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閑話 交流特区とグエン侯爵

 私の貯金は、それなりにある。

  

 それなりにあると言っても、精々働かずに2週間くらいは暮らせるかな、くらいの額。

 

 冒険者の貯金と考えれば多い方だと思うけど、マーシャさんみたく、ちゃんとした職に就いている人の貯金と考えると少ない、と思う。

 

 基本終身雇用だからね。

 

 休みの日、基本的になし。

 

 自由な時間、わずか。

 

 生活に必要な消耗品と食材ぐらいにしかお金を使う暇がなかったりして、そんなつもりが無くても貯金はモリモリ溜まっていく。

 

 マーシャさんなんかまさにそうで、15歳の時から今日までずっとお針子を続けてて、長期的な休みはほぼ取ってない。

 

 他のお店でいい服を見つけては買い、大きな姿見を買い、犬を飼い、それでも私を養うなんて言えるくらいにはお金があるみたい。

 

 仮になくても、仕事してれば勝手に溜まるのかも。

 

 話を戻して、私のお金の使い道は、新しい武器を買うことだった。

 

 武具屋さんに行って、お金をはたいてちょっといい剣を買った。

 

 武器が無いと冒険者なんて出来ないからね。

 

 マーシャさんには最後まで反対されたけど。

 

 「2週間働かなくていいなら、家に居たらいいじゃないですか。というか私が稼いできますから、エリーは家で私を待っていてください。朝はチューで起こして、出かける前にお出かけのチューをして、帰ってきたらハグして、一緒にご飯食べて夕飯を作って、食べさせ合って、それから一緒のベッドで夜の営み……」

 

 こんな感じでラブラブ夫婦の日常みたいなこと言ってた。

 

 ちょっと想像つかなかった。

 

 そして妄想の世界に入り込んだマーシャさんを後目に武器を買いに出かけて、剣買った。

 

 ショートソードより長くて細くてよく斬れる。

 

 15の時より少し身長が伸びたから、ちょっとは様になってると良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、マーシャさんが犬のエリーと仲良くしてた。

 

 「エリーはいい子ですね。ほら、干し肉。待て。まだダメ。いい子~。エリーはほんとにいい子ですね」

 

 お座りした犬のエリーの前にお肉を出して、待てをさせてながら撫でまわしてる。

 

 私が帰ってきたことに気付いてない。

 

 胸の奥がズキっとする。

 

 「ただいま」

 

 「あ、エリーおかえりなさい……て武器買っちゃってるじゃないですか。働かなくていいって何度も、あ、エリーダメ。まだよしって言ってないです。こら、返しなさい」

 

 私をエリーって呼んで、犬に向かってエリーって呼ぶ。

 

 そんなマーシャさんに、私は複雑な気持ちになった。

 

 「ややこしいよ。それにちょっと……」

 

 ちょっと嫌。

 

 だけど、ちょっといい。

 

 歪んでる。

 

 犬扱いされてるような感じが、ヘレーネさんにおもちゃにされてた頃と少し似てる気がして、あの感覚に陥りそうになる。

 

 楽。

 

 気持ちいい。

 

 ……ゾクゾクする。

 

 邪な気持ちを表情に出さないように努めていると、マーシャさんはちゃんと私をみて、それから申し訳なさそうに言った。

 

 「ごめんなさい。本当はエリーと同じ名前を付けるつもりなんてなかったんです。でもほかの名前が全く思いつかなくて……」

 

 そんなに素直に謝られると、なんかむしろ私の方が罪悪感を覚えてしまう。

 

 私はこんな歪んだ悦びを覚えながら話してるのに……

 

 「そ、それじゃしかたないよね。でも、そのうち何とかしてよね」

 

 「はい。わかってます」

 

 私はその場に居ずらい感じがして、帰って来たばかりだと言うのに、また出かける準備を始めた。

 

 白いシャツに、茶色のズボンに、毛皮のポンチョを身に着けて、小銭、砥石、火口箱(ほくちばこ)、肌着の替えなんかを詰めた雑嚢を背負って、今買って来たばかりの剣を腰につける。

 

 「エリー、またそんな恰好して……ほんとに冒険者を続けるんですね」

 

 「うん。お店行ってくる」

 

 寂しそうなマーシャさんを、あまり見たくない。

 

 というか寂しそうな顔をさせたくない。

 

 だけど冒険者は続けたいから、もう慣れてもらうしかない。

 

 私の都合ばっかり押し付けてるよね。

 

 私は玄関に向かう足を止めて、振り返る。

 

 それからマーシャさんに、正面から抱き着いた。

 

 身長差が酷くて、胸の谷間に顔を突っ込むことになった。

 

 かっこ悪いけど、慣れた。

 

 「行ってきます」

 

 「あ、わ、わ、いってらっしゃい?」

 

 驚いたマーシャさんが抱きしめ返してくる前に離れて、ギドの入った木箱をベルトに引っ掛けて、家を出る。

 

 「おいおい、もうちょい丁寧に扱え。吾輩が割れたらどうすんだぁ?」

 

 「ごめん。でもそう簡単には割れないでしょ?」

 

 「まぁなぁ」

 

 私は足取り軽く、小人の木槌亭へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 小人の木槌亭には、依頼がたくさんあった。

 

 声の渋いマスターが私を見て開口一番に、”助けてくれ、エリーちゃん”と泣きついてくるくらい溜まってた。

 

 お店に居る他の冒険者の人は、めんどくさがってなかなか依頼を受けないらしいからね。

 

 ちょうどいい。

 

 忘れちゃった感覚を取り戻すには、いい機会。

 

 そう考えた私は、トンと胸を叩いて、調子のいい事を言ってしまった。

 

 「任せてよ、マスター」

 

 手始めに雑用依頼からこなすことにした私は、色々やった。

 

 おばあさんが営んでいる薬草園の草刈り。

 

 酔ったお客さんが壊しちゃったお店の内装の片づけと、新しい机や椅子の搬入と設置。

 

 肉屋さんの新商品の宣伝。

 

 他にもこまごまとしたのが色々あったけど、片っ端から達成していった。

 

 一日働いて、夜には家に帰って、また朝になったら仕事。

 

 意識的には懐かしいって感じがしたけど、体はこの生活を覚えてて、体調を崩したりはしなかった。

 

 というかこの体、飢餓以外で調子が悪くなることあるのかな。

 

 とにかく休みなく働いて、報酬として銀貨数枚を貰って、そうやって私は、働く感覚を思い出した。

 

 そんなある日だった。

 

 日が昇った直後に、私は小人の木槌亭を訪れる。

 

 いつものように扉を開けて、いつものように朝の挨拶。

 

 「おはよ、マスター」

 

 「おはようエリーちゃん。今日も早いね」

 

 マスターも、今日も渋い声だね。

 

 開店準備中って感じのマスターは、私を見ると一旦手を止める。

 

 マスターに一番近いカウンター席に座って、そしてやっぱりいつものセリフ。

 

 「依頼はある?」

 

 「いつも通りたくさんあるよ。でも、今日はちょっと複雑なのも混じってる。どうせ他の連中は受けないと思うから、エリーちゃん、聞いてくれないかい?」

 

 複雑な依頼。

 

 なんだろう?

 

 こんな場末のお店に、複雑な依頼を出す人いる?

 

 居ないと思う。

 

 気になるし、聞いておこうかな。

 

 「うん、聞く」

 

 マスターは渋い声で”ありがとう”って前置きしてから、話し出した。

 

 お礼言われても、まだ受けるって決めたわけじゃないんですけど。

 

 「エリーちゃんは、来月から交流特区が広がるのは知ってるかい?」

 

 知ってる。

 

 真祖が王様をまだやってるのは、そのためだって本人が言ってた。

 

 ヴァンパイアは無理でも、魔術師と亜人種はクレイド王国に受け入れさせるんだって。

 

 交流特区はクレイド王国全土に広がることになってる。

 

 その先ぶれとして、まずは来月から国の南側のグイドまで広がることになったらしい。

 

 「知ってるよ。国の西側にある交流特区から、南東の方にあるグイドまで一気に広がっちゃうんでしょ」

 

 「良く知ってるね。そうなんだ。それを踏まえてなんだけど、今回の依頼はグイドの領主であるグエン侯爵が、王国全体の冒険者の店に出した護衛依頼なんだ。もう依頼の内容は大体わかると思う」

 

 「えっと、亜人種が一気に国に入って来るから、絶対もめ事が起きる。そうなったときに、人間から亜人種を、亜人種から人間を守れってことかな」

 

 私がそう言うと、マスターはウインクしながら私の顔をピッと指さした。

 

 「魔物からもね!」

 

 イラっと来た。

 

 渋い声してるくせにお茶目な仕草しちゃってさ。

 

 それにしても、魔物ね。

 

 私的にはあんまりヴァンパイアを魔物として数えたくない。

 

 そしてヴァンパイアを除くと、私はここ1年間、ほとんど魔物と戦ってない気がする。

 

 というか魔物っていう単語を新鮮に感じてしまった。

 

 私がここ1年で戦った魔物って、ウルフと、ダムボアくらい? 

 

 うわ、不安になって来た。

 

 そしてマスターも一気に真面目な顔になって、続きを話す。

 

 「この依頼、今のところ受けている冒険者はすごく少ないらしい。もともと冒険者に任せる仕事じゃなくて、本来は兵士や騎士がやる仕事だ。だけど、王都でまた大きな事件が起きて、兵士も騎士も大ダメージを受けてるから、冒険者で数合わせをしようってことなんだ。それがわかってしまうから、冒険者は嫌がる」

 

 「なるほど」 

 

 兵士や騎士の人が足りないのって、私のせいでもあるっぽい?

 

 しかも困ってるのはグエン侯爵なんだ。

 

 なんか嫌だ。

 

 「グエン侯爵も大変だろう。蠱毒姫に襲われて無人になったルイアを復興させようと人を送ったら、ルイアを乗っ取るつもりなのではと疑われて他の町から反感を買ってしまっているらしい。ルイアではグイドとサイローンから来た人で良く揉めているとも聞く」

 

 グエン侯爵って評判は良かった気がするのに、今はそんななんだ。

 

 「そこでグエン侯爵は、ルイアに人を送って空いた領地に、代わりに亜人種を受け入れることで、懐の広さと王家への忠誠、そしてルイアを乗っ取るつもりが無いことをアピールしようとしてる。うまく行けばグエン侯爵の株はうなぎ上りになるだろう」

 

 「あ、そうなんだ。そう言う感じね。グエン侯爵がめんどくさい仕事を押し付けられて困ってるとか、そう言うんじゃないんだ」

 

 「ん? 違うみたいだよ。グエン侯爵が自分から、交流特区を拡げるならまずうちの領地から始めて欲しいって言い出したと聞いてる。じゃなきゃ西にある交流特区がいきなり南東まで行ったりしなかっただろうね」

 

 あ~、納得。

 

 グエン侯爵らしいような気がする。

 

 あんまりよく憶えてないけど。

 

 依頼の概要を大体話し終えたマスターは、いい笑顔を浮かべて、私の前にコーヒーを置いてくれた。

 

 「そう言うわけでエリーちゃん、この依頼受けちゃくれないかい? 報酬は高いよ」

 

 私の答えは決まってる。

 

 私はコーヒーをズズズッと啜って、ソーサーの上にマグカップを置いて、マスターに笑いかけた。

 

 「お断りします。それより、そろそろ討伐依頼が受けたいな」

 

 「そんな! うちの店からも1人くらいはこの大きな依頼に飛びついて欲しいんだよ! エリーちゃん助けてくれないかい!?」 

 

 「ごめんなさい。無理です」

 

 今になって思うんだけど、私って遠出したり何日かピュラの町を離れたりすると、トラブルに巻き込まれてるんだよね。

 

 パターンってやつ。

 

 いつかはそう言う依頼も受けると思うけど、今じゃなくていいと思う。

 

 私は泣きついてくるマスターを押し返しつつ、普通の1日か2日で終わりそうな討伐依頼を紹介してもらうことにした。

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