捧血
エリーを抱いて、大混乱の旧都を走る。
蠱毒姫が出たという噂が広まって、我先にと旧都を逃げ出す人と、蠱毒姫を倒して名を上げようとする冒険者と、蠱毒姫を討とうとする兵士がごちゃ混ぜだ。
邪魔。
私はそんなのどうでもいい。
邪魔。
邪魔。
ああイライラする。
ぶつかられるたびにエリーを落としそうになる。
エリーにぶつかりそうになる人に殺意を覚える。
それでも走る。
「ハ、ハ、ハ、エリー、ハ、ハ、もうすぐ、馬車に、乗れます、からね」
エリーにそう語り掛けても、起きてくれない。
全身の力を抜いて、ダラリと手足を投げ出して、目を瞑ったまま。
起きて欲しい。
自分で走ったりなんかはしなくていい。
意識を取り戻してくれるだけでいい。
でないと、もう目覚めてくれないんじゃないかと、不安になる。
しばらく走り続けて、ようやく旧都の南門に着いた。
他の町との行き来のために、旧都の各門にはたくさんの馬車がある。
あるのだけど、今は……
「乗せろ! さっさと乗せやがれ!」
「この子だけでも乗せてください! 荷台でも構いません!」
「早くしろよ! 蠱毒姫の居る街になんて居られるか!」
乗れそうになかった。
ずらりと並ぶ馬車はどれも満員で、乗り切らなかった人が南門の大通りにごった返している。
この列に並んだとしても、馬車の数は絶対に足りないと一目でわかってしまった。
……だからなんだというの?
歩いていけばいい。
この列に並んでいる連中はどうかしている。
馬車が足りないのがわかっているなら、自分の足で旧都を出ればいい。
馬車にこだわってここで足を止めているなんて、頭がおかしいとしか思えない。
「邪魔」
私は南門までを塞ぐ人の壁を掻き分けようと、手を伸ばす。
そしてその手が誰かの肩に触れる前に、掴まれた。
「待ちなさいな」
白い手が私の手首を掴んで、動きを止めさせる。
私は構おうとしなかった。
私の手首を掴む手を振り払って、そのまま人混みを掻き分けて進もうとした。
「そのままだとその子、死ぬわよ」
そう聞こえて、私は初めて声の主を見た。
私に声をかけて止めたのは、青い髪に、青いワンピースを着た女だった。
肌が白くて、目は前が見えていないのではと疑うほど細い。
「その子、血が足りてないわね。いわゆる貧血ってやつよ」
エリーを一目見るとそう言い放って、私たちを人込みを避けて物陰へと連れ込んだ。
気が気ではない。
エリーが死ぬなんてことはあってはならない。
レーネがいつ現れるかわからない状況で、よくわからない相手と物陰に居る。
もう頭が追い付いてない。
だけどやるべきことくらいはわかる。
まずエリーの命の確保だ。
「どうすればいいの?」
そう聞くと、青い女は私をじっと見た。
「あんたもわかってるでしょ?」
そう言って、足元のガラス片を拾って私に差し出した。
「血を飲ませるのよ。あたしのじゃダメ。人間のあんたのを飲ませるの」
私の手にガラス片を乗せて、さらに続ける。
「ヴァンパイアを助けたいと思うなら、そのくらいの覚悟はあるんでしょう?」
「エリーは」
ヴァンパイアじゃない。
そう言いかけたけれど、それは今必要ない。
私はエリーを仰向けに寝かせて、手のひらのガラス片を一目見て、握りしめた。
ガラスの角が手に食い込むのを感じて、さらに強く握った。
「あたしは会いたい人が居るからもう行くわ。ちゃんと飲ませれば必ず回復するから、目を覚ましたら逃げたほうがいいわよ」
青い女が何か言っていたけれど、私は聞かなかった。
エリーの口を開いて、ガラス片を握った手から滴る血をエリーの口の中に零していく。
青い女が離れていくのを足音で感じ取りながら、ふと思った。
「そう言えば、エリーに血を飲んでもらうのも、これが初めてですね」
ぐったりとしていたエリーの口に血が落ちるたびに、喉をを鳴らして飲み込んでいく。
私はホッとした。
きっとこれでエリーは目を覚ます。
さっきの青い女が何者なのか気にはなるけれど、そんなことどうでもいいくらい、今はホッとしている。
ガラス片を握る。
滴る血をエリーの口に落としていく。
「どうせなら、エリーに噛みつかれて、直接吸ってくれればいいのに」
手のひらに深く食い込んだガラス片は、思ったよりたくさんの血を流させる。
エリーが目覚めるまでずっと血を飲ませるつもりだったのに、いつの間にかふらつき始めた。
でもエリーはまだ目覚めない。
「エリー、そろそろ起きてください……でないと」
もう、力が入らなくなってきている。
エリーを王都まで連れて行かないと
いけないのに
エリー
早く