シュリガーラの強襲
先頭を往くウォーマーから順に、スコット、エリー、モンド、ステラの乗った荷車、ユルク、クレア、最後尾にザイン。
そして一行をぐるりと囲うようにバーゴップ一座が隊列を組んで進む。
ブラフォードの森に入る少し前に長めの休憩をとった一行は、それぞれ気を引きめて森へと入った。
街道と言うには少々狭く汚いものの、一行が隊列を崩さずに進むことは十分可能だ。
考え抜かれた陣形ではないが、かなり頑丈で突破の難しそうな隊列は、モンドに薄い油断を誘う。
「流石にこれだけの傭兵と冒険者が居れば、襲撃者も襲ってこないんじゃないか?」
前に居るエリーに聞こえる程度の小声でそう言うと、エリーは振り返らずに返答が来る。
「普通の人間だったらそうかもね」
油断のない声音でそう返され、モンドは少し考える。
だがモンドが答えを導き出す前に、エリーはさらに続ける。
「普通の人かもしれないけど、でも今まで何回も襲って来てるらしいからね。相手の数や装備なんて眼中になくて、誰彼構わず襲ってくる変な人かもしれないよ。それに言いたくないけど、襲撃者が亜人種の可能性だってあるから」
「なるほど」
と一旦納得したモンドだったが、会話が聞こえていたスコットが割り込む。
「亜人種ばかり狙うということは、おそらく人間だ。それも俺たちワービーストやエルフを攫えるくらいの兵だな」
「攫う? それは初耳だぞ」
モンドがそう言うと、スコットは肩をすくめ、軽く振り返る。
「調べてなかったのか。狙われているのは亜人種ばかりだ。護衛の人間や商人も襲うが、逃がしている。目撃者の証言だと、亜人種だけ攫って行くそうだ。攫った後どうするのかはわからない」
「じゃあ襲撃者の人相も割れてるのか?」
「ああ。毛皮と皮革のがっしりとした森用の装備に、顔を隠す白い仮面。武器はナイフ1本。髪の色は黒だったり茶色だったり金色だったりと、目撃者によって異なっている」
スコットの言う襲撃者の特徴を聞き、モンドは白い仮面の付いた山賊を連想した。
「山賊みたいな奴だな」
モンドの感想に、エリーも同意する。
「私もそれ思った。あとマタギさんにも似てるのかもしれないね。でも、ナイフ1本だけで何人も亜人種を攫えるなんて普通じゃないよ」
「獣戦士もエルフも闘争にナイフは使わない。だからこそナイフを使うことで人間に扮しているのかもしれない。結局まだ具体的なことはわかっていないな」
「なるほど」
モンドはてっきり亜人種が国内に入って来るのを嫌がった人間の仕業と考えていた。
エリーとモンドの相手を決めつけない思考に妙な納得をしていると、エリーが振り返り、別の話題を振る。
「ところでモンドさん。太くなったよね」
「いきなり失礼だな。太ってねぇよ」
「いや腕とか足とか、胸板とか、最後に見た時よりだいぶがっしりしてるよ」
「体動かしてるからな。鍬で土掘ったり」
「モンドは最近1人でボア肉の依頼をこなしている。俺の槍を扱っていれば筋肉も増える」
「え、すごい。あの重い槍をモンドさんが使ってるの? というか1人でボアを狩って町まで運んでるんだ」
「肉が食いたいってスコットがうるせぇから仕方なくやってるだけだ。あとお前もボア狩りは1人で出来るだろ」
「私はほら、冒険者だし。モンドさんは違うんでしょ?」
「俺は、まぁ農夫だな。うん」
「でもなるほどね。畑仕事したりボアを狩ったりしてたら、体が鍛えられるよね」
「そんなに変わったか?」
「うん。力がすっごく強そう。血管浮いてるし」
「そんなに強いわけじゃないけどな」
「スコットさんの槍が振り回せるなら十分強いよ」
「人間が振るうには、俺たちの槍は重いからな」
とそんなやり取りをしながら、エリーらはブラフォードの森を進む。
もちろん周囲警戒はそれなりの注意を払いつつだ。
真っ先に気が付いたのは、エリーだった。
「……ッ、左、何かいる」
「本当だ。しかしどこに……」
「ユルク様。荷車へ」
続いてスコットとクレアも気付き、木製の槍と機械弓を手に取って左側の木々の隙間へと視線を払う。
エリーも剣を抜き、構えて静かに気配を探る。
バーゴップ一座の数名も遅れて気配に気づき、抜剣した。
「総員警戒!」
そしてウォーマーの指示によって、バーゴップ一座の全員が荷車に背を向け、全方位警戒を始めた。
1秒。
2秒。
嫌な沈黙の中、気配の主は具体的な位置を悟らせない。
大体の方角しかわからないクレアやスコット、一座の数名は、ジッとその時を待つ。
気配の主の撤退か、襲撃か、油断のない警戒を持って選択を迫る。
3秒。
”ガサリ”と森の木々が鳴った。
エリーの目と耳は、枝のしなりと音の位置を割り出した。
「上ッ」
ハッとして上を見た傭兵一座の1人は、太陽の逆光の中、襲撃者を見た。
全身を黒い皮革と茶色の毛皮の装備に包み、白い仮面には覗き穴の他に”SR”の文字があった。
そいつは空中でナイフを構え、重力に従って落ちて来る。
傭兵は構えた剣を上への刺突に備え、引き絞る。
ナイフでは剣の間合いに届かない。
冷静な思考と、とっさの体の動きを持って、迎撃するのだ。
「ッらぁ!」
傭兵の突き出した切っ先は襲撃者の仮面の中心へと、吸い込まれるように進む。
傭兵が勝利を確信し、刺突が仮面に触れる直前、襲撃者の体が一瞬ブレる。
次の瞬間、突きだした剣は襲撃者の顔の横にあった。
「っしゃあ!」
若く、喜色に満ちた声と同時に、ナイフが振り抜かれる。
ナイフの切っ先は兜のバイザーの隙間を抜け、鼻の付け根を切り裂き、眼球を横一閃に切り裂いた。
ナイフの先端が”ピッ”と弧を描く。
わずかな血がナイフの軌道を空中に描き、地面に赤い線を引く。
「ぁぁぁああああああああああああああああああああ!」
傭兵は剣を手放し、両手で顔を覆って地に伏せ、転がった。
そんな傭兵の横に降り立った襲撃者は、仮面の奥の目をギョロリと動かして状況を見る。
走り寄る傭兵たち。
獣化するワービースト。
剣をこちらに向けている女の冒険者。
荷車の陰に隠れようとするワービーストの老人。
そんなものには目もくれない。
襲撃者の狙いはそれではない。
もとより戦って倒すつもりもない。
鉄製の弓を引き絞るエルフ。
荷車の上から降りようとするワービーストの少女。
それらを見止め、仮面の奥で薄く笑う。
「邪魔はあれだけだな」
ワービーストの少女を抱きかかえようとしている、やたらと筋肉質の男。
襲撃者にとって脅威なのは、自分と戦おうとする者ではない。
獲物を逃がしたり隠したりする愚か者だけだ。
襲撃者めがけて振り下ろされる剣と、飛んでくる矢と、突きだされる槍が体を穿つ直前。
そいつはそのすべての凶器の間をすり抜けるように駆けだした。