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崇高な種族

 襲撃者はまず、超高速で迫る矢をギリギリで避けて見せた。

 

 矢が風を駆ける音と同時に、手近な傭兵を切り裂いて、ステラとステラを荷車から降ろそうとするモンドへと疾風のようにすり抜ける。

 

 襲撃者の背後の木々では、鎧の隙間から手足や胸、わき腹に切り傷を負う傭兵らの悲鳴がこだました。

 

 「ヒャハハハハハァ!」

 

 一目散にモンドとステラへと駆ける襲撃者。

 

 襲撃者は若者の持つ、持て余すほどのエネルギーを凶悪な嘲笑に乗せ、威圧をまき散らして愉悦に酔う。

 

 そして彼の目の前に、2足歩行の肉食獣が躍り出た。

 

 「モンド! 距離を取れ!」

 

 獣化したスコットはそう叫び、重く硬い木製の槍を手に、薙ぐ。

 

 背後でモンドとステラの声を微かに聞きながら、スコットは体制を低くして槍を転がり避ける襲撃者を油断なく見る。

 

 スコットは、先の一瞬の攻防と、最初の傭兵が目を切り裂かれる瞬間から、襲撃者の瞬発力が人間のそれを超えていると確信していた。


 しかし、匂いは人間だ。

 

 骨格も人間。

 

 白い仮面から覗く耳の形も人間。

 

 どこからどう見ても人間であるはずなのに、その身体能力は人間以外の何か。

 

 得体が知れない。

 

 ”SR”の文字が記された仮面の奥で、襲撃者はスコットを憎々し気に睨みつける。

 

 「男に興味はねぇんだよ! どけや!」

 

 身勝手な怒りと目的の相手を隠そうともしない襲撃者は、怒声と共にスコットに肉薄する。

 

 一瞬で姿がブレたかのように錯覚させるような瞬発力で、襲撃者はスコットの槍の間合いの内側にまで詰めたのだ。

 

 ”ヒュッ”と力任せに振られたナイフを、スコットは寸でのところで槍の柄を合わせる。

 

 「グっ」

 

 そして獣化したスコットの巨大な体躯は、浮いた。

 

 後方へ2メートルほど浮遊しながら泳ぎ、慌てて両足で踏ん張りを利かせた。

 

 その瞬間、襲撃者はまたもスコットの目の前にいる。

 

 「死ねや!」

 

 またしても振り抜かれるナイフ。

 

 スコットは間一髪のところを、またもギリギリで槍の柄を合わせて見せた。

 

 「何という、腕力ッ」

 

 今度は3メートル近く後方へ飛ばされる。

 

 着地の直前、スコットの目の前には、既に襲撃者がいる。

 

 次は間に合わない。

 

 そう確信したスコットだったが、ふいに襲撃者が半歩後ろへと引いた。

 

 次の瞬間、襲撃者が居た場所を轟音をうならせる矢が通り抜ける。

 

 クレアの援護射撃は回避されたが、スコットの被弾を抑えていた。

 

 そして、クレアの矢を追うようにして襲撃者に迫る者がいた。

 

 「ハァッ!」

 

 「チッ」

 

 最後尾を務めていたザインだ。

 

 バーゴップ一座で統一された剣を上段に構え、踏み込みと同時に振り下ろす。

 

 襲撃者はナイフで剣を受け止め、ギリギリと鍔迫り合いになった。

 

 「下郎め! 狙いはなんだ!?」 


 「おっさん共には興味ねぇっつってんだろうが!」

 

 「なぁ!?」

 

 両者の力が拮抗したのは、ほんの一瞬だった。

 

 剣を押し返すように振り抜かれたナイフは、ザインの兜の頬で火花を散らし、ザインを大きく後退させる。

 

 ドタッと尻餅をついたザインの眼前には、既にナイフがあった。

 

 ナイフの切っ先がザインの目を抉る直前、またもクレアの機械弓がうなりを上げて矢を放つ。

 

 しかし、矢は矢じりが襲撃者に刺さる直前でピタリと止まった。

 

 「う、嘘……私の矢を掴むなんて」

 

 その矢は襲撃者の手に握られて、捕まえられていたのだ。。

 

 動きを止めた襲撃者にスコットの槍が迫るが、ザインから飛び跳ねて距離を取った襲撃者には当たらない。

 

 「反応が早すぎる」

 

 襲撃者は動揺するスコットとクレアには目もくれず、掴んだ矢を放り捨て、森の奥へと走るモンドとステラを見据えた。

 

 「お前は後だ。まずは逃げた奴から」 

 

 襲撃者の言葉は、”フォン”という風切り音で中断された。

 

 襲撃者の背後には、エリーが居た。

 

 この瞬間まで存在感を消し、静かに襲撃者に迫っていたのだ。

 

 エリーの振った剣が襲撃者の背中に迫るまでの刹那の、わずかな風切り音に、とっさに反応して転がる。

 

 結果剣は空を切った。

 

 「あっぶね。お前影薄すぎだろ」

  

 エリーはこの時初めて、襲撃者から汗の匂いを感じ取った。

 

 エリーは構わず追撃に出る。

 

 襲撃者の呼吸を読み、予備動作を観察し、いち早く次の動作に移る。

 

 エリーの得意な戦い方だ。

 

 ナイフの間合いは避け、無理に攻めず、付かず離れない。

 

 そして襲撃者を狙うのはエリーだけではない。

 

 スコット、クレア、ザイン、ウォーマー、そしてまだ無事なバーゴップ一座。

 

 いつの間にか囲まれていることに気付いた襲撃者は、わかりやすくため息を吐いた。

 

 「こりゃキツイわ。あのメスガキも逃げちまってるし」

 

 つまらない。

 

 楽しくない。

 

 そんな心情が透けて見える。

 

 そして次の瞬間には、逃亡を始めていた。

 

 街道を反れるように、最初に現れた森の中へ一目散。

 

 「……追う?」

 

 そう聞いたのはエリーだ。

 

 グエン侯爵の依頼では、襲撃者が現れた時の制圧も依頼に含まれている。 


 エリーとしては追いたい気持ちもあった。

 

 だが荷車の陰から現れたユルクが、止めるように言う。

 

 「ステラとモンド君との合流が先じゃ」

 

 「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い仮面の人の動き、なんとなく覚えがあった。

 

 膂力でワービーストのスコットさんを圧倒して、感覚でクレアさんの機械弓の矢を掴んで見せた。

 

 人間業じゃない。

 

 でも、ハーフヴァンパイアなら出来ると思う。

 

 私はほんの少しだけ考えてから、小声で相談することにした。

 

 「ギド」

 

 「おう」

 

 「さっきの人、なんなんだろうね」

 

 「吾輩に聞かれてもなぁ。だが、吾輩から見てもありゃ人間だぜぇ」

 

 「見えてないでしょ? 木箱の中なんだから」

 

 「直接見えてるわけじゃねぇけどよ。わかるんだ。エリーも吾輩みたいなお喋り頭になればわかる」

 

 「そんな予定は無いよ」

 

 「だろうなぁ」

 

 あの白い仮面の人は人間。

 

 それは私も同意見。

 

 匂いが美味しそうだった。

 

 もとい、人間の匂いがした。

 

 「そう言えば、白い仮面にSRって書いてあったよ。何かわかる?」

 

 「あぁん? そりゃ懐かしいな。200年前の人間はよくSRって銘の入った装備を使ってたぜぇ」

 

 「どういう意味なの?」

 

 「サブライムレースの略称だぁ。崇高な種族って意味で、人間至上主義の連中が亜人種を国から追い出すときに唱えてた標語だなぁ」

 

 「うわぁ……」

 

 人間至上主義。

 

 私は知らない人が何をどんな風に思ってても構わない。

 

 知らない人が私のことを化け物だって罵ったって、構わない。

 

 だけどこうやって襲ってくるのはやめて欲しいかな。

 

 「また襲ってくると思う?」

 

 「わからん。諦めて次の得物を探しに行ったかもしれねぇ。だがまぁ油断はすんなよぉ?」

 

 「うん」

 

 ステラちゃんとモンドさんが見えてきた。

 

 とりあえず無事でよかった。

 

 ギドとのお喋りは、いったん中断かな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今のエリーが味方だとかなり頼もしいですね!並みの相手では物足りなくなりそうです(#^.^#)
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