私の日記
アヒージョを食べ終えて、牛乳をたくさん飲んで、少しゆっくりした後、メイドさんが私たちのすぐ横にやってきた。
「お部屋に案内します」
メイドさんはポツリと、すごくお高い宿屋で耳にするようなセリフを言う。
というかメイドさんにお世話してもらうなんて、普通に高貴な人の特権じゃない?
貴族待遇だ。
ちょっとテンション上がっちゃうよ、これ。
テンションも上がると同時に緊張もするのは、私がどこまで行っても庶民だからなんだろうね。
「は、はいっ」
ちょっと上ずった返事をして、椅子をガタっと言わせながら立ち上がっちゃった。
顔が熱い。
案内されたのは、普通のお部屋。
宿屋の一室というより、使っていない部屋をあてがわれた感じ。
机に、ベッドに、棚。
全部空っぽで、ベッドにはシーツだけがあって枕はなし。
扉は鍵付き。
そしてマーシャさんと部屋が別だった。
ギドはマーシャさんが持って行っちゃった。
何というか、上がっていたテンションが逆転して不安になる。
私何も持ってない。
1人だけ。
静かな部屋で、やることも無い。
夜まで何すればいいんだろうね。
……瞑想とか?
何か思い出せるかもしれない。
ベッドの上に座って、目を閉じてみる。
実際の瞑想のやり方なんて知らないけど、目を瞑って静かにしてればいい、と思う。
とりあえずやってみる。
座ってじっとしているだけなのに、なんとなく居心地がいい。
若干湿った空気と薄暗い部屋が、心地いい。
外はきっと暑いと思うけど、この部屋はそんなに暑くない。
閉め切った部屋の空気は淀んでいるような感じが無くて、静かだ。
……ん?
ふと目を開けて、部屋を見渡してみる。
お日様の当たる感じが全くしない。
窓が全部閉め切られていて、分厚いカーテンの奥は雨戸がぴっちりと閉じられてる。
換気するつもりが全くないみたいだ。
「……まぁいっか」
窓を開けて空気を入れ替えようかと思ったけど、今の居心地の良さを失いたくなくて止めた。
また目を閉じて瞑想をしようかな。
肩を軽くトントンされて、声がかかる。
「エリー、起きてくれ。そろそろ王城に向かう時間だ」
寝てた。
エルマさんが起こしてくれなかったら、あのまま寝続けてたね。
危ない危ない。
昼寝なんて成人してから全くしてなかったけど、なんだか気分がすっきりするね。
着の身着のままで来てたから、起きて顔を洗えば準備完了。
ギドを抱えたマーシャさんと合流して、また馬車で王城前広場に向かう。
4人乗りの馬車に、私とマーシャさんとギドとエルマさんと、あとメイドさん。
どうしてメイドさんまで馬車に乗るのか聞いてみた。
もちろんメイドさんの同行を嫌がる意図はないよ。
「私は城の中に入ることが出来ないから、彼女に案内を頼んである」
と答えが返ってきた。
そっか、お城の中はメイドさんが案内してくれるんだ。
……大丈夫?
私みたいな庶民がメイドさんの案内で王城の中を歩いて、ほんとに大丈夫?
あとから不敬罪とかなんとか言われたりしない?
というか、結局王城に呼ばれた理由をまだ聞いてない。
「あの、王城で私に何を? 具体的な要件とか、まだ聞いてないんですけど」
「それは私からは言えないな。まぁ悪い話ではないはずだ。安心してくれ」
言えないって言われると余計怖いんですけど。
マーシャさんはずっと黙ってるし、ギドも喋らない。
お喋り頭が黙っちゃったら、それはもうただの洒落頭だよ。
ねぇギド?
……軽く睨んでみたけど、ギドは表情が無いから、私の意図が伝わったのかどうかすらわかんない。
結局よくわからないまま王城についてしまい、そのままエルマさんと別れて、メイドさん、マーシャさんと歩いて王城に入る。
何気なく入ってるけど、夜の王城なんて滅多に入れるものじゃないよね。
壁やら天井やらを見回しながら、スタスタ歩いていくメイドさんについて行くと、中庭に出た。
メイドさんはそのまま中庭に建っている塔に入って、螺旋階段を登り始める。
マーシャさんの息が上がり始めてしばらくして、ようやく塔の上の部屋に着いた。
そのままスッと入っていくのかと思ったら、メイドさんは私を振り返った。
「ここに入れば、あなたが忘れていることを思い出せるかもしれません」
「え、あの、なんで私が色んなこと忘れてるって知ってるんですか?」
当たり前のように忘れてるとか思い出すとか言われてびっくりした。
そして聞き返すと、メイドさんは黙ってしまった。
後ろで息を整えていたマーシャさんが、私の肩に手を置いて
「エリー、もしかして、知り合いなんじゃないですか?」
と言った。
一瞬ピンとこなかったけど、すぐにマーシャさんの言いたいことがわかった。
「あ、あ~。そうなんですか?」
私が覚えていないだけで、このメイドさんと私は知り合いで、私の態度とかから私が忘れてしまっていることに気付いてた。
そう言うことかな。
メイドさんはやっぱり何も言わないで、扉の前で私を見る。
私が忘れている時間は、1日や1週間じゃ済まない。
2年。
きっといろんなことがあって、知り合いも増えたと思う。
そしてその知り合いに会うたびに、私は嫌な思いをさせるんだ。
”あなたのことは忘れてしまいました”って、言葉じゃなくて態度で伝わる。
相手は当然気分が悪いだろうし、私も申し訳ない気持ちになると思う。
やっぱり、忘れたままは良くないよね。
「思い出したいから、入ります」
メイドさんは、静かに扉を開けてくれた。
私は王様に会った。
ものすごく若い王様だったけど、”国王の真祖、ジャンドイルだ”と自己紹介されてしまうと、”すごく若いですね”とか言えなかった。
その後奥の部屋に案内された。
夜中に王様に会って、奥の部屋に案内される。
一瞬側室にでもされるのかと思ったけど、すぐにそんなわけないと気付いた。
奥の部屋に連れて行かれた後、すぐに王様は部屋を出て行った。
生活感丸出しの部屋には、一冊のノートがある。
表には何も書かれてないけど、裏表紙には名前が書いてあった。
Elie。
最初のページには2年くらい前の日付と、熱を出してパーティを抜けて、1週間くらい寝込んで、起きたらハーフヴァンパイアになっていたことが書かれてた。
そんな馬鹿なと思った。
だけど、確信してしまった。
これ、私の日記だ。
私の頭はクラクラし始めて、読み進めるごとにクラクラがフワフワに変わっていく。
ページをめくる。
読む。
頭痛に似た感覚が強くなる。
全部読み終えた後、私はその部屋にあるベッドに倒れ込んだ。
無意識に一言だけ呟いて、瞼を閉じる。
「燃やすの、忘れててよかった」
そろそろこの章も終わります。




