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小さな体

 目が覚めた時、見える景色が違うのは冒険者にとって当たり前のこと。

 

 だから見上げた天井に慣れていなくても、戸惑ったりはしないと思ってた。

 

 だけど、今朝だけは戸惑った。

 

 目覚めた瞬間から、一気に意識が覚醒する。

 

 「……あ」

  

 真っ先に目に映ったのは、真祖の部屋の壁。

 

 最近は見慣れていた景色。

 

 だけど見え方が違う。

 

 何がどう違うのかは言葉にならないけど、確かな違和感がある。

 

 むくりと体を起こしてみても、やっぱり違和感。

 

 目線が低い。

 

 シーツの膨らみが小さい。

 

 自分の両手を見てみると、やっぱり小さい。

 

 しなやかだった指が、ぷっくらと丸みを帯びていて、手のひらが小さくて……

 

 「私、小さくなって……ううん、元に戻ってる」

 

 ヴァンパイアになって急成長していた私の体が、元の大きさに戻っている。

 

 「あ、はは。やった。戻ってる。戻ってる!」

 

 声も少し違うというか、聞きなれた声よりも若干高い。

 

 人間になれた?

 

 それともハーフヴァンパイア?

 

 どちらにしても、もう私はヴァンパイアじゃない。

 

 それが嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れて来る。

  

 もう前ほどヴァンパイアに対して忌避感はないはずなのに、自分でも驚くほど喜びが溢れて来て、涙に変わって零れ落ちていく。

 

 「やだ。止まんない。ふふ、どうしよ、これ」

 

 両手で目を押さえてみても、ボロボロ零れる涙が止まらなくて、手の甲で何度拭き取っても雫が垂れて来る。

 

 このまま干からびるんじゃないかって思うくらい涙が出るのに、口元はずっとニヤニヤと笑いっぱなしだ。

 

 「あ~、もう」

 

 グシグシと目を擦って、ようやく収まって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 落ち着いたから、ベッドから出る。

 

 自分が今どうなってるのか、真祖に聞きたくて仕方がない。

 

 そう思って床に足を付けて、立ち上がる。

 

 「うん。低い!」

  

 足ちっちゃいし歩く速度が若干遅いし、手も短い。

 

 ドアノブが高い。

  

 すっごい違和感。

 

 あと体中がパンパンに張ってる感覚があって、肘やひざを曲げると肌が引っ張られる感じ。

 

 むくんでる?

 

 まぁいいや。

  

 ダボダボのシャツとダボダボの半ズボンという寝間着姿だけど、今更気にしたりしない。

 

 私は真祖に会いに行くべく、寝室を出る。

 

 扉を開けると、真っ先に見えるのはサイバだった。 

 

 サイバはいつもロッキングチェアに腰かけて、ボーっと窓から外の空を眺めてる。 

 

 隠居したおじいちゃんみたいな生活してる。


 両手はギプスに覆われて、体中包帯でグルグルのサイバ。

 

 私は声をかけないし、サイバもわざわざ私を見たりしない。

 

 そう、いつもは。

 

 今日に限ってサイバは私の方を首だけで振り返って、ばっちり目が合ってしまう。

 

 「……その姿は懐かしい。僕の胸を抉ってくれた、あの日のようだ」

 

 一瞬目を見開いて、それから細めて、そんなことを言った。

 

 「見ないで」

 

 「ああ、悪かった」

 

 私がフイっと顔ごと反らすと、サイバもまた窓の外に目線をやった。

 

 タザとスージーさんは今は居ないらしい。

 

 だからきっと暇だったんだと思う。

 

 でも、話しかけられても困る。

 

 真祖の方を見ると、真祖は私とサイバを見て苦笑してた。

 

 私から真祖のところに行くまでもなく、真祖がこっちに歩いて来る。

 

 「うまく行ったようじゃの。サイバを覚えているということは、記憶は無くならなかった、ということじゃろう」

 

 真祖の体は国王様のものはずだけど、もう誰が見てもわからないと思う。

 

 若々しすぎるというか、精悍というか、偉い感じの雰囲気のお兄さんという印象。

 

 良い年のおじさんだったと思うんだけどね、国王様。

 

 会ったことないけど。

 

 「全部覚えてるよ。それより、今私はどうなってるの? 人間になれたの?」

 

 私がそう聞くと、真祖はにっこり笑ってくれた。

 

 「うむ。もうエリーの体にヴァンパイアの力は残っておらぬ。完全……とは言えぬかもしれぬが、人間で間違いないじゃろう」

 

 また泣きそうになったけど、我慢して、気になったところを突っ込んでみる。

 

 「完全じゃないの?」

 

 「うむ。しかし時間が経てば完全な人間と言えるようになる」

 

 「そっか」

 

 もう、ほとんど人間なんだ。

  

 血を飲まなくていい。

 

 誰かに噛みついたり血を吸い取ったり、痛い思いをさせなくても生きていける。

 

 マーシャさんのところに帰れる。

 

 よかった。

 

 そんなふうに感慨にふけっていると、真祖が私の腕を優しく掴んで、ニギニギし始めた。

 

 「何?」

 

 「ふむ。汗をかけばむくみもとれるじゃろう。体は縮んだが、内臓の大きさや体液の量がヴァンパイアの頃からあまり変わっておらぬ。体調を崩すかもしれぬ故、もうしばらくは余の側に居るがよい」

 

 正直に言うと、今すぐピュラの町に行きたい。

 

 だけどあと少しだけやることが残っているから、すぐには帰れないと思ってた。

 

 やりたいことは2つあるけど、とりあえず1つ目から片付けようと思う。

 

 「うん、わかった。あ、それと1つお願いというか、手伝ってほしいことがあるの」

  

 「言うだけ言ってみるがよい。余は今ものすごく忙しい故、些事なら叶えてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は真夜中にギンに迎えに来てもらって、久しぶりに真祖の部屋を出て、王城の外に出た。

 

 何日も真祖の部屋に居たから、私の思っていた以上に壊れた王都は復興してて、元のキレイな都とは言い難いものの、大通りは普通に通れるようになってた。

 

 路地なんかはまだ瓦礫が残っているけど、人通りの多い道はある程度片付いてる。

 

 「ゲイルが愚痴ってたぜ。まがいなりにも貴族の俺らが、なんで土木作業しなきゃいけねぇんだってよ。酒も飲めないくらい疲れて帰ってくるから、最近は俺1人で飲んでる」

 

 「そうなんだ。申し訳ないことしちゃったね」

 

 「別にエリーが謝る必要ねぇだろ」

 

 「どうかな」

 

 私は手荷物を持ってないけど、ギンは両手で抱えるくらいの大きさの木箱をもったまま歩いてる。

 

 私も木箱を持ち上げるくらいはできるけど、兵舎まで持っていくのは流石に無理そうだったから頼んだ。

 

 ギンは全然余裕そうで、私と会話してても息が上がったりはしてない。

 

 「疲れてない?」

 

 「ん? 何が?」

 

 ギンは”疲れるようなことは何もしてないけど?”みたいな感じで聞き返してきて、改めてヴァンパイアの腕力と体力の凄さを思い出した。

 

 「……そうだよね。それくらいじゃ疲れないよね」

 

 そう思って、隣にギンが居るのに独り言を言った。

 

 かなりの小声だったけど、ヴァンパイアの聴覚なら多分聞こえてる。

 

 「エリーはもうヴァンパイアじゃねぇのか?」

 

 「違うよ」

 

 私は即答して、ギンの顔を見上げて、目を合わせる。

 

 暗いけど、見えてると思う。

 

 もう私の瞳は赤くない。

 

 「ふぅん。まぁどっちでもいいけど、匂いがなぁ……」

 

 サラッと気になること言うね!? 

 

 「え、匂う? 臭い? 変な匂い?」

 

 「いや、美味そうな匂い」

 

 あ、なるほどね。

 

 私人間だからね。

 

 ヴァンパイアからしたら、健康な人間の体臭って食指を誘うよね。

 

 よく知ってる。

 

 「血、吸う前にちゃんと断ってね」

 

 「断りを入れたら吸血していいのかよ」

 

 「いいよ」

 

 というかヴァンパイアが本気で血を吸いたいって思ったら、私が本気で抵抗しても普通に吸われてしまうと思う。

 

 だからいきなり噛みつくのはやめてねって意味で言ったんだけど、ギンは驚いてた。

 

 「いいのかよ!? 嫌がれよ!」

 

 「え、嫌がってほしいの?」

 

 「なんかアレだわ。あ~、よくわからねぇ」

 

 なにそれ。

 

 思えば魅了がかかってない状態のジャイコブとギンとは、あまり会話してない。

 

 前みたいに、聞けば本音の答えが返ってくるわけじゃないよね。

 

 嫌がってほしいっていうのは、どういう……

 

 「あ、もしかして嫌がってる人から無理やり吸血するのが好きなの?」

 

 「違ぇよ!」

 

 相当的外れだったみたいで、かなり強めに否定されてびっくりした。

 

 ビクッてなったよ。

 

 急に大声出さないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 

 

 

 

 

 兵舎に着くと、カイルさんとイングリッドさんが話しながら廊下を歩いているのが見えた。

  

 なにやら明日休みが欲しいイングリッドさんと、ガンガン作業を進めて早く王都を元のキレイな状態にしたいカイルさんが、意見を言い合っているみたいだった。

 

 私が用があるのはゼルマさんで、ゼルマさんが居るであろう部屋は2人の奥にある。

 

 私は木箱を持ったギンと一緒に、2人に近づいた。

 

 「久しぶり、カイルさん、イングリッドさん」

 

 すると2人は言い合いを止めて、私をじっと見た。

 

 それから3秒くらい固まってた。

 

 「……エリー?」

 

 「エリー殿?」

 

 あ、うん。

 

 いきなり体が小さくなった知り合いが現れたら、びっくりするよね。

 

 「うん。人間になって、体が小さくなったけど……わかるよね?」 

 

 私だとわかってくれるとは思うけど、少し不安になって聞いてしまった。

 

 カイルさんもイングリッドさんもポカンとしてたけど、徐々に私を見る目が真剣になる。

 

 「……あの、ごめんね。いきなり人間になったとか言われても」

 

 ”困るよね”と続けるつもりだったけど、カイルさんが遮ってくれた。 

 

 それも、割と傷つく方向の発言で。

 

 「子供じゃん!」

 

 「大人ですけど!」

 

 私の生い立ちというか経緯を、ヴァンパイアになってから知り合った人に説明するのは時間がかかりそうだったから、かなり端折って伝えた。

 

 そうしたら、なぜか妙に納得したような顔で頷いてた。

 

 まぁあれこれ質問されるよりいいけどね。

 

 「ゼルマのねぇさんに用があるんだろ? 行ってこいよ」

 

 カイルさんは私が今日ここに来た要件を察していたみたいで、普通に通してくれた。

 

 私は一応ゼルマさんを人質にしてこの兵舎を占拠してたヴァンパイアだったんだけどね。

  

 「カイルさんはゼルマのねぇさんって呼んでるの?」

 

 「あ、しまった」

 

 「カイルはゼルマ殿の遠縁の親戚ですから、前々から面識があるのですよ。今は騎士になる前の呼び方でゼルマ殿を呼んでいるんです」

 

 なるほどね。

 

 「余計なこと言うなよイングリッド」

 

 「別にいいではないですか」

 

 なぜかちょっと顔が赤くなってるカイルさんとイングリッドさんは、その後また言い合いをしながら廊下を歩き始める。

 

 「行こっか、ギン」

 

 「おう」

 

 私もゼルマさんのところに行こう。

 

 伝えることがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼルマさんの死刑が決まった。

 

 溺死刑だそうだ。

今更ながらツイッター始めました。

実はアカウントを作ったのは3月なのですが、使い方がわからず放置しており、昨日弄り始めた。というのが正しいです。

何を呟けばいいのかわかっていません。


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