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空回りの愛

 私の膝の上で眠ってしまったマーシャさんと不思議な頭蓋骨のギド。

 

 私たちは今すぐ旧都を出てピュラの町には戻れない。

 

 蠱毒姫の騒動で、旧都の町から避難しようとする人が大勢いて、門がごった返しているから。

 

 一晩明ければ落ち着くだろうってことで、ギドの案内でマーシャさんが泊まっていた宿で一泊することにした。

 

 マーシャさんは簡単に抱き上げられた。

 

 宿まで担いでいくのは大変だろうなって思ってたのに、ヒョイっと持ち上がってしまって、びっくりした。

 

 「軽……」

 

 「マーシャが軽いんじゃねぇ。エリーの力が強いんだ」

 

 「どういう意味?」

 

 「ま、その話はあとでな」

 

 ギドはふわふわ浮かぶのを止めて、マーシャさんの腕の中に納まるように上に乗る。

 

 まぁ浮いてたら目立つし、これで良いと思う。

 

 宿には従業員の人が居なかった。

 

 旧都から逃げたんだと思う。 


 お金が無いから、その方がありがたいかもしれない。

 

 本当は良くないけど、勝手に一部屋借りる。 

 

 私の荷物はどこにあるんだろうね。

 

 雑嚢(ざつのう)とショートソードくらいしか持ってなかったけど、宿に泊まるくらいのお金は持ってたはず。

 

 わからないことだらけだ。

 

 この部屋にはベッドが1つしかないから、マーシャさんに譲ることにした。

 

 私はベッドのシーツを床に敷いて、その上に横になる。

 

 ギドはベッドの横のテーブルの上に置いておいた。

 

 「別に2人で同じベッド使えばいいだろ。同性なんだし気にすんなよ」

 

 それはちょっと……

 

 「流石に遠慮するよ」

 

 「へぇ……マーシャが起きた時、何言われるか知らねぇぞぉ」

 

 「勝手に同じベッドで寝たほうが文句言われると思うけど」

 

 「マーシャは……まぁいいか。自分で思い出せ」

 

 ギドは結局何も教えてくれない。

 

 気になるようなことだけ言って、本当のことは何も言わない。

 

 気になるけど、深く聞くのも怖いから、誤魔化されておくことにする。

 

 「おやすみなさい」

 

 「おう。おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グッと体が持ちあがる感覚で目が覚めた。

 

 「うぇ?」

 

 寝起きの喉が変な声を出したけど、私が慌て始める前にトスンと落ちる。

 

 ベッドの上だ。 


 「はぁ~、エリーが居る。はぁぁぁ……」

 

 そんな声と一緒に長い腕が巻き付いてきて、女の人が私の顔や首、胸に頬ずりし始める。

 

 たしかこの人は、マーシャさん。

 

 「あの、どうしたんですか?」

 

 「目が覚めたら横にエリーが居るなんて久しぶり過ぎて、抱きしめずにはいられません」

 

 この人は何を言ってるんだろう。

 

 「でも、なんでエリーは床にシーツだけ敷いて寝てたんですか? 目が覚めた瞬間はエリーが見当たらなくてパニックになりかけたんですよ? ああ、もう、ほんとにショック死するかと思うくらい怖かった。近くに居てくれてよかったです。ああ、エリーの匂いがしますね」

 

 マーシャさんは無遠慮に私に顔をうずめて匂いを嗅ぎながら、抱きしめる力を強くする。

 

 えっと、流石にちょっと困るというか、距離感が近すぎて受け付けない。

  

 「あ、あの、ちょっと待ってください」

 

 とりあえずマーシャさんの両腕を掴んでホールドから脱出して、ついでにベッドから降り立ってマーシャさんを見る。

 

 「エリー?」

 

 するとマーシャさんはものすごく不安そうな顔で私を見て、呼んだ。

 

 捨てられた子犬みたいな顔になってる。

 

 私がベッドから降りたのがそんなにショック?

 

 「えっと、その、ごめんなさい」

 

 悪いことしちゃったみたいなのでとりあえず謝って、それから、えっと、どうなったんだっけ?

 

 ……そうだ。

 

 私2年間くらいの記憶が飛んじゃってるんだ。

 

 「私多分、その、2年くらい前から昨日までの記憶が無くなってて、マーシャさんのこと、忘れちゃってます。だから、その、ごめんなさい」

 

 私はあなたのことを覚えていません。

 

 そんなこと言われたら傷つくと思うから、謝った。

 

 だけどマーシャさんはポカンとして、ボーっと私を見る。

 

 「あの、マーシャ、さん?」

 

 そう問いかけたけど、反応が無い。

 

 マーシャさんは目線だけをスーッと動かして、何かを探し始める。

 

 それから、ギドを見つけた。

  

 「ギド」

 

 「なんだぁ?」

 

 「エリーが、私のこと、憶えてないって、忘れちゃったって……」

 

 「みたいだなぁ。吾輩のことも覚えてなかったぜぇ」

 

 「何とかしてください」


 「いやそんなこと言われても」

 

 「何とかしなさい」

 

 「いや、だから吾輩はただのお喋り(こうべ)で」

 

 「なんとか、して」

 

 「無理だっつうの。吾輩を何だと思ってんだよ、あぁん? ほっときゃそのうち勝手に思い出すだろ」

 

 改めて思うと、頭蓋骨と人が当たり前に会話するっておかしいよね。

 

 昨日の夜私もしたけど。

 

 なぜかギドっていうこの頭蓋骨には敵意とか警戒心を向けられないんだよね。

 

 なんなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーシャさんは私の記憶喪失に、随分とショックを受けていた。

 

 でも馬車に乗ってピュラの町に帰る時になると、少し持ち直したみたいで、私が忘れている私自身について、色々教えてくれるようになった。

 

 「エリーは私の家に住みながら、1人で冒険者をしていました。小人の木槌亭という冒険者のお店で依頼をもらって、2,3日で片付けて帰ってくる、というのを繰り返してたんです」

 

 「そうなんですね。1人で依頼をこなすなんて、やっぱり実感ないです」

 

 「敬語やめて。お願いしますから、やめてください」

 

 「あ、はい。じゃなくてうん」

 

 「エリーが私と一緒に住み始めたのはちょうど2年くらい前なので……私と出会ったあたりからのこと全部忘れてるんですね」

 

 「そうみたいで……だね。どういう経緯で私はマーシャさんの家に住み始めたの?」 

 

 「それは私とエリーは恋人なのですから、当然です」

 

 「え?」

 

 「恋人ですから」

 

 マーシャさんが真面目な顔で2回も言うから、恋人って言うのが冗談だってことに気付くのが遅れた。

 

 「ふふ、そんなわけないよ。女の人同士で恋人なんて、ないない♪」

 

 「おいマーシャ、嘘教えんな。エリーはマーシャのことを大事な人だとは言ってたがよ、関係性はやっぱり同居人だそうだ」

 

 ギドもそう言ったことだし、やっぱり恋人って言うのは冗談。

 

 ……冗談だよね?

 

 そんな”信じられない”みたいな顔してるのも、冗談なんですよね?

 

 「……エリーは、私と恋人は、嫌ですか?」

 

 「え、う~ん、どっちかというと、普通に男の人と恋愛したいかな」

 

 私がそう言い終わるとほぼ同時に、マーシャさんは両手で耳を塞ぐように頭を抱えて、息を吸った。

 

 「へぁああああああああああああああああああああぁ」

 

 そのあとものすごく情けない声を上げて、蹲ってしまった。

 

 私はちょっと引いた。

 

 「ギド、マーシャさんって……」

 

 「おう……まぁ、なんだ。最初に言っただろ、頭のおかしい暴走女だって。悪い奴じゃねぇとは思うが、エリーに関することだと色々発狂するみてぇだなぁ」

 

 「なんで私にそこまで?」

 

 「さぁな」

 

 マーシャさんも怖いけれど、忘れている2年間の私についても怖くなってきた。

 

 私、こんなちょっとアレな人と一緒に暮らしてたんだ……

 

 私になにがあったっていうのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 マーシャさんの家には、滞りなく着いた。

 

 表札にはマーシャさんと私の名前が彫ってあって、やっぱり私は本当にマーシャさんと一緒に暮らしていたらしい。

 

 家の中には私の荷物もあった。

 

 雑嚢の中身はほぼ変わってない。

 

 私の服もあって、お金も思った以上に稼いでたらしく、たくさんあった。

 

 ショートソードだけ無くなってた。

 

 どこに忘れてきたのかは、マーシャさんもギドも知らないらしい。

 

 とりあえず今の生活に慣れたほうがいいということで、私は冒険者の仕事もしないまま、ただただ家で過ごすことになった。

 

 寝て、起きて、ご飯食べて、着替えて、体を洗って、寝る。

 

 記憶にない家に、記憶にない人と頭蓋骨と、一緒の暮らし。

 

 なんだかよくわからない。

 

 不安。

 

 本当にここは私の居場所?

 

 私はここに居ていいの?

 

 新しくショートソードを買って、小人の木槌亭なんていうよくわからないお店じゃなくて、砂金の泉亭に行って、ファマスさんやポーカさん、ピンさんと一緒に居たほうがいいんじゃないの?

 

 そんなことばっかり考えてしまう。

 

 でも、言えない。

 

 言うとマーシャさんが何をするかわからない。

 

 マーシャさんはギドの言う通り、ちょっとおかしいみたいだ。

 

 「小指が無くなると武器を使えなくなるらしいんですけど、切り落として良いですか?」

 

 なんてことを真面目な顔で言われてしまった。

 

 なんでも私にこの家から出てほしくないらしい。

 

 というか片時も放さず一緒に居たいという気持ちが、強すぎる。

 

 ギドが言うには、”エリーLOVEを極めたマーシャは正気を失っている”だそうだ。

 

 良いわけない。

  

 私は何の職業訓練も受けてないから、冒険者以外の仕事はほぼ見つからない。 

 

 それなのに武器が使えなくなったら、もうただの穀潰し(ごくつぶし)になってしまう。

 

 マーシャさんは私を飼い殺しにしたいみたいだね。

 

 もうなんだか怖くて、気が休まらないよ。

 

 あ、あと犬も居た。

 

 私と同じ”エリー”という名前の大型犬。

 

 マーシャさんによく懐いていて、私には全然懐いてくれない。

 

 というか私の同じ名前なのはなぜ?

 

 でも一々マーシャさんに問いただすのも怖いし、スルーする。

 

 うん。

 

 「エリー、お手」

 

 うん、スルーだよ、スルー。

 

 「エリー、伏せ」

 

 私じゃない。

 

 犬の方のエリー。

 

 「エリー、ちんちん」

 

 あ、無理。

 

 もう耳にするだけでなんだかどうしようもないほど恥ずかしい。

 

 その芸だけはやめて欲しいよ、マーシャさん。

 

 耐え切れなくなった私は机の上にぽつんと置かれていたギドを掴み上げて、小声で話しかける。

 

 「どうしようギド。私ここに居ちゃいけない気がする。色々限界なんですけど」 

  

 「ああ、まぁ、そうだろうなぁ。というか、なんか思い出したか?」

 

 「何にも思い出せないよ」

 

 「だろうなぁ」

 

 「このままじゃ私、何にも思い出さないまま、マーシャさんに飼い殺しにされちゃう」

 

 「このままだとそうなるだろうなぁ。何とかして家を出るチャンスを掴んで、なんか思い出すか、逃げるか……逃げたら逃げたで後が怖ぇなぁ。蠱毒姫相手に単身で突撃する奴だから、どこまで逃げても追いかけてきそうだ」

 

 怖いこと言わないでよ。

 

 「でも、ほんとになんとかしないと心が持たないよ。夜になるともっと酷いでしょ?」

 

 「だな。ありゃスキンシップじゃねぇ。セクハラか愛撫だぁ。エリーもよくあれで眠れるよなぁ。感心するぜ」

 

 「マーシャさんが寝落ちするまで耐えてるだけ。というかいくら同性とは言え、あんな無遠慮に胸とか首とかお腹とか太ももとか触って来るなんて、ちょっとおかしいよ」

 

 とここまでギドに愚痴ったところで、ギドは少し考えるように黙った。

 

 「……あぁ、あれだ。マーシャはエリーに好きになってほしいんだろうよ。そのためにエリーの見えるものや触れるもの、聞こえるものを自分で埋め尽くそうとしてんだぁ。でもエリーはそれを嫌がるだろぉ? だからマーシャの行動はどんどんエスカレートしていく……悪循環だなぁ」

 

 「うわぁ」

 

 私はちょっと、いやかなり嫌な気分になった。

 

 でもギドはもっと嫌な気分になることを言う。

 

 「知らねぇと思うが、マーシャはたまに夜に起きて、台所から包丁を持って来て、寝てるエリーをジィっと見てたりするんだぜ」

 

 「う、嘘」

 

 「マジだマジ。手足全部切り落とそうかと悩んでるみてぇだ。そうしたらエリーは自分から離れられなくなるって考えてる……お前、救われねぇなぁ。蠱毒姫の隠れ家で相当ひどい事されてたのに、逃れた先でもこんな……可哀そうすぎて笑えて来るな、ハハハッ」

 

 笑えないよ……

 

 マーシャさんの方をチラリと見ると、犬のエリーの首輪にリードを付けていた。

 

 「お散歩行きましょうね、エリー♪」

 

 犬のエリーは尻尾を振ってマーシャさんについて行き、玄関に向かう。

 

 私もあんな風にマーシャさんに好き好きアピールをすれば、マーシャさんは私に自由をくれるのだろうか。 

 

 ううん、逆だね。

 

 きっともっと私を束縛すると思う。

 

 だって、マーシャさんだもん……

 

 そんなことを考えながら見ていると、玄関扉がノックされた。

 

 ちょうどお散歩に行こうと玄関に居たマーシャさんは、すぐに扉を開ける。

 

 「はい、どちら様ですか?」

 

 「突然すまない。エルマという者だ。エリーという冒険者に召集令がかかっている。可及的速やかに王都に向かって欲しい」

 

 マーシャさんの向こうには、茶髪のショートカットの女の人が立っていて、そう言った。

 

 フワフワしたシャツに、柔らかな印象の淡い白のロングスカートを履いているその人は、ぱっと見ではわかりにくいけど、体を鍛えている人の体格だった。

 

 そして私と目が合うと、柔らかく笑った。

 

 「ふむ。特に急を要する用事があるようには見えないな。このまま王都に来てほしい」

 

 私は考える間もなく頷いてた。

 

 なぜかわからないけど、その人の笑顔と声に、すごく安心してしまったせいだと思う。

 

 「はい。わかりました」

 

 その女の人はマーシャさんに向き直ると、やっぱり柔らかく笑いかけた。

 

 「少しエリーを借りるが、いいだろうか」

 

 「私も急を要する用事は無いので、同行します」

 

 「構わない。むしろ好都合だろう」

 

 散歩の予定を速攻でキャンセルされた犬のエリーが、シュンとしてる。

 

 あと、マーシャさんとその人が若干睨み合っているような気がしたのは、なんでなんだろうね?

台風で家から出られず時間があったので、連日投稿しておりました。

明日以降毎日投稿は難しいかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] マーシャさんの暴走が一段と激しくなってきている気がします(笑) でもここまでくると一周回って可愛く感じてきました(*'▽') あと「~誤魔化されて置くことにする。」と「~というか片時も話さ…
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