺はどうなんだ?

 

 この中の誰かの意見が正しいと思うのか?

 

 思わない。

 

 というか、前提から違う気がする。

 

 エリーが1人で襲撃者の方に向かったっていうこの状況、そんなに切羽詰まってるか?

 

 ここで待ってたら、そのうちエリーが襲撃者担いで戻ってくる気がするんだが。

 

 「全員落ち着けって。あれだ、果報は寝て待てって言うだろ? とりあえずエリーが戻って来るまで待ってみよう」

 

 どいつもこいつも冷静さを完全に失ってるから、仕方なく俺がちょっと大きめの声で治めることにした。

 

 そうしたらスコットが俺を見た。

 

 「お前が一番落ち着け」

 

 なんでだよ。

 

 一番冷静だろ。

 

 でもクレアさんもスコットの味方みたいだ。

 

 「モンドさん。冷静になりましょう。この状況で何もしないというのは自殺と同義です」

 

 えぇ……

 

 エリーが負ける前提は、こいつらの中では覆せないらしい。

 

 よく考えたら、エリーが戦ってるのを間近で見たことあるのは俺だけだ。

 

 腹に槍が刺さってもすぐに治っちまって、その後過ぎにエラットをボッコボコにしてたんだけどな。 

 

 なんていうか、エリーが負けるところが想像できないわ。

 

 そして俺が考えている間も喧嘩腰の会話は続く。

 

 「ここで全滅したいのか!?」

 

 「全滅しないために言っているんです! こんな会話している時間なんてないはずなのに、誰も正しい判断をしてくれないからこうなっているんです!」

 

 そしていつの間にかウォーマーとザインの2人での言い争いになっている。

 

 まぁ珍しくも……

 

 「は?」

 

 ウォーマーもザインも、このまま進むっていう意見だったはずだ。

 

 なんで言い争ってんだ?

 

 「いいから進むのだ! ザイン! 頭領の言うことを聞け!」

 

 「ここで進むなんてありえません! エリーさんを置き去りにして我々だけ進むなど、傭兵の信頼どころか、自分たちの尊厳すら危うい! ここで引いては名が廃ります!」

 

 ザインが手のひら返してないか?

 

 最初は進むべきだって言ってたのに、いつの間に戻る波に鞍替えしたんだよ。

 

 いい加減スコットやクレアさん、ユルク爺さんやステラまで、言い争いを止めてウォーマーとザインの言い合いを見ている。

 

 「いい加減にせよ! ここでエリー殿を助けに行けば、あるいは襲撃者を討てよう。だがこちらも甚大な被害が出ることになるぞ! そうならぬためにエリー殿は1人で向かったのではないのか!」

 

 「違います! 間違っています! ここで戻らないなどと言う選択は、今後の我々の稼業の否定になる! 誰も」

 

 「命あっての物種であろうが!」

 

 「ですから!」

 

 ザインは大声で叫ぶように言って、一区切りする。

 

 その瞬間、スコットの耳が揺れたのが見えた。

 

 「まずい。囲まれた」

 

 囲まれた?

 

 なにに?

 

 俺が疑問を口にする前に、ザインが続きを言い放った。

 

 「その命を散らしてくださいっつってんですよ」

 

 ザインは兜を脱ぎ捨てて、そう言い放った。

 

 同時に、森の木々の陰から3人の新手が現れる。

 

 最初の襲撃者と服装はほぼ同じ、3人。

 

 ただし体格はそれぞれ違う。

 

 ひょろ長い奴に、身長の低い肉ダルマみたいなやつに、女。

 

 全員”SR”と書かれた仮面に、ナイフを片手に握りしめている。

 

 そして、

 

 「ゴバ、ァ」

 

 ザインもいつの間にかナイフを持っていた。

 

 今は、ウォーマーの首に刺さっている。

 

 「バーゴップ一座、しゅ~りょ~」

 

 ザインの顔は、40代くらいのおっさんに見える。

 

 そんなザインの口から、ふざけたような声と言葉が吐きだされた。

 

 それから、ウォーマーが倒れた。

 

 痙攣すらせず、動かなくなる。

 

 ザインはウォーマーを殺した。

 

 その後、やっぱりふざけた声で何か言った。

 

 「男どもは殺してくれていい。女は捕まえてくれ。よろしくぅ!」

 

 ……は?

 

 なんでお前がそいつら従えてんだよ。

 

 どうなって

 

 「モンド! 下がれ!」

 

 スコットの声が聞こえて、服の襟を掴まれて後ろに引っ張られた。

 

 背中を荷車に激しくぶつけた。

 

 痛い。 

 

 だがそんなことより、目の前の状況がよくわからん。

 

 スコットとクレアさんと、傭兵連中が、襲撃者3人と戦ってる。

 

 なんでだ?

 

 どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 モンドの目の前の戦闘は、一方的と言えた。 


 3人の襲撃者の動きに対応できるのが、スコット1人のみのせいだ。

 

 スコットが1人抑えている間に、残りの2人が残りの傭兵を殺す。

 

 クレアの援護は最初こそ襲撃者の勢いを殺したが、次第に対応され始めていく。

 

 モンドに出来たことは、荷車の陰でユルク、ステラと共に、隠れて戦闘を見ることだけだった。

 

 また1人傭兵が切り裂かれ、ザイン1人を残し、バーゴップ一座は壊滅した。

 

 3人の襲撃者に群がられたスコットは、浅い傷をいくつも体に受け始める。

 

 獣化し巨大化した体躯からは、獣の匂い以上に血の匂いを発する。

 

 クレアは弓を構え、放ちはする。

 

 だが当たらない。

 

 もしこの状況でスコットとクレアが倒れれば、モンドも、ステラも、ユルクも終わりだ。

 

 そしてその破滅的な状況は、そう遠くない未来に現実になる。

 

 モンドはようやくそれを実感した。

 

 「モンド……」

 

 絶望に染まった表情のステラを見たのだ。

 

 モンドは、そこでようやく覚悟を決めた。

 

 ギュっとこぶしを握り、荷車の影から姿を晒し、叫ぶ。

 

 「クレアさん! 荷車に!」

 

 クレアは一瞬だけ迷い、荷車の上へと乗る。

 

 「2人も馬車に」

  

 そう言ってステラを抱え上げ、ユルクを持ち上げ、荷車の上に。

 

 「スコット! 荷車引け!」

 

 そんな言葉をスコットの背中に浴びせるも、返答の余裕が無いことくらいはわかっている。

 

 だが聞こえてはいたはずだ。

 

 どうやってこの状況からスコットが荷車を引くのか。

 

 それはすぐにモンドが示した。

 

 荷車に積まれていた、一本の槍。

 

 鉄でできた重い槍は、かつてエラットが使っていた機械槍だ。

 

 勢いよくそれを構えたモンドは、怒鳴る。

 

 「いくぞぉ!」

 

 槍の穂先を地面に強く押し付ける。

 

 その瞬間、モンドの構えた機械槍から、強い閃光が放たれた。

 

 閃光の目くらましは、その場のほぼ全員の視界を奪った。

 

 奪わなかったのは、機械槍をふるったモンドと、スコットの2人だけだ。

 

 襲撃者たちも、ザインも、クレアやユルク、ステラまでも、強烈な閃光に、一時的に視界を白一色に染め上げられる。

 

 「グァルル」

 

 獣のうなり声が、モンドの横を掠めて行った。

 

 「クッソが! 何が起きた!?」

 

 目元を抑えて蹲るザインと襲撃者たちは、視界が戻るまで、地面に手を突いて耐えることしか出来ない。

 

 そして視界が戻った後には、もう荷車は無かった。

 

 獣化したスコットが全速力で引いたのだ。

 

 負傷して荷車に乗っていた傭兵数人に、水の入った甕も見える。

 

 重いものは街道の上に散らばっていた。

 

 荷車を可能な限り軽くしたのだ。

 

 遠くに見える土煙が荷車の場所なら、すぐには追いつけないだろう。

 

 そして、襲撃者たちとザインの目の前には、もう1つ気になるモノがあった。

 

 機械槍を構えた、モンドだ。

 

 決死の覚悟をうかがわせる目つきと、静かなたたずまい。

 

 そんなモンドからは、気迫に満ちた声が出た。

 

 「さて、エリーが戻って来るまで、死に物狂いで生き残らせてもらうからな」

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