冒険者として
マーシャさんを起こす前に、ジャイコブとチェルシーとギンと、それぞれお別れの挨拶を済ませた。
これからどうするのかと聞かれたから、
「今までと一緒だよ。人間のフリして冒険者を続けるというか、再開するの」
と答えた。
実際にそのつもりだし。
これからのことを聞かれたから、私も聞き返した。
ジャイコブとギンは特に何も考えてないみたい。
騎士団の皆と仲良くしてるみたいだし、とりあえずこのままでいいみたい。
チェルシーはある意味曖昧で、ある意味明確な答えをくれた。
「一度面倒を見た以上、ある程度までは見守り続けるつもりです。本音をぶちまけてしまいますと、この馬鹿者共といつまでもここに居るつもりはありません」
要は、もうしばらくはジャイコブやギンと一緒に居るけどそのうちどっか行くよ、と言うことだと思う。
3人共、やっぱり考え方が私とは少し違うなって思った。
お金を稼ぐとか職に就くとか、そういうことは一切考えてなくて、自分がしたいようにするっていう考え。
自分で自分を生かせる人の考え方。
私もそうなりたい。
私は3人に”またね”と言って、マーシャさんを起こした。
「悪夢を見ました」
第一声がそれだった。
それからハグを求められて、しばらくこのままがいいって言われたから、マーシャさんとしばらくハグしてた。
「キスもしたいです」
「う~ん、それはちょっと」
マーシャさんの冗談は冗談っぽく聞こえないから困るよね。
「結婚しましょう」
「女同士じゃ出来ないよ」
普通に返してしまった。
もっとこう、ユーモアのある感じの返答がしたい。
「エリー、私のことは求めてくれますか?」
「んと、んと……」
「エリー?」
求める?
えぇっと……
「うん」
「エリー!」
言い返しが思い浮かばなくてとりあえず頷いたら、マーシャさんは嬉しそうだった。
これで合ってる?
そして、名前を呼ばれてふと思い出した。
「ねぇ、私からも質問いい?」
「なんでも聞いてください。なんでも答えます」
そっかそっか。
なんでも答えてくれるんだ。
じゃあ聞いちゃおっかな。
「マーシャさんが飼ってる犬の名前、なんで私と同じ”エリー”なの?」
「……ッハ!?」
マーシャさんの体がビクッと反応したのが、直に伝わって来た。
ハグしてるからか心臓がドキッとしたのまで伝わってきて、冷や汗をかき始めてるのもわかる。
……どうやら、後ろめたいことらしいね?
「あの、もうお昼近いですし、そろそろピュラの町に行きま」
「なんでも答えてくれるんでしょ? 答えてくれるまで放さないから」
「じゃあ一生答えません」
「なんで!?」
ダメだダメだ。
マーシャさんのペースに飲まれるのは良くない。
大丈夫。
血をたっぷり飲んだ後の私は、ヴァンパイアのようなふざけた膂力はない。
強めに抱きしめても、骨を折ったり内臓を潰したりすることは無いよね。
「なんでも答えてくれるんでしょ? 嘘吐いたの?」
ギュっと締め付けを強くしつつ、問い詰める。
するとマーシャさんは、なぜか強く抱きしめ返してきた。
「うふ、うふふ。答えてほしかったら、もっと強く抱きしめてください」
……なるほど?
「答えてくれないなら、私1人で先にピュラの町に帰るよ。もう支度終わってるもん」
「答えます! だから待って!」
マーシャさん、おかしいよ。
普通逆だよ。
一部始終を眺めていたギドが、ボソッと呟いた。
「すげぇ。エリーがマーシャをいい感じに丸め込んでる」
マーシャさんはたまにおかしいし時々強引だけど、普段はこんな感じだよ?
だてに1年以上寝食を共にしてない。
マーシャさんが犬を飼って、その犬に私と同じ名前を付けた理由。
それは単純に、私が居なくて寂しかったかららしい。
私がいきなり家を飛び出したせいでもある、と言うことだった。
これはあまり強く責められないね。
ピュラに向かう馬車の中、マーシャさんは私の横に座って満足気な顔をしてた。
だけど、いつの間にかまた寝てた。
どれだけ疲れてたんだろう?
ヘレーネさんを倒した後、マーシャさんは2年分の記憶が無い私に色々気を使って生活してた。
多分、私のことばっかり考えてくれてたんじゃないかな。
それなのに、その時の私はマーシャさんを煩わしいと思って、邪険に扱った。
きっと、マーシャさんは休める時が無かったんだと思う。
この胸に巣食う申し訳ない気持ちを、どうしたらいいんだろう。
私の膝の上に鎮座するギドに、とりあえずぶつけてみることにした。
「ギド」
「なんだぁ?」
「記憶が無い時、マーシャさんに大変な想いさせちゃったよね」
「お、おう……エリーがそう思うんならそうなんだろうなぁ」
なんでそんな玉虫色の返事なの?
ギドは一拍置いてから、続きを話し始める。
「マーシャはエリーに自分のことを思い出してほしかったんだろぉ。んで、今は思い出してる。それで良いんじゃねぇか? どうしても何かしてやりたいって思うんならよ、ちょっとくらいサービスしてやればいい」
「サービス?」
「吾輩には愛してる、何て言ってたが、マーシャには言ってねぇだろ? 今度言ってやれ。あと暑苦しいかもしれねぇけど、引っ付いとけ」
「なるほど」
愛してるって、ギドには言えるんだけどね。
実際愛してるし。
私はマーシャさんを愛してる?
……まぁ、好きなのは確かだね。
これは愛なのかな。
ダメだ。
愛がなんなのかとか考えだしたら切りが無いし、私が考えたって答えなんて出ない気がする。
「おいエリー? 聞いてっかぁ?」
「うぇ!?」
私が深淵より深い哲学じみたことを考えている間、ギドは何か話しかけてくれてたみたいだ。
「ごめん。愛についてちょっと考えてた」
「なんだそりゃ」
呆れ声でそう言われて、ギドは真面目な声になる。
「それで、なに?」
「だからよ。大丈夫なのか?」
「何が?」
「体とか意識とかだ。どっかこう……おかしかったりしねぇか?」
ギドは私のことを心配してくれたみたいだ。
そして聡い。
私は元気だし、元気にふるまっているつもりなのに。
「……うん。ちょっと、おかしい」
わかっちゃうんだね。
「どこがおかしいんだ? マーシャが寝てる間にゲロッちまえ」
言い方考えてよ。
悪いことしたのを問い詰められてるみたいじゃん。
「んとね、体はおかしくないというか、変な感じはしないよ」
「じゃあ、どこがおかしいんだ」
ギドだし、正直にぶちまけることにする。
「あのね……趣味というか、性癖が、歪んじゃったみたい」
「……はぁ?」
素っ頓狂なギドの声が、羞恥心をくすぐって来る。
だけどこれは、私にとってシリアスな問題。
なんでも相談できるギドにだから、言うことにする。
「今日の明け方、チェルシーにね、ゼルマさんの部屋まで引きずられて、床に組み伏せられて、口をふさがれて、そのまま私が言ってほしくないことをゼルマさんに言われちゃったの」
「お、おう。よくわかんねぇが、酷いことされてるのはわかった」
そう。
酷いことをされた。
痛くも無いし、大した苦しさも無かった。
でも、そのシチュエーションに、なぜか
「ちょっと、興奮しちゃった」
ギドは2秒くらい沈黙してから、申し訳なさそうにこう言った。
「すまんエリー。そう言うのは別にカミングアウトしなくていいんだぜぇ。ヒトの趣味は人それぞれだから」
「あ、違う違う。そうじゃなくて」
別にいきなりギドに自分の性癖をカミングアウトしたかったわけじゃないんだよ。
「あのね、記憶を取り戻すまでは、そう言うのは普通に嫌だったんだよ。たぶんヘレーネさんに酷いことされ続けたせいで、歪んじゃったんだと思う」
「その、なんだ……性癖が?」
「性癖が」
「あ~、そう言う感じに興奮したのか?」
「そう言う感じに興奮しちゃった」
絶対歪んだ。
前は興奮なんかしなかったもん。
絶対ヘレーネさんのせいだ。
「あ~、つまりあれだ。エリーはこれから、人間のフリをしつつ、ちょくちょく吸血をするだけじゃなくて、その性癖とも向き合わなきゃいかんわけだな?」
「そう……なるかな」
前途多難だ。
「えへへ。どうしよっか」
「んなもん吾輩に言われてもなぁ。まぁアレだ。相談に乗るとまではいかねぇけどよ、話聞くぐらいはするぜぇ」
「ありがとね。聞いてくれるだけでも、ちょっと楽になるよ」
ギドとそんな話をしていると、いつの間にかピュラの町に着いた。
だからギドとの話は一旦おしまい。
馬車の中でマーシャさんを起こしてから降りて、家に向かう。
色々大変そうだけど、とりあえず仕事しないとね。
「やることいっぱいだ。武器買って、小人の木槌亭に行って、感を取り戻して……体もちょっと鍛えなおしたほうがいいかな」
「エリー? 無理に働かなくても、私が養いますよ?」
「無理じゃないよ。私冒険者が好きだから」
「そうですか……」
寝起きのせいか若干元気の無いマーシャさんと、ギドと一緒に、私はピュラの町に帰って来た。
心配事も悩み事もあるけど、今はなんとなく大丈夫な気がする。
結局人間にはなれなかった。
ヴァンパイアみたいな何かだけど、冒険者やろうと思う。
いろんなところに行って、色々なことを聞けば、もしかしたら私はまた、人間になれるかもしれないからね。
本編最終話……ではないです。
ですが閑話を挟むと思います。
ところで、持って生まれた性癖より、トラウマとか過去の経験から生じた性癖って、いいと思いませんか?
私はいいと思ってます。




