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半ヴァンパイアは自分を忘れる

章分けをしました。


 ホグダとギドは、オリンタス山の中腹にある洞窟の中、拘束して放置しておいたエリーに会いに向かっていた。

 

 「ご主人様よぉ、吾輩も同罪っちゃあ同罪なんだが、あいつに酷いことしすぎじゃねぇか?」

 

 ”あいつ”というのはエリーのことで、ギドがそう思うのは吸血衝動についてだった。

 

 「まぁ酷いとは思うけど、元はといえばあんたが間違えて攫って(さらって)きたのが悪いんじゃないの?」

 

 ギドは”ああ、これも忘れてるのか”と思い説明する。

 

 「その事じゃなくてだな。覚えてねぇのかよご主人様。ハーフヴァンパイアの重度の飢餓状態はほっといても収まらない。そうだろ?」

 

 「あ」

 

 「あ、じゃねぇよご主人様よぉ、血を飲んで衝動を満たすか、日の光を浴びて散らすかしないと収まらねぇのよ。思い出したかぁ?」

 

 200年前にヴァンパイアやハーフヴァンパイアと多く接触した二人は、それを知っていた。が、ホグダは忘れていた。またエリー自身は知らないことでもあった。

 

 エリーは重傷を負った状態でヴァンパイアレイジを使ったため、重度の飢餓状態に陥っている。そして洞窟の中にいるため日光を浴びることはない。もちろん血も飲めない。

 

 「えっと、あの子は丸2日ずっと飢餓状態だったってこと……?」

 

 「やっぱり日光浴させてなかったか! だよなぁ町から帰ってくるときそんな気はしてたんだよなぁ」

 

 「あの子、まだ正気かしらね?」

 

 ホグダは不安げに言う。ギルバートについて情報を得るどころか、意思疎通ができないかもしれないと思ったからだ。それも自分が忘れていたせいで。

 

 「運しだいだな」

 

 ギドはサラリと答える。エリーが仮に使い物にならなくても、採ってきた血が無駄になるだけで済むと考えていたからだ。

 

 洞窟にたどり着いたスケルトンとゾンビは、捕獲し拘束していたハーフヴァンパイアを見る。

 

 拘束されたまま力なくうなだれ、ピクリともしないエリーがそこにいた。

 

 ”これはダメかもな”そう思いながらギドはエリーを起こし、顔を上げさせる。

 

 黄色く濁った瞳は焦点が合っておらず、薄くあいた口からは牙がちらりと見えた。荒くなるはずの呼吸は浅い。

 

 「起こすわよ」

 

 「え? おい、何するつもりだご主人様?」

 

 もう手遅れに見えるエリーをみたホグダは、ギドの制止を無視してエリーに近寄る。

 

 「左わき腹」

 

 一目見てそうつぶやくと、ギルバートに蹴られ、いまだに完治していないエリーのそこを鷲掴みにし……グニュリ揉んだ。

 

 傷ついた内臓やつながりかけのあばら骨から激痛が走り、ビクリとエリーの体が跳ねる。

 

 「おお、ご主人様は慈悲も容赦も捨ててきたんだな……」

 

 ギドの言葉も聞こえていないかのように、ホグダは揉み続ける。

 

 ギニュ……グニュ……グニ……

 

 そのたびにエリーの体はビクリと反応し、濁った瞳の焦点が合い始める。

 

 

 

 

 ―痛い……痛い……痛い……

 

 真っ暗闇の中、エリーは痛みを感じる。

 

 「ッグ、ゴハッア゛」

 

 収まっていた吐血がぶり返し、苦痛とともにエリーの食道を逆流する。

 

 ―痛いよ……なに? この人……だれ?……

 

 真っ暗だった視界がぼやけつつも安定し、まず白い骸骨が見えた。そして自身のすぐ近くには土気色の肌の女がいて、自分の顔を覗き込んでいるのが解った。

 

 女がエリーの左わき腹を揉む。

 

 「う゛」

 

 激痛と食道の逆流を感じ、うめき声とともに少量の血を吐き出す。

 

 「い゛たいよ……やめ、てぇ」

 

 苦痛に涙を流し、やっとのことで声を絞り出す。

 

 「お、まだ会話できるのか、案外タフだな」

 

 骸骨の声が聞こえる。

 

 「あたしの処置が完璧だったおかげよ」

 

 女が得意げに言う。骸骨が内心”処置っていうか虐待か拷問だろ”と突っ込みを入れたが、その骨しかない顔からは何も読み取れない。

 

 ―ここどこ? なんでこんなに痛いの?

 

 「名前は? きいてなかったわよね」

 

 「そういえば聞いてなかったなぁ。ずっとこいつとかあの子とかで話してたぜ」

 

 ―名前? エリー、だよ。

 

 「エリー」

 

 「そう。じゃあエリー、あなたが王城で戦った男、えっとなんていえばいいかしらね?」

 

 「ああんと、赤髪で血まみれの、黒い肌の男だな」


 「聞こえたわね? その男について教えなさい。どこから出てきたとか、誰かの制御下にあったとか」

 

 ―えっと? よく思い出せない。私はエリーで、ピュラの町で冒険者やってて……

 

 ホグダはグニュリとわき腹を揉む。

 

 「うぐぁ、やめて、痛いよ」

 

 「おいおいさすがにそれは酷すぎだろご主人様」

 

 「だってぼんやりしてるから、また意識飛んだのかと思って」

 

 「思い出してる途中だろぉ? その仕打ちはさすがに吾輩もやりすぎだと思うぞ」

 

 ”ちゃんと答えないとまた苦痛を与えられる”口端から血を流しながらそうエリーは思った。

 

 ―王城? えっとルイアの……なんだっけ? 何かを報告に王都に行って……

 

 ふとホグダを見る。ゾンビの持つ死人の瞳は、エリーに恐怖を与える。

 

 ―……海賊船……スケルトン……あ

 

 「王城の、二階の、廊下の、床から、で、出てきたよ」

 

 とぎれとぎれの子供のようなわかりにくいしゃべり方であったが、エリーはなんとか答えることができた。

 

 「ふむ、つまり王城の一階か地下階かってことかしらね?」

 

 「王城の外から中に入ったから一階にいた可能性もあるぜ?」

 

 ―んと、何回かあの男のたてた音が聞こえた……気がする。スケルトンを壊す音。

 

 「下から、スケルトンを倒す音が聞こえてた。2回くらい」

 

 「吾輩の部下か、地下に行かせた奴もいたな」

 

 「ちょっと! なんで早く言わないのよ! 地下から出てきたことが確定じゃないの!」

 

 「全員おんなじ顔してんのに誰がどこに行ったかなんてわかんねぇよ! 倒される直前の記憶は復活しても戻らないだろ? 倒された部下もいつどこでやられたか覚えてぇねって」

 

 「まぁいいわ、王城の地下ね」

 

 「次の襲撃はどうする? 派手にやるとギルバート様出てきちまうから、地下にいるって解った意味がなくなるぜ?」

 

 「そのための変装道具でしょ? エリー? ほかに覚えてることはある?」

 

 ―えっと、何かを守ろうとして、蹴られて……痛かった……?

 

 「蹴られたよ。痛かったもん」

 

 「ああ、たぶんご主人様がニギニギしてるとこの話だな。あとギルバート様は一人でこいつと戦ってたから、少なくとも近くからの制御とかはされてなかったと思うぜ」

 

 「ニギニギってなによ。さて、エリー? あなたが戦った男をここに連れてきたいのだけど、手伝ってもらえるかしら?」

 

 ―……いや。もう蹴られたり痛いのは嫌だよ。

 

 「やだよ。っぐぅあ゛っカハ」

 

 いやと聞こえた時点で、ホグダはまたエリーのわき腹を揉み始めた。”手伝ってもらえるかしら?”などと聞きはしたが、そもそもエリーに選択肢など与えるつもりはなかった。エリーは言い終わった直後から苦痛と吐血に悶える。

 

 「手伝いなさい。それともずっと揉み続けてあげましょうか?」

 

 「でつだうから、やめっあ゛」

 

 ―痛い痛い痛い痛い! いうこと聞くから! そこ揉まないでよぉ

 

 エリーの思考、自我は以前よりもかなり弱くなっていた。もともと強いほうではなかったせいかもしれないが、ホグダへの恐怖に完全に屈してしまった。

 

 エリーはぽろぽろと涙をこぼしながら必死に承諾する

 

 「そう、ありがと。ギド、飲ませるわよ」


 「あ、ああ」

 

 そしてギドは主の所業に完全に引いていた。

 

 ギドはカッセルの町で手に入れた血液入りのビンを取り出した。手のひらに収まるサイズのビン7本すべてをエリーの前に並べ、一本を手に取って開ける。

 

 エリーはそれが何なのか判らなかったが、2日以上、いや1年以上渇望し続けたものだとなんとなく理解した。

 

 「口を開けなさい」

 

 ギドから血の入ったビンを受け取り、エリーに口を開けさ上を向かせる。

 

 エリーは何も考えずに従い、それを待った。

 

 エリーの口のすぐ上から垂らされるそれを、エリーは必死に口に含み、味わい、嚥下した。

 

 ―おいしい……舌と喉がしびれる……

 

 しかし、ホグダはビンの半分も飲ませないうちに垂らすのをやめてしまう。

 

 「もっと、もっとほしい。ちょうだい?」

 

 エリーは今味わったそれを何よりも欲した。これまでずっと我慢してきたそれを、浅ましくねだるほどに渇望した。

 

 エリーは体中から力が湧き出てくるのを感じた。ずっとエリーを苛んでいた衝動が落ち着きはじめ、楽になっていく。しかし、一度それを口にしてしまったせいか、それを欲する気持ちは、衝動の落ち着きに反比例するように高まっていく。

 

 「エリーはいやいや私たちを手伝うのでしょう? それならこれ以上あげられないわ」

 

 「うわぁ、ご主人様まじ引くわぁ」

 

 とうとう本音を口に出したギドを無視して、ホグダは続ける。

 

 「本気で手伝ってくれると約束してくれるなら この一本だけじゃなくて、ほら」

 

 ホグダはギドが並べた残り6本のビンを指さす。

 

 「あれも全部あなたにあげる。どう?」

 

 今のエリーに、断る理由などなかった。

 

 「約束する。いっぱい手伝うから!」

 

 エリーの返事に満足したホグダは、もう一度ビン中の血をエリーの口に垂らす。エリーが必死にそれを飲み込むのを見ながら、ホグダは言う。

 

 「これは血、人間の血液よ。あなたに必要なものなの」 

 

 ―どうして必要なの? こんなにおいしいから?

 

 「なぜなら、あなたはハーフヴァンパイアだからよ。人間の血を飲んで力を発揮するの」

 

 充分な血を摂りこみ、完全に吸血衝動が収まる。そこには、血の味を覚え本来あるべき力を取り戻した、ハーフヴァンパイアがいた。

 

 ―そっか……私ハーフヴァンパイアなんだ……

 

 もうそこには”人間の冒険者”などいない。いや、本当は最初からいなかった。

 

 ”人間でありたい””人間に戻りたい”かつて自分がそう思っていたことをエリーは忘れてしまったのだ。

初めてエリーが血を飲む話でした。

ギドがいるだけでシリアスになりきらない。どうしましょうかね。

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