半ヴァンパイアは自分を知る
目を覚ますと、そこは洞窟だった。
―椅子とか机とか祭壇とかがある、どう見ても人が管理してますって洞窟だね。
周りを見渡していると、ふと体に不自由を感じた。
―あ、縛られてる。
私は椅子に縛られてた。両手は背もたれの後ろ、足はそれぞれ椅子の足に縛られてる。
意識がはっきりしてきたせいか、吸血衝動も出てきた。
―ああ、また目が黄色くなっちゃうね。
―ここどこだろう? えっと、海賊船にのせられて、スケルトンに攫われたんだっけ?
足音が聞こえてくる。カツンカツンっていうのと、ペタペタという二人分。
その足音は、王都で”海賊船長ギド”と名乗ったスケルトンと、ぼろぼろのワンピースを着た女の人だった。
私の目の前に来て、二人で会話を始めた。私をどうするつもりなんだろうね……?
海賊船ボーンパーティの船長ギドは、自らの失態を主に説明しなければならなかった。一度はウキウキで”ギルバート様を連れてきたぜぇ!”と言ってしまった手前、とても言いづらいと感じていた。
「ねぇギド? ギルバートを連れてきたって言ってたわよね? どう見ても女の子なんだけど?」
「いやぁ、その、なんだ……」
「あたしの記憶が確かならギルバートは男よ。髪は赤かったしもっと体も大きかったと思うのだけど?」
ホグダは椅子に縛られた少女を見ながら言う。
「だからよ、ギルバート様を」
「ギルバートは王城に幽閉されている間に女の子になったとでもいうの?! さすがに信じられないわよ?!」
「いや違うって、こいつはギルバート様じゃねえから!」
エリーは、ぼんやりと二人の会話を聞き流していた。血を吸いたいという衝動が強すぎてそれどころではなかった。
そしてギドとホグダは、エリーの目の前でいつも通り言い争いの喧嘩をする。ホグダが満足してギドの話を聞き始めるまで、その喧嘩は続いた。
「……つまり、逃げられたのね?」
「まぁ、一言で言えばそうなるな。で、こいつは捕獲用砲弾の流れ弾で捕まった奴だ。ギルバート様と戦ってたぜ」
やっと事の顛末を話すことができたギドは、一安心していた。ホグダは感情的な部分が強いが、冷静に物事を考えることもできると知っていたからだ。
「というかなんでこいつはギルバート様と戦ってたんだろうな?」
「それはこの子がヴァンパイアに見えたからでしょうね」
ホグダの言葉を聞いて、エリーは聞き流していた会話に耳を傾け始める。
「ヴァンパイアに見えたって? 吾輩には普通の冒険者にみえるぜ?」
「よく見なさいギド、目が黄色いし、息が荒いし牙も見える。飢餓状態のヴァンパイアの特徴よ」
―違う。私はヴァンパイアなんかじゃない……
「息が荒いのは縛られて興奮する性癖だからじゃないのか?」
「違うよ」
エリーは思わず否定していた。黙ってみていようと思っていたけど、あまりにも心外だったせいだ。
するとホグダが自慢げに言う。
「ほら見なさいよ」
「いやいや、飢餓状態のヴァンパイアがしゃべれるわけねぇじゃん。やっぱ違うってご主人様。縛られて興奮する人なんだよきっと」
―そうだよ。いや違うよ?
エリーは吸血衝動でぼんやりしている。
「あたしがいつこの子をヴァンパイアだって言ったのよ。この子はハーフヴァンパイアよ」
「ああ、ハーフの方か」
―なんで判るの? というかヴァンパイアに詳しいんだねこの人達。
「たぶんギルバートは、この子を見てヴァンパイアだと思って攻撃したんでしょうね。ねぇあなた、ギルバートからあなたに仕掛けてきたんでしょ?」
―ギルバートって、あの血まみれの男のことだよね。
「そうだよ。私を見てヴァンパイアってつぶやいて襲ってきたよ」
エリーは素直に答える。とにかく目の前の二人からヴァンパイアやハーフヴァンパイアについて、もう少し聞き出したかった。
「ははぁ、あんたも災難だったな」
”一番の原因はあなたが王城を襲撃したことだけどね”と、エリーは思うだけにしておいた。
「ねぇ、ハーフヴァンパイアって、人間に戻れるの?」
エリーはややこしい駆け引きというのが苦手というか無理であった。なので一番聞きたいことを真っ先に聞いた。
そしてそれを聞いたギドは思わず頭を抱えた。”このパターンか”そう思った。
「人間に戻るっていうのがまず間違いよ。生まれたときからあなたはハーフヴァンパイアなの。戻るも何もないわけ」
ホグダはサラリと答える。それはエリーにとって受け入れがたいことだとしても、ホグダは日常会話でもするかのようにあっさりと答えた。
「え、そんなはずないよ。私は16歳まで、人間で……」
「ハーフヴァンパイアは、二次性徴が終わるころまでは人間とほほ同じなの。それを過ぎたあたりからヴァンパイアの特徴を帯びるようになる。16歳でそうなったなら間違いなくハーフヴァンパイアってことになるわね」
「えっと、つまり……?」
エリーは、自分の声が震えているのが解った。
「あなた、元から人間なんかじゃないのよ」
ホグダがはっきりと告げた言葉は、エリーの望みを打ち砕くものだった。”戻るもなにもない””元から人間なんかじゃない”ホグダの言葉がエリーの脳内を延々とかき乱していく。
―じゃあ私が、今までずっと我慢してきた、血を吸いたいとか、噛みつきたいとか、人間に戻りたくて……全部無駄だったの……?
「それよりあなた」
「まぁまぁご主人様、今はこれ以上話しかけるのはよそうぜ? さすがにかわいそうだ」
ホグダの言葉をさえぎって、ギドはこの場を離れるよう言う。
「何がかわいそうなの?」
ホグダはギドの言うことの意味が解っていなかった。
「それも吾輩が後で説明するからよ、とにかく、一人にしてやろうぜ」
ギドにせかされ、二人は洞窟をあとにする。ギドはちらりとエリーの方を振り返り、そのまま出て行った。
―私は人間じゃない? 最初から?
エリーは自分が人間だという証明が欲しくて、自分の人生を振り返っていた。なにか、人間だと保証してくれる記憶がないかと、必死に探った。
―16歳までは人間だった。人間として生きてきた。でもそれはハーフヴァンパイアの生態だから、証明にはならない?
”二次性徴が終わるころまでは人間とほぼ同じなの”というホグダの言葉を信じるなら、証明にはならない。
―……ない。そんな証明、あるわけない。
エリーは自分の常識やいままでの考え方が、逆さまになって壊れていくように感じた。
―今まで必死に守ろうとした、サマラさんたちや、グエン侯爵、ドーグさん、みんな人間。私だけがハーフヴァンパイアで、私だけが人間の敵?
エリーは収まる気配のない吸血衝動と昏く沈んでいく思考に意識を侵されていった。
オリンタス山の中腹にある洞窟を出たホグダとギドは、一旦山を下りて東海岸に向かっていた。
「で、なんであたしをあの子から引き離したのよ?」
”ご主人様は200年前はできていた気遣いを忘れている”ギドはそう思った。
「ご主人様よ。ハーフヴァンパイアは二次性徴までは人間と変わらない。そうだよな?」
「そうよ」
「つまり自分がハーフヴァンパイアだってことは、親とか兄弟に教えられないと気づかないわけだ」
「そうね。二次性徴が終わって特徴を帯びるまではそうでしょうね」
「教えられずに育ったハーフヴァンパイアは、人間だった自分が突然変異したと思うわけだが、そこでそもそも人間じゃないぞと突き付けると、どうなる?」
「ああ……なんだか思い出してきたわ」
「受け入れられずにおかしくなる奴もいたし、自殺した奴もいた。ヴァンパイアを名乗って好き放題暴れて、吾輩たちが討伐することもあったよな」
「ええ、そうね」
「可哀そうなことした自覚出てきたか? ご主人様よぉ」
「そうね。でもいずれ解ることよ。とにかく今は次の作戦を考えないとね」
ホグダは話題をそらした。
「吾輩の部下の復活も頼むぜ。あ、あと町の方で血を採って来るから、ビンも用意してほしい。劣化防止の魔法付与した奴」
「あの子に飲ませるの? ハーフだから飢餓状態のままほっといても死なないわよ?」
「いや、吾輩の予想があってるなら飲ませてやりたい。自分の種族の自覚を持たせてやらねぇとあぶねぇからな」
一度目の襲撃は失敗に終わったギドとホグダだが、まったくあきらめる様子はなかった。
いまさらですが、この小説の主人公はチートとかハーレムとかとは無縁です。