アヒージョ
マーシャさんの家から出るのは、大体1週間ぶりになる。
ずっと出なかったというか、出るのが怖かったというか……
どこかに行こうとすると、マーシャさんに行先や要件を根掘り葉掘り聞かれ、代わりに済ませて来るから家に居てと言って譲らない。
黙って出かけようとするとギドが真剣な声で”やめとけ。後悔する”と忠告して来るから、怖くて行けない。
あれ?
軟禁されてる?
今になって気付いたけど、これ軟禁状態だよね?
「……はぁ。もうどうしたら……」
私のため息は、マーシャさんには気付かれなかった。
だけどエルマっていう人には気付かれた。
「大丈夫か? あまり元気ではなさそうだが」
「はい、大丈夫です。ちょっと精神的に疲れてるだけなので」
「そうか」
ピンと伸びた背筋に、マーシャさんより若干低い身長に、短い髪に、ふわふわのシャツとロングスカート。
似合っているけど、どこか引っかかる。
もっとこう、キリッと引き締まった服装の方が似合いそう。
ジャケットにパンツとか。
男っぽいって言いたいわけじゃないんだけどね。
「似合わないか?」
ジロジロと眺めていたら、苦笑いしながらそう言われた。
「そんなことないです。かっこいい感じの服も似合うだろうなって思って」
「そうか。悪い気はしないな」
エルマさんはそう言うと、また前を向いて歩き始める。
もうすぐピュラから王都行きの馬車に乗る。
マーシャさんはギドを抱えながら先頭を歩いていて、チラチラこっちを振り向いたりしてた。
不機嫌そうな顔で私を見るから、その度にちょっとヒヤッとする。
でも何も言わずに、また歩く。
……疲れる。
私たちが4人乗りのちょっと高級そうな馬車に乗り込むと、馬車はそのまま王都に向かって進み始める。
問題があるとすると、私たちの座る席だと思う。
マーシャさんの横には、ギドが鎮座してる。
そしてマーシャさんとギドの対面には、私とエルマさんが。
エルマさんは当然のように私の横に座って、それを見たマーシャさんが、一瞬とんでもない表情になったのを、私は見逃さなかった。
仕方ないじゃん。
私、エルマさん、マーシャさんの順で座ったんだから。
普通奥から詰めるよね?
エルマさん、どうして当たり前みたいな顔で私の横に座ったの?
そんなこと聞く勇気はないけど。
でもマーシャさんにはあったみたいだ。
「あの、随分エリーと親し気ですけど」
「そんなことは無い。私は誰にでもこうだ」
そしてエルマさんはサラリと受け流す。
大人だ。
そしてチラリと私を見て、また笑いかけてくれた。
……ほんとに誰にでもこう言う風に接するのなら、すごくモテそう。
私もあと少し身長が伸びたら、こう言う風な接し方を覚えてみよう。
モテたいというより、大人に見られたい。
私は成人してるのに、子ども扱いされることが多いからね。
……なんとなく、エルマさんの顔じゃなくて、首とか肩に目が行く。
急に喉が渇いたような気がする。
というか、喉が焼けるように熱い。
「エリー? そんなにその人のことが気になるのですか?」
「へ?!」
私ったらマーシャさんに咎められるまで、ジッとエルマさんの方ばかり見てた。
「あ、あの、なんだか喉乾いちゃって」
「喉が渇いたって、それは人を熱っぽく見つめるにはならないと思うのですけど」
それもそうだ。
何を口走ってるんだろう。
ギドはこんな時に限ってフォローしてくれないし、エルマさんは真顔になるし、マーシャさんは怒るし……
「ごめんなさい」
逃げ場を失った私は謝ることしか出来なかった。
「……本当らしいな」
エルマさんが小さな声でそう言ったのが聞こえたけれど、その後の沈黙を破る勇気が出なかった。
王都に着いたのは、ちょうど正午を回った頃になった。
私たちの乗る馬車は門をくぐったあと、そのまま王城前にある広場へと向かった。
あらかじめ話が通っていたのか、騎士の人もちらほら見える。
お城の近くに馬車が止まると、赤い髪の男の騎士さんが近づいて、馬車の扉を開ける。
貴賓への対応みたいで、緊張しちゃうよ。
でも緊張しているのは私だけのようで、マーシャさんは落ち着いてて、エルマさんも自然に対応し始めた。
「仰せの通りエリーなる冒険者を連れてまいりました。エルマと申します」
「う、うむ。確認した。ご苦労……そのまま城に向かって、じゃなくて、城には夜に向かうようにとのことだ。我らが兵舎にて、日の落ちる頃まで待たれよ」
「かしこまりました」
騎士の人は対応が不慣れな感じというか、変に気を使っているような感じがする。
そしてエルマさんは終始困り笑顔だった。
……よくわからない。
明らかに変だけど、ツッコむようなことじゃないし、きっと私には関係ない。
騎士の人にもの問いたげな目で見られたけど、目を合わせないことにした。
王都の北東区の中に、ちょっと立派な感じの集合住宅っぽい建物。
それが兵舎。
騎士団の名前も聞いたけど、長いしややこしいしで憶えてない。
馬車を降りた私たちは、その兵舎の門をくぐって、廊下を通って、食堂に案内された。
「昼食と夕食はこちらで用意する。休みたければ空き部屋をあてがう用意があるから、遠慮なく言ってくれ」
エルマさんはそう言って、私とマーシャさんとギドを残して、食堂を出て行った。
あの、休みたくなった時は、誰に言えば良いの?
そう思って周りを見たけど、誰も居ない。
でもなんだかいい匂いがしてきた。
食堂の奥にあるキッチンの方から、オリーブとニンニクの匂いがする。
「あ、メイドさん居た」
真っ白な後姿が見える。
エプロンもメイド服も真っ白で、髪だけ銀色の女の人が、キッチンで何か作ってるみたいだ。
匂いがするまで全く気付かなかった。
「なにかいい匂いがしますね。オリーブでしょうか」
そしてマーシャさんに至っては、まだメイドさんに気付いてないみたい。
今日初めて見せる笑顔で、料理の匂いを味わってる。
「そうだね」
ちょっとおかしいし、ナチュラルに怖いマーシャさん。
でも穏やかな表情を浮かべているときは、なぜか私も嬉しいと思った。
「アヒージョです」
唐突にそう声がかかって、私の前にはオリーブとニンニクが強く香る料理が出てきた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ってアヒージョを持って来てくれたメイドさんに視線を向ける。
白い肌に、ほとんど口を動かない口に、閉じっぱなしの瞼。
あとおっきな胸。
目につくのは銀色の髪だけど、静かで冷たいっていう印象を強く感じる。
メイドさんはマーシャさんの前にもアヒージョを出して、コップに牛乳を注いでくれた。
牛乳なんて滅多に飲めるものじゃないのに、テーブルの上に牛乳が並々と注がれたピッチャーまで置いてくれる。
至れり尽くせりだね。
私もマーシャさんも、朝ご飯を食べずに来てしまって、お腹が空いてた。
フォークを握った後は、もう止まりそうになかった。
「いただきます」
アヒージョ美味しい。
牛乳のコクと甘さに、お腹が喜んでる。
ギドがなんとなく恨めしそうに見てる気がするけど、ごめん、スルーさせて。
多分めったに食べられない物だから、味わいたいの。
ごめん。
メイドさんは私とマーシャさんが食べ始めるのを見ると、そのまま食堂の出口の方にスタスタと向かって行った。
気になったから、食事の手を止めずにそっちを見てみる。
出口の方に、誰かいるみたい。
ここからじゃ見えないけど、メイドさんが小声で何か話してるのが聞こえる。
……私こんなに耳がよかったっけ?
「出て来るなと言ったでしょう。目を見られたらどうするつもりなのですか?」
「いいでねぇかちょっとくれぇ。おらどうなったのか気になるだ」
「俺も気になる。せっかく人間になったのに、またヴァンパイアか何かになっちまったんだろ? なら、また俺たちが手を貸す必要があるかも知れねぇじゃんよ」
「あなたたちは魅了されて利用されていただけでしょう。自分から手を貸していたみたいな言い方は生意気ですね。気に入りません。自分の両目と舌をくり抜いて出直しなさい」
「いやに決まってんだろ」
とんでもない会話が聞こえてきた。
一体何の話なのかさっぱりわかんないけど、きっと関わらないほうがいいよね。
うん、これもスルーしよう。
「んで、あの金髪の女がマーシャだか? 後姿しか見えねぇだが、ありゃきっと結構いい女だべ」
「そのようですね。いい女かどうかは知りませんけれど」
「おらちょっと行って自己紹介してくるだ」
「ギンラク、この脳なしを片付けておきなさい」
「おっさん……俺らが出て言ったら目を見られちまうだろ? 馬鹿なこと言うなよ。ところで、マーシャの横の席に置いてある骨は何なんだ?」
「さぁ? チェルシーはああいう得体のしれない物には関わらないことにしています。気になるならご自分で調べてください。そのまま祟りにでもあえばよいのです」
よくわからないけど、3人の会話が面白くて、少し吹き出しそうになった。
若干懐かしいような気もする。
美味しいもの食べて、マーシャさんも穏やかで、ちょっと遠くから面白い会話が聞こえて来て……
なんだか、今、幸せだ……
話が進みませんね。
でも焦らず書いていくつもりです。




