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暮れ

 ギドの操るタイラントスケルトンは未完成だ。

 

 本来ならば大量の骨で、巨大な2足歩行のスケルトンを生み出すことが出来るが、ギドが生み出したのは上半身のみのタイラントスケルトンだった。

 

 下半身の代わりに、上半身を腰椎と第10肋骨の3か所で支えている。

 

 本来のタイラントスケルトンの半分以下の身長しかないのだ。

 

 では、下半身が無ければ移動はできないのか?

 

 答えは否。

 

 巨大な左手で地面を掴み、引き寄せる。

 

 ミチミチ、ギチギチと音を立て、右手を限界まで引き絞る。

 

 ギドは不敵に宣言する。

  

 「行くぜぇ?」

 

 引きずるように、這いずるように、無理やり巨体を前に推し進める。

 

 そしてその推進力と自重を乗せ、振りかぶった右手を、目一杯振り抜く。

 

 小さな小屋ほどの大きさと、レンガ造りの屋敷ほどの重さを乗せた骨の拳を、タザはあえて避けようとはしなかった。

 

 ただ防御を固め、息を止め、インパクトの瞬間を待つ。

 

 「……」

 

 ヴァンパイアの膂力とは桁が違う、海賊船の突撃を凌駕する、文字通りの大きすぎる破壊力を前に、タザはどこまでも冷静だった。

 

 ギチギチと腕全体の骨を軋ませ、狙いすました拳がタザを打つ。

 

 激突と同時に、耳を塞ぎたくなるような音がタザを包み、そしてタザを後方へと弾き飛ばした。

 

 悲鳴も血飛沫も上がらず、タザは後方の建物を倒壊させ、がれきに埋もれるようにして姿を消す。

 

 ギドはタザを殴り飛ばした右手を鳴らすようにねじり、手を開いた。

 

 「ん~、悪くねぇ感覚だぁ……」

 

 ギドの満足気な独り言は、大音量で通りに響き渡る。

 

 もっとも、大きな独り言を聞くことが出来たのは、殴り飛ばされたタザとつい先ほど近くまで来ていたエリーの2人だけだったが。

 

 ギドはエリーの存在には一切気付かず、吹っ飛ばしたタザに向けて移動を始める。

 

 「その程度じゃ死なねぇだろぉ? 見ただけでわかったぜ。てめぇはヤベェってよぉ」

 

 足の代わりに両手で地面を掴み、体を支える肋骨と腰椎を地面にガリガリと擦り付ける。

 

 さながら水泳のように、あるいは絡まった蔦を引きちぎるように、その巨体からは考えられない速度で邁進する。

 

 移動時の騒音と体が軋むギチギチという音の中から、ギドはタザの声を拾った。

 

 「大体、わかった」

 

 とっさに顔の前に左手を持ってきた。

 

 次の瞬間には、その左手の直前にタザが居た。

 

 着ていた服はボロボロになってはいたが、傷は見えない。

 

 そんなタザは、ギドとは打って変わって無言でこぶしを振り抜いた。

 

 バギャッ

 

 バキバキバキッ

 

 太い幹をへし折ったような音と、若木の枝を一斉に潰したような音が響き、ギドの巨体が大きく後退する。

 

 右手で掴んだ地面がさらに抉れ、タザの殴打をギリギリで受け止めた左手は、既に無くなっている。

 

 そしてタザは、ギドと違い、一撃を与えただけで攻撃を緩めたりはしない。

 

 「危ねっ」

 

 顔面狙いの一撃を、ギドが首を横の振って回避する。

 

 「頭骨を、砕けばいい……だったな……スケルトン、は」

 

 「そりゃ常識だなァ!」

 

 空中でこぶしを振り抜いた姿勢のままのタザを、今度はギドが右手で弾き飛ばす。

 

 先ほどよりも強く、そして斜め上に打ち上げられたタザは、緩い放物線を描きながら飛んで行った。

 

 「バカみてぇな頑丈さだがよぉ、質量の差は埋められねぇみてぇだなぁ!」

 

 ギドは嗤う。

 

 そして、自身で弾き飛ばしたタザを追い始めた。

 

 崩れかけの家屋や施設をぐちゃぐちゃに握りつぶし、両手で瓦礫と地面を描き分け、獲物めがけて地面を泳ぐのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ギドとタザが、滅茶苦茶な戦いをしてた。

 

 私はすこし遠くの建物の上から眺めることしか出来なかったけど、あの戦いに割り込むなんて物理的に無理だと思う。

 

 何か手伝えるかもなんて思ってたけど、とんでもない。

 

 ギドが強いのは知ってたけど、私の想像を超えてた。

 

 そして、そのギドと殴り合ってたタザも……

 

 「タザはギドに任せた方がいいよね」

 

 タザの相手は私じゃ無理だって、戦いを見ただけでわかった。

 

 だからってギドに全部任せるつもりは、やっぱりない。

 

 「少しでも真祖の計画を止めるために動かないといけないから……」

 

 独り言を言っていると、ふと今見える景色の異常さに気が付いた。

 

 きれいな王都は見る影もないくらいぼろぼろで、死体と、骨と、瓦礫と、ドリーが無造作に散らかってて、どうしようもないくらいに壊れている。

 

 どこまでも続くような非日常が私の周りに広がっている。

 

 「真祖はこうなることを望んでたの?」

 

 それとも、私が王都に戦える人を集めてもらったり、ギドを連れてきたせい?

 

 ……考えちゃダメ。

 

 理由は今考えない。

 

 これからどうするかだけ考える。

 

 「え、と」

 

 改めて周囲を見渡して、1つ目に止まるものがあった。

 

 「女の子?」

 

 ただの女の子じゃなくて、赤いチェックの派手な服を着ている。

 

 いろんな匂いに混ざって化粧の匂いもする。

 

 濃い化粧。

 

 そして、女の子の周りにはドリーが1体。

 

 量の袖から武器じゃなくて棒が飛び出してる。

 

 何より気になるのが、ドリーが女の子を襲う様子が無いこと。

 

 女の子も逃げるそぶりが無いどころか、何かドリーに守られているようにも見える。

 

 何か言ってるみたいだから、近づいて盗み聞きしてみる……

 

 「どんなに共鳴鐘をならしても、サイバが来てくださらない。サイバも鐘を鳴らさないし、戦っている音も聞こえない……やはり、サイバに何かあったのでございますね」

 

 「サイバの仲間……? つまりストリゴイ」

 

 思わずそう呟いていたけど、小さな声だったし、女の子は両方の耳から血を流してるから多分聞こえてない。

 

 自分の口を手で塞ぎつつ、さらに耳をそばだてる。

 

 「サイバを探しに行きます。私を抱えて移動しなさい。方角は……先ほど雷が落ちた方向でございますわ」

 

 女の子がドリーに向かってそう言うと、ドリーは言われた通り両手の棒で女の子を抱え上げ、移動を始めた。

 

 ドリーに指示を出せるということは、多分ドリーを操っているのがこの女の子なんだろうね。

 

 ギドやタザが向かったのとは別方向だし、そっちにサイバが居るのなら、私はサイバとあの女の子を押さえよう。

 

 タザはギドが倒してくれる。

 

 私がドリーを操る女の子とサイバを倒せば、真祖側の戦力を全部倒せたことになるはず。

 

 「やること、決まった」

 

 私はドリーに抱えられて移動する女の子を、尾行することにした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイバ、見つけた。

 

 右半身を真っ黒に焦がして、倒れ込んでる。

 

 左手はベコベコに折れていて、右半身は黒焦げ。

 

 右腕なんか、骨が見えてる。

 

 ドリーに抱えられて移動する女の子を追う最中、肉が焼ける生々しい嫌な臭いがしてそっちに行ってみたら、こんな状況のサイバが居た。


 女の子は気付かずに通り過ぎてしまったけど、追う気にはなれなかった。

 

 「サイバ……」

 

 気付けば名前を呼んでいて、口元に手を近づけてた。

 

 手の甲に、わずかな吐息が当たった。

 

 「まだ生きてる」

 

 このサイバをどうするか考えなくちゃいけないのに、周りのことにばっかり注意が向く。

 

 ギドとタザの激闘の音が遠くから聞こえる。

 

 日差しが強くて暑い。

 

 もうそこら中から戦闘の音が聞こえてくることも無い。

 

 どこか静かで、人の気配が希薄で、でもそこら中に居るのはわかる。

 

 「ねぇ、サイバ」

 

 声をかけても返事はない。

 

 サイバはピクリとも動かず、かすかな呼吸だけを繰り返す。

 

 「真祖を復活させて、この国をヴァンパイアの国にするとか言って、こんなになって……これで良いの?」

 

 どうしてそんなことを聞いたのか、自分でもよくわからない。

 

 私にとってサイバは敵で、悪い奴で、どうしても理解できない。

 

 嫌い。

 

 そんなサイバが、私の知らないところであっさりと死ぬというのが……

 

 「私は真祖を止めるから、一緒に来てよ」

 

 返事なんて返ってこないのはわかってるのに、私は一方的にそう断って、サイバを抱き上げた。

 

 炭化した皮膚が痛々しくて、透明でサラサラした体液が生臭くて、焼けた皮膚がまだ熱い。

 

 かなり気を使って抱き上げた。

 

 強い衝撃を与えたらそのままぽっくり死にそうだった。

 

 だから、私はサイバを抱えて、王城に向かってゆっくりと歩く。

 

 「勝手に死んだら知らないから」

 

 私はそれ以上何も言わずに歩いて、通りを抜けて王城前広場に着いた。

 

 王城前広場には近衛騎士の人の死体がたくさん転がってて、中には顔見知りの人の死体もあった。

 

 仲良くしてくれた人だ。 


 その人を殺したのは、たぶんストリゴイ。

 

 そして今私は、そのストリゴイのサイバを死なないように大事に抱えて、真祖に会いに行こうとしてる。

 

 どこか致命的な間違いを犯している気がした。

 

 やっぱり、殺してしまおうか。

 

 そう思ったけど、体は動かなかった。 


 「……ごめんなさい。なんて言っていいか、わからないです」

 

 死体にそれだけ言って、王城の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 怯えた貴族の人、使用人の人、いろんな人が居たし、目が合った。

 

 私の赤い瞳をばっちり見られて、怯えられて、”今すぐ出て行かないと殺す”と脅されたけれど、全部無視した。

 

 中には剣を向けてくる人もいたけど、近づいてこないし、怯えているのか”通してください”と言うと道を開けてくれたから、何もしなかった。

 

 そのまま中庭に入って、塔を登る。

 

 すると階段でフィオ君とフィアちゃんが私を待ってた。

 

 2人で私を睨みつけて、それでも道は譲ってくれた。

 

 憎々しい目で睨むだけで、何も言わないし触りもしない。

 

 たぶん私が真祖の計画を止めようとしてたことを知ったんだと思う。

 

 すれ違う時に”ごめんね”と謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真祖の部屋の扉は、開いてた。 


 中から真祖の鼓動を感じるから、ここに居ないなんてことはない。

 

 私はサイバを抱えて、真祖の部屋に入った。

 

 西日がやたらと熱かったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

突然ですが七章終わりです。

ここまで色々と盛り上げた割には、あっさりと終わってしまいました。

これから八章で広げた風呂敷を畳んでいきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] サイバ生きてて良かったです(´ω`) 今後の展開がとても楽しみです!
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