トラウマと勘違い
いきなり脱線してます。
今朝依頼を受けに出かけたエリーが、日が落ちるころには返ってきた。
1日か2日は返ってこないと思っていたけれど、嬉しい誤算だ。
「依頼無かった」
と言いつつも、エリーは若干嬉しそうだ。
私と離れなくて済むからだと思いたい。
帰って来たエリーはスルスルとポンチョを外し、ギドの入った木箱を机に置き、雑嚢を置き、ベルトを外してソファーに座り込む。
私がエリーと触れ合う場所は、ソファーであることが多い。
そしてエリーがソファーに座るということは、スキンシップしてもいいということだ。
エリーにスキンシップのオッケーサインを貰った私は、いそいそとエリーの横に座ると、いつものように抱き着くように押し倒す。
「マーシャさん?」
するとエリーはキョトンとした顔で私を見る。
とぼけても無駄。
エリーだって、触って欲しい癖に。
「はぁ……エリーの匂いがします」
「そりゃそうだよ……臭い?」
「嗅ぎなれたいい匂い」
ギュっと抱きしめつつ、エリーの胸に顔を埋め、背中に回した手をスルスルと腰、お尻、太ももへと這わせていく。
衣服越し伝わってくる弾力が、私の幸せへと変わっていく。
太ももから背中までを何度も往復し、エリーの匂いと体温と感触に酔う。
エリーももう慣れたもので、これと言って嫌がったりしない。
どころか、私を緩く抱きしめ返してくれる。
エリーが言うには、”サービス”らしい。
「癒されます」
「そう?」
このサービスは、エリーが私の全てを受け入れてくれているような感じがして、とても幸福になれる。
あと興奮する。
私が何をしても受けれてくれるような気がしてしまって、妄想が膨らむ。
あともう1歩。
あるいは2歩。
先に進んでもいいと思えてしまう。
私はエリーのシャツの裾に指を差し込み、撫で上げるようにめくろうとしてみた。
シャツ越しではなく、直接おなかを撫でてみたいと思ったからそうした。
「あっ待って」
するとエリーは、パシッと私の手を掴んで、明確な抵抗を示した。
直接触れることを拒絶された。
エリーが本気で嫌がることをしてしまった。
そう思って、私は内心落ち込みかけていた。
「すいませんエリー。少しだけ、撫でてみたくなっただけなんです」
きっと、そう謝ってしまったせいだ。
この後私とエリーは、ひどい誤解とすれ違いをしてしまうことになる。
「あ、ごめん。撫でるくらい別にいいよ。ちょっとびっくりしただけだから」
きっと謝った時の私は、内心の落ち込みが顔に出てしまっていたんだろう。
エリーに気を使わせて、逆に謝らせて、結局撫でていいと言わせてしまった。
「そう、ですか」
そして私は強欲で、拒絶されたわけではないと思って舞い上がっていた。
だから、1度は止めた手を動かして、エリーのお腹を直接、ゆっくりと撫でまわし始めた。
普段は服に隠されている部分なので、当然肌は真っ白。
1度はボロボロに切り裂かれ、縫い糸がいくつも埋まっていたとは思えないほどなだらかな手触り。
普通の女の子ならもっと柔らかいだろう部分は、冒険者として体を鍛えているせいか、押せば強く押し返されるような弾力があった。
皮下脂肪の下に、しっかりとした筋肉がある。
肉感というか、握り心地というか、そういうのがエリーらしくて、言いようもない艶かしさを覚える。
私は自分でもちょっと引くほどの興奮を覚えながら、夢中になってエリーのお腹を撫でたり、脇腹の方を握ったり、軽く押してみたりしてしまった。
エリーのお腹に夢中で、エリーがどんな表情で私の無遠慮なスキンシップに耐えていたか、見えていなかった。
「……フ、キュ、う」
そんな聞いたこともない吐息に気づいて、少し正気を取り戻し、エリーの顔を覗き込む。
「……あ」
エリーの表情はわかりやすかった。
怖がっていた。
エリーのお腹の上に置かれた私の手を、すごく怖がっている。
撫でられてくすぐったいとか、そういう表情ではない。
一目見ただけでそうわかった。
私は慌ててエリーから離れた。
怖がるエリーも可愛いとか、ずっと見ていたいとか、その瞬間にそんなことは考えられなかった。
「ごめんなさい。撫でるだけって言ったのに、揉んだり押したり、色々堪能してしまいました。肌ざわりとか柔らかそうな見た目なのにしっかりした弾力があったりして、なんだか夢中に……」
口が滑った。
エリーはポカンとしたまま私を見ていた。
私が突然謝った理由がわからない、という感じだった。
「あの……」
困惑した私はまだ何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
私の様子にエリーも困惑したようで、軽く首を傾げてくる。
「えっと、どうしたの? 私そんなに嫌そうな顔してた?」
「はい。怖がっているように見えました」
そういうと、エリーは指で鼻の頭をポリポリと書いて、”あ~”と言った。
「ごめん。ちょっと、トラウマになってるのかも。でもマーシャさんに撫でられるのは別に嫌じゃないからね」
エリーはそう言って、いつものように笑いかけてくれる。
だけど、私には笑えなかった。
「トラウマって?」
「え? あの、ヘレーネさんに色々と、ね?」
言葉を濁すエリー。
いやな記憶を思い出して口に出したくなかったのだと思う。
だけどこの時の私は、そんな簡単なことにも気づかず、ズケズケとエリーのいやな記憶に土足で踏み込んでしまった。
きっと私に言いたくないようなことをされたんだ。
後ろめたいことがあったに違いない。
どうしても聞き出したい。
そんなことを考えていた。
私はエリーに対して、時折暴力的になってしまう。
そうなってしまうと、自分ではもう止められない。
「どんなことをされたんですか?」
「あのね、マーシャさんが気にするようなことは何も無かったよ?」
私に対して若干の怯えを見せるエリーに、私は近寄った。
抑え込んで、密着して、のしかかって、じっとエリーの目を見る。
「教えて」
意識してやっているわけではない。
でもこうして思い返してみると、これは高圧的で、脅迫じみた、いわば尋問のような問いだった。
きっとこの時のエリーには、ヘレーネにされたことを全部思い出して、口に出して、私に聞かせる以外の選択肢は無かったに違いない。
冷静になって思い返して見えると、自分が嫌になる。
「……あの、ヘレーネさんは、私の中に手を突っ込んで、おなかの中をかき回したり、内臓とか、大事な場所を握ったり、したの」
表情が抜け落ち、虚ろな目になって語るエリーを見れば、それが大きな苦痛を伴うことだったとわかる。
以前見たエリーのお腹にあった縫い糸を思い出せば、それが文字通り、腹を裂いて腕を突っ込んだのだと理解出来たはずだ。
だけど、この時の私は、どうかしていた。
「中に手を……かき回し……大事な場所を握る……」
致命的な勘違いをした。
具体的にどんな勘違いをしたかは伏せることにするが、とにかく大きな勘違いをしてしまったのは、この時からだ。
「いっぱい血が出て、やめてって言ってもやめてくれなくて、死んじゃいそうなくらい、痛くて、苦しくて、息ができなくなって……」
エリーの虚ろな目が潤み始めて、ツーッと涙が零れた。
エリーにとっては、思い出すだけで涙があふれるほどつらい出来事だった。
それなのに私は……
「血が……ということは、エリーの初めての相手は、ヘレーネ? 死にそうなくらい激しく……息ができなくなるほど……?」
私は自分で言うのもなんだが、先入観が強い。
最初に致命的な勘違いをしてしまったせいで、そういう風にしか聞こえず、痛いと苦しいとかの部分が、初めてを捧げた時の感覚なのだと解釈していた。
「1回だけじゃなくて、何度も同じ事されて、最初はすごく痛いのに、だんだん頭がフワフワして、何も考えられなくなって、痛いのとか苦しいのとかが強すぎて、何もわからなくなって、怖くて……」
エリーの言い方も少しは悪いと思う。
見方を変えれば、行為に慣れて快感を感じ始めたようにも取れる言い方だと思う。
でもやっぱり私がおかしかった。
「私、知らない間にエリーを寝取られてたんですね」
そんなことを呟いていたのだから、間違いなく私がおかしいのだ。
エリーはトラウマというか、当時の記憶を鮮明に思い出してしまっていて、私が呟いたことは聞こえていないようだった。
「お腹がボロボロになって、普通の呼吸ができなくなっちゃった。寝ころんだ姿勢から立ち上がることも、自分で体を起こすこともできなくなってた。それで、ヘレーネさんはそれを面白がって、おなかを踏みつけて悲鳴を上げさせたり、笑いながら顔を踏みつけたり、つま先を私の口の中に入れて遊んだりして、私、何もできなくて、悔しくて、痛くて……おかしくなりそうで……」
エリーは思い出したことと、思ったことが、全部口に出てしまうようになっているようだった。
私に笑いかけたり、私のスキンシップを受け入れてくれたりしていた裏に、そんな記憶を抱えていた。
まともな今の私は、そのことに不甲斐なさを覚えてしまう。
長く一緒にいるくせに、エリーのことを何も知らなかったのだと、恥じる。
ところがこの時の私ときたら、私の知らないエリーを知っているヘレーネへの怒りばかりを覚え、他にはどんなことがあったのかを聞きたくて仕方がない、などと思っていた。
「おかしくなりそうっていうか、おかしくなってた。何日もヘレーネさんのおもちゃにされているうちに、人間になろうとしていたころのこととか、マーシャさんや、ゼルマさんや、ジャイコブたちのことが思い出せなくなって、ヘレーネさんのおもちゃとして、苦痛とか屈辱に浸っているのが気持ちよ……楽になってた」
エリーはもう私に体験談を語っているわけではなかった。
思い出したことを、虚空に向かって独白しているだけで、私はその内容を聞いているだけ。
私に何かを言わせる間も無く、エリーはどんどん言葉を紡ぐ。
「マーシャさんとギドが助けに来てくれるのが、あと1日遅れてたら、私は本当に……」
本当に、どうなっていたのだろう。
あのままレーネのおもちゃにされていた、と言うことだろうか。
想像するだけで、酷く醜い感情が私の胸を支配する。
エリーは、これからずっと私と居るんだ。
他の人には渡さない。
そう言う独占欲に支配される。
そして、誤解ではあるものの、この時の私はエリーがレーネに穢されたものと勘違いをしていた。
そして、私の独占欲は歯止めが利かなくなった。
「……忘れさせてあげます。今だけですけど、レーネにされたこと全部、私が上書きして……」
「マーシャさん?」
そうだ。
レーネに穢された以上に、私が穢せばいい。
痛いことをされたのなら、それ以上に優しく触る。
苦しいことをされたのなら、それ以上の快楽を与える。
傷つくことをされたのなら、それ以上の愛を注ぎ込む。
そうやって、忘れさせれば……
「マーシャさん!? また鼻血出てる!? 大丈夫!?」
「ふぇ? あ、ほんとだ」
エリーと愛し合う妄想が膨らみ過ぎた私は、また鼻血を流してしまっていた。
そしてそれがきっかけでエリーは正気に戻り、私自身も冷静になる。
エリーはサッと私を抱き上げると、ベッドまで運んでそっと寝かせる。
私と言えば、エリーに抱き上げられているという状況を愉しむ方に意識が行っていた。
「前にも鼻血出しちゃってたよね。体調悪いなら言ってよ。あと症状も教えて」
と真剣に私の顔を除きむエリーに、少し驚いた。
おそらく、初めてだ。
エリーを可愛いではなく、頼もしいと感じた。
そして体調はどこも悪くない。
「症状なんてないです。至って健康です。健康すぎて興奮すると鼻血が出るだけで」
「治療院でお薬買ってくるから、早く症状教えて。たぶん熱中症だと思うから、涼しくして寝てて」
エリーは私の言葉を聞かずに、私の服のボタンをいくつか外し、ベルトを緩めて締め付けを無くしていく。
私はエリーに服を脱がされているような光景に、色々と妄想がはかどった。
興奮した。
そして止まっていた鼻血がまた吹き出した。
「あ、え、マーシャさん大丈夫!?」
「ダイジョウブ、だいじょうぶ。大丈夫」
鼻声だった。
そしてエリーに酷く心配され、ただ興奮して鼻血が出ただけだと説明するのに2時間ほどかかった。
エリーにこれほど心配されているということに、私は一旦は満足した。