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暴走

 ヘレーネは、目論見通りに暴走状態のエリーを前に、考える。

 

 「ウゥ、フゥーッ」

 

 いかに活性薬と魔力の操作で身体能力を底上げしていようが、おそらく今のエリーに、純粋な闘争で勝てる見込みはない。

 

 手練れのヴァンパイアであっても厳しいだろう。

 

 まして運動や戦闘のセンスをかけらも持たないヘレーネには、輪をかけて厳しいと言える。

 

 おまけに所持していた薬の類は、手元にない。 

 

 今なお石の床に倒れ込み、血を吐きだし続けている下半身の服に置き去りにしてしまっている。

 

 活性薬の効果もそろそろ切れる頃合いだ。

 

 状況を一目で意識に取り込み、結論を出す。

 

 「……まずは準備ですわね。いつまでも下を裸にさせておくのもなんですし」

 

 ヘレーネは白目も黒目も等しく真っ赤にそまったエリーと目を合わせ、久々に感じるスリルを楽しむように笑う。 

 

 そして、エリーへ向けて駆けだした。

 

 運動センスの無さを膂力で補うかのような適当な走り出しは、やはりマーシャには捉えられない。

 

 エリーへ向けて一直線に、捨て身にすら思えるような特攻。

 

 歪んだ本能に身を任せたエリーは、指尖硬化によって固めた指で迎撃する。

 

 「フガアアアアアッ」

 

 ヘレーネは案の定返り打たれた。

 

 「ハハハハハッ」

 

 ヘレーネの体はエリーの振り抜かれた指に右半身を削り取られ、特攻の勢いを半減させながら空を舞う。

 

 巨大な鉤爪にでも切り裂かれたような傷を負いながら、ヘレーネはエリーの背後へと落下していく。

 

 エリーの背後にあるのは、腰を抜かしたマーシャと、先ほど真っ二つにされた自分の下半身だ。

 

 ヘレーネの目的は、自分の下半身の服だった。

 

 もっと言えば、服の至る所に縫い付けられたポケットの中身である、薬の数々だ。

 

 ヘレーネは落下の最中にもかかわらず、左手を自分の服に手を伸ばす。

 

 ヘレーネの指先が服に触れた瞬間、エリーの追撃がヘレーネを見舞った。

 

 「ァアアアアアアアア!」

 

 ヘレーネの胴に、咆哮と共に蹴りが叩き込まれる。

 

 硬化したつま先は背中から内臓を抉り、大穴を開けながら、ヘレーネを横一直線に弾き飛ばす。

 

 「グ……わかったつもりになっていましたけれど、予想以上ですわね。まともにやり合おうなどと考えなくて、正解でした」

 

 ヴァンパイアをただの暴力で圧倒する生き物など、化け物以外の呼び方はできませんわね。

 

 そう続けようかとも思ったヘレーネだが、無駄口を叩いている余裕が無い事もよくわかっている。

 

 ヘレーネは壁に激突しながら左手に握った物を確認する。

 

 望んだとおりの薬を掴めていたことに笑い、ギュっと握り、エリーを見た。

 

 蹴った後の姿勢を立て直したところに、ふざけたような笑顔と言葉を投げかけ、左手に握った薬を放る。

 

 「これでも喰らえ、ですわ♪」

 

 放物線を描いて飛んでくるその薬を、エリーは難なく叩き落す。

 

 その瞬間真っ黒の煙が、エリーの足元から爆発的に広がった。

 

 光を飲み込むようなどこまでも黒い煙がすべてを覆う。

 

 ヘレーネは望み通りの結果に笑みを深め、目を疑うかのような速度で体を再生する。

 

 「フフン♪」

 

 ヘレーネは煙幕に紛れ、その場から静かに姿を消した。

 

 この撤退は、エリーから逃げるためではない。

 

 エリーと存分にやり合う準備をするための、時間稼ぎだ。

  

 もしエリーに意識が残っていたならば、すぐにヘレーネの目的に気付き、何を置いても追いかけただろう。

 

 だがそんな判断力はない。

 

 「ア、ア、アアアア、グ」

 

 本能が暗闇を恐れ、手足を振り回して黒い煙を掻き分けようと暴れだす。

 

 ヘレーネは背後から響く石の壁や床がバコベコと割れる音によって、焦ることなく準備を整え始めた。

 

 


 

 

 

 

  

 

 

 

 

     

 

 

 (わたくし)の拠点には、私の欲しいものがそろっています。

 

 私の気に入った服。

 

 清潔な水。

 

 広い拠点の雑事をこなす、お人形。

 

 国中から集めてきたお薬の材料。

 

 調剤に使う道具。

 

 被験体。

 

 なんでもあります。

 

 エリーさんから逃れた私は、とりあえず服を着ることにしました。


 少々お肌を晒すくらいはかまわないのですが、裸ではお薬を持ち歩くのに不便ですからね。

 

 エリーさんのおかげでお気に入りのドレスが台無しになってしまいましたし、今度は着飾るのではなく、実用一辺倒のポケットがたくさんついたお洋服にします。

 

 次に食事ですわね。

 

 被験体を1つ潰して、血を飲めるだけ飲んでおきます。

 

 もう飲めない……と思うまで飲んでおかないと、きっと持ちません。

 

 ルイアの町で補充した被験体も、こうして見ると残りが少なくなってきました。

 

 まぁしばらくはいいでしょう。

 

 無限の被験体より、今はエリーさんの方が欲しいですし。

 

 最後にお薬の補充。

 

 シトリンに、活性薬に、麻酔薬、酸、催涙煙、激痛薬、空気汚染薬……あとはアルコールも持っておきますか。

 

 いえいえ、これだけで足りるわけありませんわ。

 

 幸いポケットはたくさんありますし、口の中、指の隙間、袖や裾に襟など、仕込む場所などいくらでもあるのです。

 

 それに趣味の薬棚ではなく、実用の薬棚には便利なお薬がまだまだあるのですから、これと、これと、あとはこれも……

 

 「こんなものでしょう。さて、エリーさんは……っと」

 

 準備が整ってエリーさんを探そうと思った矢先、後ろの壁が派手にぶっ壊されてしまいました。

 

 振り返るまでもなく、壁を壊した犯人はエリーさんでしょう。

 

 「探す手間が省けましたわね」

 

 砕かれた石と灰色の煙の奥に、真っ赤な目が光って見えました。

 

 エリーさんは私にゆっくり近づいてきながら、うなり声をあげているようです。

 

 「ゥウウウウ、グ」

 

 言葉になっていないのに、確かな敵意を秘めているのがわかりました。

 

 戦う気……というより、殺す気満々といった感じですわね。

 

 最近は強い敵意などを向けられていなかったので、なんだかお肌がビリビリしてしまいます。

 

 ですがここで遊ぶというのは少し考え物ですね。

 

 「探す手間が省けたのは良いのですけれど、これ以上ここを壊されるのも困ってしまいます」


 どうせ聞き入れてはくださらないでしょうけれど、一応提案してみます。

 

 答えの代わりに突進してくるのも予想済みです。

 

 しかし、エリーさんは私とは少しずれた方向に突っ込み、壁に激突しました。 

 

 「残念でした」

 

 割と賭けだったのですけれど、効いてよかったと思うことにします。

 

 この部屋には既に幻惑のお薬を散布済みです。

 

 視界が揺らぐ程度の効果しかありませんが、狭い空間での戦闘では効果覿面(てきめん)

 

 「などと考えている場合ではありませんね」

 

 「アアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 私を再補足したエリーさんを見て、私は急いでお部屋を出ます。

 

 さっさと拠点を出ないと、滅茶苦茶に壊されてしまうでしょう。

 

 そうなると後が大変です。 

 

 後ろで壁がぶっ壊される音に急かされながら、私は拠点を出ました。

 

 窓が無く換気が不十分な拠点を出ると、澄んだ空気と、夜空と、明るいお月さまと、あわただしい旧都の雑踏が私を出迎えます。

 

 夏の夜の香りには、自然と頬が緩んでしまいます。

 

 「もう夏ですわね、エリーさん?」

 

 「アアアアアアアアアオオオオオオオオオオオアアアアアアッ!」

 

 軽くふざけてみると、お返事を頂けました。

 

 どうやら怒っているようですし、身を守るついでに、その体の性能を調べ上げて、捕まえなおして、もっともっと楽しませてもらうのです。

 

 ああ、楽しみ。

 

 ですが、まずは捕まえないことには始まりません。

 

 「化け物退治の英雄気分を味わうとしましょう。ウフフ、今夜は私が主人公ですね」

 

 悪役は人間もヴァンパイアも超越したエリーさんですし、私も本気の本気でいくことにします。

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