私と
夢の中には、私が居た。
今の私が忘れている、私。
忘れている私は、酷く無気力に座り込んで、どこまでも諦めて、不幸な自分に酔って、浸って、それでいて肩の荷物を降ろしたような気楽さがあった。
もうどうでもいい。
諦めた。
知らない。
何をやってもうまく行かない。
望みは1つたりとも叶わない。
挙句の果てには、もうどうしようもないくらい弄ばれて、玩具にまで貶められて、汚れ切った。
全部滅茶苦茶になればいい。
こんな
こんな私なんて、堕ちるところまで堕ちればいいんだ。
その方が楽だから。
そんなことを考えてるみたいだ。
なんとなくわかる。
ハーフヴァンパイアの特徴が出たあの日から今日までの記憶は、取り戻せた。
だけど今の私は、忘れていた私のように無気力にはならない。
記憶と感情は別ってことらしい。
辛かった出来事の、辛いって感情。
痛かった時の、痛いのが嫌だった気持ち。
苦しかった時の、苦しいって思い。
それは全部、忘れている私が抱えてる。
今の私は出来事だけ覚えてて、なんというか、記憶が少し遠い。
他人の記憶とまではいかないけど、どこか他人事のように感じてる。
夢の中だからいいけど、目が覚めたらどうなるんだろう?
私が2人居る状態で起きちゃったら、きっとおかしくなる。
それは困る。
「ねぇ」
「なに? ほっといてよ。何もしたくない」
うわ、めんどくさ。
「めんどくさいならなおさらほっといて」
思ったこと、口に出さなくても伝わるの?
「当たり前じゃん。同じ人……はは、人だって。人間でも亜人種でも魔物でもない癖に、何言ってんだろ。笑っちゃうね」
「笑えないよ」
「そうだね」
「それで、なに?」
「同じ存在なんだから、同じ思考をするのは当たり前だってこと」
「それもそうか」
「そうだよ」
「それじゃ、私の要求も言うまでもなく伝わってるわけね?」
「うん」
「答えは?」
「答えるのがめんどくさい」
口ではそう言ってるけど、答えはYESらしい。
「……うん。わかった」
忘れている私と、今の私。
両方が、夢の中で混じり合う。
お互いに少しずつだけ残して、あとは全部混ぜてしまう。
そうすればきっと、起きてもちゃんと覚えてる。
しかもこんな滅茶苦茶ネガティブな性格にもならない。
これで良いと思う。
私の寝起きは、いい方だと思う。
パチッと目が覚めて、久しぶりの真祖の部屋の天井が見えて、だんだんと寝る直前のことを思い出す。
”思い出せてよかった”なんて零す前に、私の視界に何かが飛び込んでくる。
「……」
ジィっと私の顔を覗き込んで、赤い目で私の目を見下ろして、ボブカットの銀髪が垂れて来るのも気にせず、私の反応を待ってるみたいだ。
「チェルシー?」
名前を呼ぶと、私を見る目が一層冷たくなった。
でも、口元がほんの少しだけ緩んでる。
「人のことをメイドさんなどと呼んでおいて、気安く名前を呼ばれるのは不愉快です。少しでも申し訳ないと思うのなら、土下座してチェルシーの靴の先を舐めるぐらいしてください。思い切り頭を踏みにじってあげます」
寝起きから強烈だね。
でもなんだかいい気分。
「ごめん」
「口だけで謝られるのも不愉快ですね」
「ほんとに土下座した方がいい?」
「……被虐趣味を持つあなたにとっては、土下座して頭を踏みつけられるのはご褒美でしたか。どうぞ?」
「ごめん、止めとく。でも、チェルシーにまた会えて嬉しい」
「そうですか。チェルシーはそうでもありません」
「アヒージョ美味しかった」
「当然です」
チェルシーに会えて、自分が記憶を取り戻した実感が湧いてきた。
胸の奥がなんだか切ない。
嬉しいけど、ちょっと困った。
……喉、乾いてる。
チェルシーの首が美味しそうに見える。
そう言えば、ヘレーネさんの血も少し飲んだっけ。
ヴァンパイアの血も、きっと今の私なら飲めちゃうんだろうな……
「マーシャさんは?」
「ギドという骨と共に真祖と何か話しているようです」
「そっか。とりあえず真祖に会って、私が今どうなってるのか教えて欲しいな」
多分真祖ならある程度わかるし、教えてくれる。
そう思って体を起こしてベッドから出ようとすると、チェルシーが私に向かって手を差し出した。
「連れて行って差し上げましょうか?」
「え? う、うん」
急に優しいじゃん。
そう思ってチェルシーの手を取ろうとすると、チェルシーは私の手じゃなくて手首を掴んだ。
そのままグイっと持ち上げられて、私はバンザイの姿勢で足が地面につかなくなる。
プラプラと足を揺らしながら、目の前のチェルシーと見つめ合う。
……なにこれ?
「あの、ちょっと? なに?」
シャツがちょっとめくれて、おへそ見えちゃってるんですけど。
「向きが逆ですね」
「普通に連れてってくれないの?」
チェルシーは私の発言を完全にスルーして、私の手首を持ち替える。
私何されてるの?
チェルシーは私を自分と同じ方を向かせるように宙づりにすると、そのまま部屋を出る。
私は無抵抗で宙ぶらりんのまま、真祖とマーシャさんとギドの前に連れて行かれることになった。
「うむ。やはりもう人ではないようじゃの。そしてヴァンパイアやハーフヴァンパイアとも違う、また別の生きもののようじゃ」
真祖は私がチェルシーに強制バンザイさせられていることには一切触れず、興味深そうに私を見てそう言った。
思ったほどショックはないというか、この微妙に連行されているみたいな状態がシリアスな気分にさせてくれないというか。
でも真祖は真面目な顔で宙づり状態の私をジロジロと見回して、一つ頷いた。
「しかし、ヴァンパイアが元になっているだけあって、いくつか似た部分があるようじゃな。マーシャ、ギド、席を外してくれんか。良く調べたい」
「私もエリーを調べたいです」
「エリーの血を吸って調べるのでな、マーシャには無理じゃ」
「私もエリーの血を飲みたいです」
「マーシャよ、いや人の子よ。正気に戻るのじゃ」
何この会話。
というかマーシャさんはここ数日様子がおかしかった。
たぶん私が邪険にしたせいだと思う。
マーシャさんを正気に戻すには……
「マーシャさん。私、自分の体のことちゃんとわかって、安心してマーシャさんと暮らしたいの。だから、今だけ真祖に調べてもらうね」
「わかりました。じゃあギドと一緒に外で待ってますね」
うんうん。
マーシャさんはこう言えばうまく操縦できるんだよね。
ところでチェルシーは席を外させないの?
私はいつまで宙づりなの?
ねぇ……?




