後ろめたい気持ち
私の体について、真祖が調べてわかったこと。
まず、やっぱり私は人や魔物に分類されない生き物である。
それから、人間とヴァンパイアが元になっているから、血を飲みたいという衝動がある。
血を飲まないまましばらく過ごすと、吸血衝動が出る。
ヴァンパイアのような強い再生能力もある。
血を飲まなくても死んだりしない。
日光は平気。
飢餓状態も無い。
これは嬉しい。
そしてここからが重要。
吸血衝動が強くなると、体がヴァンパイアに近づく。
血を飲むと人間に近づく。
これはどういうことかと言うと、私は血に飢えれば飢える程ヴァンパイア並みの力を得て、血を飲むと人間と同じ力しか出せなくなる、ということのようだった。
私は最後にヘレーネさんの血を飲んでから、大体10日くらい経っている。
今はそれなりに喉が渇いているというか、血が飲みたい気分。
試しにチェルシーと腕相撲してみると、いい勝負をして負けた。
あと何日か血を飲まずにいると、力が拮抗して勝負がつかなくなるだろうって言われた。
そして更に何日か血を飲まずにいると、私が勝つらしい。
血に飢えればヴァンパイア並み力を得られるらしいけど、得られる力に上限は無い。
死ぬほど飢えれば、ヴァンパイアを超える力が手に入る、らしい。
……という話を、チェルシーに宙づりにされながら聞かされた。
「えっと、つまり私が人間でいたいと思うと、血を飲み続ける必要があるってこと?」
「そうじゃな」
本末転倒じゃん。
吸血を我慢すればするほど化け物になって、血を飲むことで人間らしくいられる。
「まぁ適度に飲むことじゃな」
結論はそれ以外無さそうだった。
真祖の診断が終わったら、ギドを抱えたマーシャさんが戻って来た。
真祖にお礼を言って、チェルシーに王城の外まで連れて行ってもらって、兵舎まで帰って来る。
ヴァンパイアの時に使わせてもらってた部屋に、マーシャさんもギドも一緒に入った。
そこでようやくチェルシーに降ろしてもらった私は、とりあえずマーシャさんに近づいて、しっかりと目を見た。
記憶を取り戻してからは、まだちゃんと話してない。
チェルシーが気を利かせて、部屋の中を私たちだけにしてくれて、そこでようやく、私はマーシャさんとゆっくり話が出来るようになった。
「エリー……どうでしたか?」
「マーシャさん」
心配してくれてるのか、マーシャさんの目がすごいことになってる。
見たことないくらい見開いてて、白目が充血して真っ赤。
いっぱい心配かけたし、不安にさせちゃった。
私のせいだね。
……不安になるようなことは、言えない。
「ちゃんと、私だよ。ちゃんと覚えてるよ。いっぱい心配かけてごめん。それと、助けに来てくれて、ありがと」
きっと照れずに言えるのは今だけだと思うから、ちゃんと言う。
「助けに来てくれたのがマーシャさんで、ほんとに嬉しかった。いっぱい情けないところ見せちゃったけど、また一緒に暮らしてくれる?」
マーシャさんの目からぽろっと雫が垂れた。
答えの代わりに、強めのハグが返って来た。
こんなに私のことを大事に思ってくれる人、他には居ないかもしれない。
そう思うと、抱きしめ返さずにはいられなかった。
マーシャさんがハグしようとしたときにポロっと落ちたギドは、片手でキャッチしておいた。
「ギド」
「おう」
「愛してる」
「おう、知ってるぜぇ」
「前より愛してる」
「そうかぁ」
「お礼したい」
「じゃあ何か頼みたいこと出来たら、そん時頼むぜぇ」
「うん」
ギドのと出会い方は酷かったけど、その後はずっと助けてもらってばっかりだ。
ギドの新しい骨の体が見つかった後も、一緒に居たい。
ギドは頼りになりすぎる。
「明日になったらピュラの町に帰ろ?」
「帰ります」
「ギドの新しい体も、探しに行こうね。私冒険者だから、依頼のついでにいろんなところに行くの。だからいろんな場所探せるよ」
「吾輩エリーが冒険者っぽいことしてるところ、見たことねぇんだけど」
「そうだね。冒険者らしいこと、ここ1年くらいまともにしてないかも」
「大丈夫かぁ?」
「ギドが一緒なら大丈夫。危なくなったら助けてくれるでしょ?」
「ただのお喋り頭に何かできると思ってんのかぁ?」
「お喋りできるよ」
マーシャさんは私にしがみつくように抱きしめて、私がちゃんとここに居るってことを確かめてるみたいだった。
ギドはそんな私とマーシャさんを、笑いながら眺めてた。
私はあったかい気持ちになりながら、マーシャさんを抱きしめて、ギドと笑いあう。
抱きしめているマーシャさんに噛みついたり、締め付け過ぎないように気を付けながら。
エリーが目を開けたのは、早朝と呼ぶには少し早い時間だった。
エリーを抱きしめるように眠るマーシャを起こさぬように、そっとエリーを抱く腕と、絡まる足をほどいていく。
エリーが細心の注意を払うのは、マーシャを起こさないことだけではない。
力の込めすぎないことを最重視し、そっと、そっと、全神経を注いで優しく手足をほどいていく。
「は、は、ふ」
息が荒いのは、マーシャの抱擁から抜け出すことに集中しすぎたわけではない。
マーシャの肌に鎌首をもたげた衝動と戦った結果だった。
草木も眠るこの時間、マーシャには無音に感じられる部屋の中を、エリーの耳は騒々しいと思うほどたくさんの音を拾う。
マーシャの寝息はもちろん、鼓動、わずかな衣擦れ。
風に揺られる葉や、カラリと転がる小石の音まで、エリーには敏感に感じられていた。
眠ろうと思えば眠れた。
本当に眠るつもりだった。
だが、そうしなかった。
不安と期待が、そうさせなかった。
エリーは今の自分の体について、マーシャには何も話していない。
マーシャの血だけは飲まないと決めている以上、話すことは出来ない。
ここは騎士団の兵舎だ。
気付いた瞬間から、目を閉じて、眠るフリをして待ち続けた。
そしてつい先ほど、兵舎の門が開いた音が聞こえた。
吐息の大きさも、独特な薬の匂いも、足音の大きさや間隔も、全てエリーが待っていた者だった。
エリーはそっと、一切の音を立てないように注意を払い、部屋を出る。
「難儀なもんだなぁ」
部屋を出たエリーは、部屋の中からギドの声を聞いた。
言いようもない後ろめたさに、一瞬立ち尽くす。
言い訳が頭の中を埋め尽くすものの、口にだけは出さないように手で押さえる。
「だって、勝てないんだもん」
抑えきれなかった一言が口を突いて零れ落ち、エリー自身を一層情けなさい気持ちにさせた。
ギドにエリーの声が聞こえたかどうかはわからない。
返答も無い。
今すぐ部屋に戻って、マーシャの横にそっと倒れ込み、無理やり眠る。
そうすれば、この形容しがたい後ろめたさから解放される。
そう考えはしたが、体は待ち望んだ者の方へ向いた。
「危ないのは私じゃない」
もはやそれは自分への言い訳だった。
「こうしないと、いつか、私の周りの人が危ないから」
そして何より
「我慢できないから」
だからしょうがない。
結局何も変わっていないのだと、欲望にそまった頭で考える。
血を飲む言い訳が”死にたくない”から”人間らしくあるため”に変わっただけなのだ。
どこまで行っても、理由は”欲しいから”に尽きる。
「浅ましい。自分でも軽蔑する。最っ低」
その自虐は自分の後ろめたい気持ちを少しでも軽減するためにしていると、エリー自身は気付いていない。
自分は最低の生き物だと言うのも、言い訳だった。
そしてこれから本当に最低なことをすることに、どこか期待があった。
衝動に負けたエリーは、期待と欲望に染まった卑屈な表情を浮かべ、歩き始めた。
本当はエリーが人間になって完結するはずだったんです(ずいぶん前に破棄したプロットでは)。
次話か次次話で本章を終わります。